父親とは
「言ってみろ…梁牙」
煌牙はその雷の力をもって煙草に火をつける。
そしてそれを自らの左手指の間に移した時、煌牙の瞳には、冬の湖に移る月のごとき冷たさと硬質さが浮かんでいた。
「…っ」
梁は、それに呑まれるように切なげに目を細め、緩やかに唇を噛む。
煌牙の存在が周囲の者に畏怖を与えるのは元々のことだが、煌牙が遺伝子上、自分の実の父親である為か、彼に睨まれると、自分は本能で身を竦ませてしまう。
煌牙はそんな己の息子を、冷めた瞳で一瞥すると、流れる煙草の煙には目もくれずに、梁を相手にし続ける。
「そのザマを見ていると、やはり母体からというだけでは、後々、感情面に多大な影響が出てくるようだな。
自然体下でを目的とした実験だったが… 人造で生を受けたはずの兄が、ここまで完全であるのに対して、自然体のはずの弟がこれでは、余りにも不甲斐ない。
どうやら、梁牙…お前には調整が必要なようだな」
「! 調整…!?」
「…培養液の中に放り込まれて、実験動物にされることだ」
紫苑が顔色ひとつ変えずに告げる。
その反応から、紫苑も少なからず対象にされていたのだと…奇しくも察した梁は、ただ術もなく愕然となった。
そんな梁に、煌牙は更に冷酷な言葉を浴びせかけてゆく。
「…梁牙、お前は俺の息子だ。故にその潜在能力は、紫苑に勝るとも劣らない…!
お前は両親を守る為、俺と拮抗し…紫苑にも匹敵するような、強大な力が欲しいのだろう?
お前が紫苑に身を委ねさえすれば、たった数回の調整等で、それは叶えられる…」
「……」
「そうしてお前は紫苑の成長の可能性をも潰したのだろう?」
「…!」
…稔の、咎めているとは思えない程に冷静な、なおかつ的確な言。
それは煌牙の言葉に揺らぎを見せていた梁の感情を、一瞬にして引き戻した。
「…父さん…」
「煌牙は、さすがにお前の扱いを良く分かっているな。
奴の言う通りだ。…梁、お前は余りにも不甲斐なく、脆弱でありすぎる。
だから奴や紫苑の一言一句に、いちいち踊らされる…!」
「!それは…」
梁は、ぐうの音も出ずに黙り込む。
稔の言っていることは、まさしく事実であり、真実。
実の父親の前で感情を揺らがせ、
実の兄の前で、醜態を見せる…
それがどれほど滑稽であることか。
裏が読めているというのに。
煌牙と紫苑がこういう人間であることは、自分が誰よりも一番良く分かっていたはずなのに…!
「…梁、お前は俺の息子なのではなかったのか」
「! …父さん…?」
稔は言を強めにして問う。
それに、思いもよらないことを問われた梁は、以降の稔の反応が予測出来ないことからも、少なからず体を強張らせた。
稔は、そんな梁の緊張を解き、なおかつ、諭すかのように話しかける。
「お前が“俺の息子であること”…
その事実は、お前が初めから口にしていたことだ。
つまりかつてのお前には、俺の息子であるという基盤と意識が確立されていたのだろう。
お前はそれを、その自信と誇りを何処へやった?
お前は何故、己の過去の真実を、自ら放棄するような真似をする…!」
「!…父…さん…」
稔のその語気に含まれた、静かながらも…確かな怒り。
それが何に対してのものなのか分かっているだけに、梁の胸は暖かさで一杯になった。
「…だ、だって俺…
そう言ってくれる父さんの前で、貴方の子供じゃないって…!」
「…、気にするな。お前の気持ちは良く分かっている」
「…えっ?」
梁が、思わず問い返す。
その鼓動が、何かを期待して、わずかに早まった。
…稔は、その黒銀の瞳に柔らかさを浮かべると、その口元に…本当に微かな、慈愛の笑みを浮かべた。
「お前の過ちを正し、制してやること…
それはお前の父親である、俺の役割だ」
「!…とう…さ…」
梁の目からは、知らぬ間に涙が溢れ出した。
声を出すこともままならずに、口元を抑えて、稔に抱きつきたいのを必死に堪えているその様は…
煌牙の冷酷さと、紫苑の異常なまでの狂愛に、更に拍車をかけるには充分だった。
瞬間、紫苑の美しい瞳に、途方もない殺気が宿る。
紫苑はそのまま、非の打ちどころもない程に整った、その艶やかな唇をゆっくりと紐解いた。
「…煌牙」
「何だ、紫苑」
紫苑の言いたいことは既に読めているだろうに、煌牙はあえて、それを梁に聞かせる為だけに問う。
はたして紫苑は、煌牙が予測し、稔も半ば予想していた厳言を言い放った。
「…奴は俺が殺す。異存はないな」
「無論だ。お前の好きにするがいい…」
煌牙は即答し、強大な力を持った紫苑が、ようやく本腰を入れてきたことを楽しむかのように嘲笑う。
対して梁は、一度は愕然となり表情を硬くしたものの、次には全身で稔を守り、かばう為にか…
次には鋭く紫苑を見据えると、稔の矢面へと立った。
…しかしそんな梁を、稔は半ば押し退けるようにして下がらせる。
「お前が紫苑と争うことはない」
「!…っ、でも、それじゃ父さんが…!」
組織の者全てに恐れを抱かせる、畏怖の対象ともなる紫苑の実力を、もはや充分過ぎるほど知っているが為、梁は必死に食い下がる。
そんな梁の激しい焦りを含んだ声に、稔は顔色ひとつ変えることなく呟いた。
「…奴の狙いは始めから俺だ。紫苑とて、お前を傷つけてしまうのは不本意なはず…
奴の相手は俺がする。お前は退いて、己の身を守っていろ」
「!でも…」
「いいから言うことを聞け。もうひとりの危険要因の存在を忘れたか?」
にべもなく吐き捨てる稔に、梁の表情が凍りつく。
相手がひとりではないと忘れていた訳ではないが…
確かに煌牙なら、稔と紫苑の戦いの隙を狙って、何らかの攻撃を仕掛けて来ないとも限らない。
例え直接、稔と戦わなくとも…
万一、自分が盾に取られるようなことになれば…
紫苑はその時こそ、間違いなく抵抗の出来ない父親を殺す。
…そうはさせない。
不本意ながら、ここまでは完全に彼らの目論見通りに事が進んでいる。
これ以上は、何がどうあろうと…
彼らの思惑通りに、“動かされてはならない”。
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