雷の父子
★☆★☆★
「…どうした梁牙。俺を止めるのではなかったのか?」
炎の超能力を続け様に使い、休む間もなく攻撃を仕掛ける梁を、煌牙が嘲笑う。
その周囲は梁の放った炎によって焼け落ち、焼け爛れ、灰と炭という名の副産物で、全てが埋め尽くされていた。
…梁の攻撃を避けた煌牙が、地に足を着けると同時、梁はそこまで踏み込んで、足場を崩すことで煌牙の動きを先読みしようと試みる。
梁が床に炎を叩き付けると、鈍い音と共に、その場を中心として、周囲に蜘蛛の巣のような無数の罅が入る。
しかし煌牙は刹那のうちにそれを察していたらしく、その攻撃が仕掛けられたと同時、あろうことかその攻撃を仕掛けた張本人…
梁の眼前へと移動していた。
「! 煌牙っ…!」
忌々しげに歯を軋ませた梁が、再び攻撃を仕掛けようと、反射的に右手を引く。
すると煌牙は、その右手そのものの動きを封じるかのように、己の手で梁の右手首を強く掴んだ。
…当然、梁はこれに顔色を変える。
「!?」
「梁牙、俺はお前の父親だ…
分かるだろう。お前のその血も、その力も…
全て、俺が譲り渡したものだ」
「…違う!」
梁は怯むことなく、真正面から煌牙を見据えて声を上げた。
「…俺には、父さんの…緋藤稔の遺伝子も使われている。それは炎の超能力を使えることからも、疑いようはない!
それに何より、父さん自身が、俺を息子であると認めてくれた!
だからいい加減に理解しろ、煌牙! 俺は緋藤稔の息子の、緋藤梁なんだ!
お前の息子である氷藤梁牙は…もう、どこにも存在しない!」
「それはお前と稔のみが持つ概念だ。
梁牙は確実に存在する。…俺の眼前にな」
凍る月の如く冷たい笑みを湛えた煌牙は、梁を掴んだままのその手に、不意に強大な雷の力を宿らせた。
「!?」
梁は、半ば青ざめた顔を、瞬間的にそちらへと向けた。
途端に、まさしく落雷にも近い威力と衝撃と共に、それに比例するような凄まじい激痛と痺れが、容赦なく梁を襲う。
「!ぐ…、っ…!」
梁は思わず叫びをあげたくなるのを、きつく歯を食いしばって堪えた。
筋肉はおろか、神経そのものをずたずたに断絶されそうなその攻撃の規模に、梁の額に、焦燥と痛みによる汗が滲む。
それでも煌牙は、そんな梁を気遣うこともなく、梁の耳を、そして心を抉るかのように、低く呟いた。
「…雷の能力に対する高レベルの耐性が無ければ、お前は今の一撃で死んでいるはずだ」
「!…」
「雷属性の超能力の高い資質。それこそが、梁牙…お前が俺の息子である証。
その意味を、その事実を真に理解しなければならないのは、俺ではない。…お前の方だ」
「…だから…俺に拘るのか?」
梁は、自らが持つ炎の力を、徐々に高め始めた。
それは陽炎のように立ち上り、稔から譲られたその赤い力の揺らめきが、煌牙に、そしてその力に反発するかのように、少しずつ梁の全身を覆ってゆく。
「だからお前は、こうまで俺を束縛したがるのか!?」
「当然だ。…紫苑とお前の力があれば、我が組織に敵はない。
愚かな人間共も、これだけの力が揃えば、反抗する気すら失せるだろう」
「…な…」
梁の体が怒りに震える。
「ましてやお前は、俺の血を、そしてこの殺傷能力の強い、雷属性の超能力を色濃く引き継いだ、実の息子…
俺にとっても組織にとっても、これ以上の有能な手駒はない」
「!…」
梁の心臓が、悲鳴をあげて軋んだ。
引き裂かれるようなその痛みが、戦いに対する意欲を萎えさせ、その炎の力は梁の中へと、緩やかに還元する。
それを確認すると、煌牙は手を離した。
それでも梁は、逃げようともせず…
否、逃げられもせずにそこに佇んでいた。
…あまりの衝撃に、梁はしばらく俯いたまま、口を噤んでいた。
しかし、その感覚を無くしかけた手に、少しずつ力を込めることでその形を拳と変えた梁は、次の瞬間、煌牙に向かって勢いよく顔を上げた。
その様を見た煌牙が、どこか感心したような、それでいて冷たいままの笑みを梁へと向ける。
「…まだ反抗するか…」
煌牙はその手に、再び強力な雷の力を収束させた。
しかし今度は逆に、その手を梁が抑え込む。
「…、梁牙…」
煌牙は梁に抑えつけられても、全く動じることもなく、ただ、冷酷にその手を睨み据える。
その機を逃さず、梁は一気に自らの胸の内を吐き出した。
「…事実が確かにそうであっても…
今の俺は父さんの──緋藤稔の息子だ!
