反の最たるもの
「!な…」
そう言ったきり、梁は絶句した。
その表情は、心なしか赤いものへと変化している。
すると、次の瞬間。
紫苑から感じられる強大な超能力の規模が、それを上回って格段に跳ね上がった。
「! これは…」
それまで警戒をしながら様子を窺っていた稔も、こうなれば再び戦闘体勢を取らざるを得ない。
そんな二人の様子を見て、紫苑は更に狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「驚いたか? …まあ無理もないが…
俺が梁牙を欲する、理由のうちのひとつがこれだ」
「どういうことだ? まさかお前…」
稔が我が子に疑問をぶつける。
紫苑は父親に視線を向けて頷いた。
「見ての通りだ。…俺は、己の意志で、弟である梁牙を取り入れることで、その力を以前よりも遥かに増すことが出来る。
取り入れることが可能なのは、梁牙自身のものであれば、何でも構わない。
唾液だろうが、涙だろうが…
例え、血液や肉体であろうとな」
「──やめろ、紫苑!」
梁が、怒りに赤らんだ顔を露わにしたまま、紫苑を御する。
「ふざけたことばかり言うな…!
俺はお前の玩具でも、所有物でも何でもない!
俺の全ては俺自身のものだ…
お前の好きにはさせない!」
「…勇ましいな。だが、それがお前の意志であろうと、俺には関係ない。
お前の全ては、俺に新たな力を与えてくれる、神秘の霊水(エリクシル)のようなもの…
そうと知っていて、みすみす手放すはずもないだろう?」
「!…っ」
…梁は臍を噛んだ。
紫苑の言い分は歪み、その思想はとうに狂気と化している。
己の超能力の促進のために
その欲望のために
この身を捕らえ、永劫、側にいることを欲する…!
自分は紫苑の…実の弟なのに。
「…から…、逃げ……だって…」
梁は怒りに震える体を、鎮めようともせずに呟く。
それを聞き咎めた紫苑が、目を細めた。
「…何だ? 梁牙…」
紫苑のこの何気ない問いかけは、梁の根強い怒りに、更に火と油を同時に注いだ。
次の瞬間、梁は自らの感情や、己の中でくすぶっていた心境を、それこそ爆発させるかのように叫んだ。
「!だから逃げたくなるんだって…
兄であるはずのお前を拒みたくなるんだって、紫苑、お前には何故分からない!?
お前が俺を必要としていても、俺の方は…もう、お前を必要だとは思っていない!
…だから、もう俺には拘るな…
頼むから俺のことは放っておいてくれ!」
「!梁牙…」
紫苑の、独占欲がちらつく瞳が惑いに揺れる。
それに梁は、釘を刺す意味でも、もう一言付け加えようとした…が、そこに先程から傍観していた煌牙が割って入る。
「…お前にしては随分と素直だと思えば…
成る程、紫苑とそのような取り決めをしていたか」
言うなり、煌牙は狂気に満ちた瞳を細めた。
それが紫苑の怒った時の様子に酷似していて、梁は本能で身を竦ませる。
「…っ」
怒らせている、と理解している梁は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動きを見せない。
煌牙は無言のまま、立ち尽くした梁の元へ歩を進めると、その体を自らの元へと強く引き寄せた。
「!…」
梁の顔が青ざめる。
彼は父親だというのに
紛れもなく実の父親だというのに…
今までの経過から、彼にはもはや──
“嫌悪しか感じない”。
「その愚鈍ぶり… 彩花に似たのか?
お前はまだ、分からないだけだ…
お前の帰るべき所は俺の元。お前の在るべき所は…紫苑の元だ」
「違う!」
梁は、自らの思いの総てをその一言でぶつける。
それに対して、煌牙はその否(イナ)に反応し、狂気に満ちたその瞳に、更に剣呑さを投影させた。
「我が子ながら聞き分けのない…
それ程までに我々を敵に回したいか?」
「ああ! お前たちは元々、俺の敵…
父親だとか兄貴だとか言う以前に、お前たちは…
紛れもない、俺の敵だ!」
梁は煌牙を振り払うように、右腕を強く振る。
その、反動にも近い早さで動かされた右手には、いつの間にか、絡みつくような、緋色の炎が作り出されていた。
「…、今まで気付かない俺も俺だが…
お前たちは、始めから母さんを返す気なんかない!
父さんのことだって、生かしておくつもりもない!
なら、俺がここに留まる必要がどこにある…
分かるだろう!? 紫苑、煌牙!
お前たちは、絶対的に俺の“家族”なんかじゃない!」
「──梁牙!」
煌牙が声を荒げる。
しかし、その当の梁は、それすらも煩わしくて。
「煩い! 何度も言ったはずだ!
俺は氷藤梁牙なんかじゃない!
俺の名は、梁… 緋藤梁なんだとな!」
梁は、怒りに任せて炎の能力を使った。
瞬間、肉食獣が餌を求めて飛びかかる形に酷似した、緋色の炎が複数、煌牙と紫苑を襲う。
…煌牙は視線のみでそれを去(イ)なし、紫苑は強力な、バリアにも近いシールドを張ることで難を逃れた。
間髪入れずに、梁は再び右手に炎の力を宿らせる。
煌牙と紫苑の二人が、それに揃って警戒を固めた、その瞬間…
梁は、空いた方の左手で、自らの横髪をいきなり掴むと、己の右手にある炎の能力を使うことで、その一部を焼き落とし、周囲に髪を散らばらせた。
…明らかに行き過ぎた、その行動。
これにはさすがに紫苑も黙ってはいなかった。
「──梁牙!」
獅子が吼えるにも近い勢いと共に声を荒げた兄・紫苑に、梁は恐怖よりも怒りが打ち勝ったのか…
あれほど恐れ怯えていた紫苑に対して、まるで別人かと見紛うほどの勢いで怒声を浴びせた。
「こんなもの、欲しけりゃ幾らだってくれてやる!
血だって、涙だって、好きなだけ俺から搾り取ればいい…
だが、お前たちにやるのはそれだけだ!
俺の体を構成するものなんか、幾らでもくれてやる。だが、俺の心だけは…
俺の、この心だけは… 絶対にお前たちに渡す訳にはいかない!」
「…随分と尊大な物言いだが…
いつからこの俺に対して、そんな大層な口を叩けるようになった…?」
煌牙が、どこからともなく煙草を取り出して、それを口にくわえる。
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