消されたものは

「僕の弟!? …氷藤…梁牙っ…!?」


紫苑の、その猜疑心の塊だった瞳が、徐々に尖り、殺気を帯びていくのを目にした梁は、自らの軽率さを恨んだ。


通常なら、自分より歳が上の人間を弟と言われても、到底信じられないだろう。

だが、組織・Crownに属し、その長・煌牙が己の中での絶対主義であった紫苑には、当の煌牙に対して、どこか狂信的な一面があった。

恐らくは、その煌牙の言うことだから、いや…、彼の言葉だからこそ鵜呑みにし、まともに信じたのだ。


…最悪の事実を、最悪のタイミングで暴露してくれた、と、煌牙に対して怒りを覚えるも、今回その原因を作ったのは、間違いなく自分の方だ。


「…くそっ…!」


何もかもが煌牙の思惑通りだと…、ひいては計画通りだと気付き、梁が忌々しげに毒づく。

すると、そのやり取りを見ていた稔が、ここに来てようやく動いた。


「梁」


ただ呼びかけただけなのに、梁には、まるでそれが上から責められているように思えた。

叱られ、責められると思っているのか、その呼びかけに、びくりと身を震わせた梁に、稔は静かにその黒銀の瞳を落とした。


「怯えるな。俺はお前を責めるつもりはない。…どちらにせよこの事実は、放っておいてもいずれは紫苑にも知れることだ。

だが…」


稔は続いて、紫苑の方に目を移した。


紫苑のその愛らしい、子ども特有の丸さを帯びた双眸は、いまや空虚そのものとなり、その奥に潜む途方もない憎の感情が視力と取って変わったかのように、ぼんやりと梁を見つめている。


「…時期が早すぎたな」

「!…」


今度は梁が困惑する番だった。

…いや、困惑というよりは混迷に近いだろうか。ただ、どうしていいか分からずに、目を伏せたまま、稔の言葉を待っている。

そして、稔はそれをよく理解していた。だが、それでもあえて、稔は梁には声をかけなかった。


ここでそれを許せば、梁はまた自分に縋るようになる。

…いつまでも親である自分の判断を仰ぎ、それに則って動く子どもに成り下がってしまう。


稔はそれをどうして

だからこそ、この不安定な状態のままの梁を放っておいてまでも、紫苑に話しかけていた。


…稔には分かっていた。

その動きを止め、理解させるべきは紫苑。


──煌牙が父親である事実を知らなかった弟を殺める必要などなく、その憎しみの矛先は梁ではないのだと。


それを良く、理解させなければならない。


…だが当然ながら、煌牙がそれを許すはずもなかった。

煌牙は低く笑うと、今だ片手に抱いたままの彩花の頭に、あいた方の手をぴたりと当てた。


その動きに稔と梁の二人が気付き、警戒したその刹那、煌牙はその強大な超能力の一部でもって、彩花を覚醒させにかかった。


…金色の眩い光が、瞬間、その場を覆う。


「──母さん!」


それまで葛藤していたことも忘れて、梁が危惧にも近い声をあげる。

それに紫苑が冷酷な睨みをかけると同時。


「…う…ん…」


彩花が、短く呻いた。

はっとした梁が彩花を見つめると、彩花は気だるそうにゆっくりと目を開き、目の前にいる青年を捉えた。


「…こ…うが、さん…?」


その彩花の瞳は、生まれたての赤子のそれに近いほど純粋で、一部の濁りもなかった。

そのまま周囲の様子を確認すべく、ゆっくりと周りを見渡した彩花は、ふと、稔と梁の二人に目を止めた。


「!母さ…」


梁が再び呼びかけようとする。

だが、それを遮るようにそっと呟かれた彩花の言葉は、残酷なまでに深く、梁の胸をえぐるものだった。




「…? …貴方たち…、誰?」





→BlueMoon第3部・完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る