彼女は二人で登校していると思っているようだ。・上

 四月二十八日、月曜日。

 熱海はあのあとすぐに川から家に帰った。そして学校へ向かいながら考える。

 昨日はなかったモノが突然次の日に現れるという現象などありえない。だが、家のドアや窓の鍵はすべて施錠してあった。それに誰かが侵入した痕跡もない。家族が帰ってきたわけでもない。つまり、突然現れたということ以外に考えようがなかった。

 わけがわからない上に、走り疲れたせいで頭がくらくらしていた。


 まずはつぐみと話してみようと思う。事後でないことを願って。

 熱海の周りには、数人の北浜高生徒が学校に向かって歩いている。もちろん、自転車で登校している生徒もいる。

 グループになって学校に向かっている生徒もいれば、一人で歩いている生徒もいる。


 熱海は二人で学校に向かっている生徒の一人、ということに彼女の中ではそろそろなるのだろう。

 なぜなら、後ろから髪をなびかせ、小走りで近づいてくる女子生徒がいるからだ。

 熱海はただ付いてきているだけだと思っているが、傍から見たら一緒に行っているようにしか見えない……。

 その女子生徒は熱海を追い抜くと、かばんを持った右手と空の左手を後ろで組み、熱海の方を振り返る。そして、


「おはよー」


 と、可愛らしい声が彼女の口から聞こえた。そして満面の笑み。この一連の流れがなんとも可愛らしい、と思うのは熱海だけだろうか。

 そして、その女子生徒こそがあのノートに名前が書かれていた人物の一人、藤宮つぐみだ。


 つぐみは熱海の方を見るなり、赤面した。自爆したようだ。

 熱海はそんなつぐみの横を素通りする。


「ちょっ、ちょっと!」

「挨拶するのか恥ずかしがるのかどっちかにしてくれ」


 赤面したままのつぐみに熱海はそう言い捨てる。


「別に恥ずかしがってないし!」


 そう、つぐみは俗に言うツンデレだ。さらにツインテールでもある。さらにさらにニーソを常に履いている。胸は控えめなほう。可愛らしい顔をしていて、八重歯が特徴的。背は平均より少し小さい、つまり熱海より少し小さい。まさに定番ツンデレヒロイン。だが金髪ではなく黒髪である。どこにでもいる普通の女子生徒、とは言いがたいだろうか。


 最近はツンツン具合もだいぶ丸くなってきたと思う。小学校卒業くらいのころは心がスパッと切れてしまいそうなくらいには鋭かった。

 ラノベなら最高のヒロインなのだが、現実はそう甘くない。中学生になってからはあまり関わることがないからだ。


 だがノートに名前が書いてあった以上、自ら関わっていかなければならない。そうは思いながらもなるべく自然に話を切り出したい。


「いや嘘。ちょっとだけ恥ずかしかった……」


 小声で恥ずかしそうに言うつぐみ。

 置いて行かれたつぐみは小走りで、熱海に近づいてくる。

 風がつぐみの髪を掬い上げる。


 静かにしていればとてもクールな女の子なのだが、とてもそんな性格ではない。

 だが、二年の中では可愛いとそこそこ有名らしい。巧によると。実際に可愛いから、そうなっても仕方ない。


 そして何よりも巧の情報量も中々のものだ。優しいだけあって、友達も多い。つぐみと巧に関わりがないのにこんなにもつぐみのことを知っているのは、その友達の多さから手に入れた情報なのだろう。

 つぐみが追いつき、熱海と同じペースで歩き出す。


「なぁ、つぐみ」

「ん?」


 恐る恐る聞いてみる。頬が引きつっているのがわかった。鼓動も激しくなる。


「人を……殺したくなったことって、あるか?」

「えっ……?」


 その瞬間、つぐみの目が見開かれる。あのDVDの映像と同じ、恐怖心が濁った瞳。


 風が髪を揺らす。

 担当直入に「人を殺したことはあるか」とは聞けなかった。そんなことなどありえないと信じてはいるが、聞くにはそう言うしかなかった。

 だが、つぐみはすぐに嘲笑を浮かべた。


「はぁ? ばか言わないでくれる?」

「ご、ごめん……ほんとに」


 言って後悔した。最低だ、こんなことを聞くなんて……。


「それはまぁ、苦手な人はいるにはいるけどね」

「うん、まぁ……だよね」


 つぐみは笑顔でいてくれているが、傷をつけてしまったかもしれない。本当に悪いことをした。


「熱海、悩みとかあるの?」


 つぐみは顔を覗いてくる。


「いや、別に」


 あるにはあるが、言ったところで信じてもらえるかどうか。下手に言えば、また傷つけてしまうかもしれない。


「ならいいけど」


 つぐみは先ほどとは違った、透き通った瞳をしていた。


 これでわかったことがある。つぐみは伶香を殺していない。だとすれば、これから起こるのか? 昨夜なかったモノが今朝現れたという不可思議現象が起きているのだ。未来を映していたとしても驚かない。というか、この不可思議現象そのものに驚いている、というより恐怖しか感じていない。川に投げ捨てたくなるほどに。

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