異父兄弟

「…梁牙」

「俺は、梁牙なんて名前じゃない」


梁は、視線を逸らすこともなく、きっぱりと答えた。


「そして、俺をその名で呼ぶお前は…

俺の兄貴なんかじゃない…!」

「…何…?」


紫苑の美しい顔が、目に見えて歪む。

しかし、歪んでこそなお、堕天使のように美しいその表情で、紫苑は梁を咎めるように見据えた。


「戯言も程々にしろ…

お前は俺という兄の庇護下にいなければ、生きられない程に脆い存在だ。

我らが世界での、己が立場を忘れたか?

お前は俺の弟だからこそ、大目に見られていたのだぞ」

「…分かってる…、そんなこと、言われなくたって分かっているさ!

…俺は弱い、炎の能力でも雷の能力でも、お前になど到底敵わない程にな!

──でも、それでも…俺は今までと同じは嫌だ。

煌牙の息子であるのは嫌だ!」


梁は強く吐き捨てると、その感情が誘うまま、己が血を呪うかのように、左腕に右の五指の爪全てを、掴むようにしてつき立てた。


止まっていたはずの血が、再び流れる。

…父親である煌牙から受け継いだはずの、純血とも言える、強力な雷の能力を含んだ血が。


「年甲斐もなく…強情なのだな」


紫苑は苦笑混じりに、弟である梁を見定める。

が、やがて、それとは打って変わって目を鋭くすると、両腕から今だ血を流す梁の頭上から声を降らせた。


「まあいい。もはや時間稼ぎは済んだ…

かつての俺の居場所を教えてやろう」

「!えっ…」


この唐突な申し出に、梁の目は自然、丸くなる。

…分からない。

やはり良く分からない…

紫苑の考えは。


紫苑はその、細いながらも男を感じさせる人差し指で、現在、二人が居る所から見て、西の方向を指差した。


「──背丈のある植物によって隠されているが、この先にはかつての俺と煌牙のみが利用していた別館がある。

…そこに、我らが母は居る」

「…詭弁じゃないだろうな?」


余りにも虫のいい話なので、さすがに梁は自然、疑ってかかる。

それをなだめるかの如く、紫苑は梁に向かって、何処からか取り出した、見た目も高価そうなハンカチを差し出した。


「詭弁かどうかは、行ってみれば分かる」

「……」


梁は黙ったまま、紫苑の手からハンカチを受け取ると、そのまま静かに左右の腕を拭っていった。


血の跡が僅かに残るも、少なくとも傍目にはその両腕から血を拭い去った梁は、変わらず紫苑を無言で見つめると、唐突に身を翻した。


そのまま、紫苑が指した方向へと、一心不乱に駆け出してゆく。

その一連の動きを締めくくるかのように、梁の血が滲んだハンカチが、その場にひらりと落とされた。


「…、全く…世話のやける弟だ」


紫苑はハンカチに近付き、徐にそれを拾いあげた。

当然ながらそのハンカチには、梁の手から流れ出たばかりの“鮮血”が染み込んでいる。


それを口元へと運び、紫苑はそれに静かに唇を当て、味わった。

特有の鉄が、どんな極上のワインなどよりも甘美に、紫苑の嗅覚と味覚を刺激する。


…柔らかい風が、躍るように周囲を吹き抜けてゆく。

そんな心地よい空気に浸りながらも、紫苑は不意に、そのハンカチを唇から離すと、強く、きつく握り締めた。



──自らの感情を、その心境全てを、その行動に反映させるかのように。




「…我が弟よ…

お前の名は、“氷藤梁牙”。お前は紛れもなく、氷藤に名を連ねる者だ…

反し敵対する緋藤の一族などに、弟であるお前を渡してなるものか…!」

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