俺はお前の息子なんかじゃない! だから煌牙、お前の目論見は、俺がこの手で叩き潰す!」
「…親に向かって、随分と大層な口を利いてくれるな。
どうやら、お前には再教育が必要なようだ…」
言いながら、煌牙はその視線を緩やかに梁へと向けた…
と、そこまで梁が認識した時、煌牙の持つ雰囲気は、それまでのものとはまるで異なっていた。
「!…」
梁は瞬間、本能で、ぞくりとその身を震わせた。
…知らぬ間に、身が凍る。
漂う空気は、まるで夜の墓地のそれのように、冷たく、底知れぬ不気味さを感じさせる。
梁は、背中に氷が滑り落ちたような悪寒を覚えた。
その強烈な恐怖を、理性がようやく覚醒することで気付いたと同時。
煌牙の手から不意に放たれた、凄まじい威力の雷の能力が、梁の全身を襲った。
「!っ…ああああああっ!」
まるで体中を針という針で隙間なく刺されているかのような衝撃。
それは表皮のみに留まらず、確実に臓物の方まで食い込み、焼き付かせてゆく。
「…っ、煌牙っ!!」
あまりにも手痛い攻撃を食らって、刹那、その目を完全に獣と化した梁は、ほとんど反射的に雷の能力を使おうとする。
が、はっと気付いたようにその殺気を散らし、慌てて雷の力を打ち消し…
再び炎の能力を使おうとした梁の隙を、煌牙は見逃さなかった。
「…、稔への義理立てのつもりか?
それで攻撃が遅れれば世話はないな」
低く呟きながら、煌牙は梁の鳩尾に、強烈な一撃を食らわせた。
「!…」
術もなくその場に倒れた梁を、冷めた瞳で無機質に見下ろした煌牙は──
一度だけ軽く息をつくと、その身をそっと抱え上げた。
★☆★☆★
「…紫苑、梁牙が仕置き…って、どういう…」
紫苑の言葉の意味を測りかねた彩花が、梁の身を案じてからか、不安げに問う。
それに紫苑は再び口を開こうとしたが、扉の向こうに唐突に感じた二つの気配が、その言動を遮らせた。
「…来たか」
「え、誰が?」
来訪を意味するその言葉に、彩花は思わず扉の方を見た。
するとそこから、鳩尾付近を手で押さえ、苦悶の表情を浮かべたままの梁を、苦もなく抱えた煌牙が姿を見せる。
その梁の様子に、瞬間、彩花は息を呑んだ。
「!煌牙さん、梁牙…どうかしたの!?」
「心配は要らん。あまりに聞き分けがないものでな…少し躾直してやっただけのことだ」
言いながら煌牙は、立ち上がった紫苑に向かって、それまで抱えていた梁を、無造作に放り投げる。
その梁の体を、紫苑はその逞しい両腕で、しっかりと受け止めた。
それを見定めた煌牙は、どこからともなく煙草を取り出し、それに己の雷の力を使って火をつけることで一息つく。
「以降の梁牙の扱いは…紫苑、お前に任せる」
「…ああ。お前は母の方…か?」
「訊くまでもないだろう?」
瞳を細めた煌牙が、意味ありげに嘲笑う。
「煌牙さん…どこに、何をしに行くの?」
「俺の部屋だ。…来れば分かる」
煌牙はそれだけを口にすると、後は振り返りもせずに、そのまま扉の方へ歩を進めた。
それを見た彩花の心に、唐突に、このままでは煌牙に置いて行かれてしまうという、奇妙な焦りが湧く。
それを敏感に察した紫苑が、的確に助け舟を出した。
「梁牙の手当ては俺がする。心配するな」
「!うん…、じゃあ紫苑、ごめん、梁牙のこと…お願いね!」
彩花は口早にそう告げると、慌てて煌牙の後を追った。
後に残された紫苑は、手の中にある梁に、緩やかに視線を落とすと、そっと呟いた。
「緋藤、稔…
あの男は、梁牙…お前を存在させる為…
それだけの為に、母を──」
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