血縁関係
体調の悪さから、梁は息も荒く切り返した。が、それを見た煌牙の瞳が、例えようもない冷たさと共に、剣呑に細められる。
「身の程が分からないようだな。俺が何故、彩花を捕えていると思っている?」
「!えっ…?」
明らかに威しではないことを理解した、梁の表情が僅かに強張る。
そんな梁に、稔は煌牙のそれと同等の冷たさを湛えた双眸で答えた。
「彩花の記憶は…奴によって消された」
「!な…」
梁は一時、唖然となり、そのまま信じられないといった様子で稔の方へと向き直った。
…焦りが先走るあまり、言葉も露に問い詰める。
「ど…、どういう事だよ父さん! 何で…
どうして母さんが…!?」
「!…母さん…?」
その時、稔の側にいた紫苑が、その単語に反応して梁を見上げる。
同じくその声に反応し、視線の高さを煌牙や稔から下げ、声の主に合わせた梁の目は、瞬間、驚きで大きく見開かれた。
「!…まさかお前っ…、紫苑!?」
「…何? …お前、どうして僕の名を知っているんだ…?」
紫苑の方も、初対面のはずの梁が、躊躇うこともなく己の名を呼んだことで、警戒の上に、更に鋭い殺気を纏った瞳を露にする。
紫苑はそのまま、その手に再び雷の力を発動させた。
パリパリと、電気が爆ぜるような音を立て、その強力な能力を誇示するように、ただ弄ぶ紫苑の感情の起伏を見越して、梁が素早く先手を打った。
「紫苑! 今のお前には、到底信じられない事かも知れないが…、頼む、俺の話を聞いてくれ!」
「…、その前に、僕の質問に答えろ」
紫苑は、まだ幼いとは思えないほどの、深くも恐ろしいまでの威厳のこもった声で呟いた。
その凄味に、そして彼が事実上の兄であることに怯み、梁が瞬間、言葉に詰まり、黙り込む。
その様を見やった紫苑は、その手になお一層の能力を込めた。
「お前は…僕のママを、“母さん”と…
それも、二度に渡って呼ばなかったか?」
「!それは…」
当然だろう、実の母親なんだから、と答えようとした梁を、何故か稔が、抑えるように遮った。
それに梁は、納得がいかないといった表情をあからさまに見せた。が、紫苑が側にいる手前、釈然としないながらも、囁くように稔に尋ねる。
「…何だよ父さん、それ自体は事実だろう? それに、紫苑は当事者なんだから、別に本当のことを話したところで支障は──」
「…梁、分からないのか? 今の紫苑の前で余計なことは言うな。殺されたくなければな」
「え…!?」
梁がぎょっとしながらも紫苑の方を向き直ると、なるほど紫苑は、自分に向ける瞳に、どこか敵対的なものを含め、尖らせている。
「これって…まさか…」
「…紫苑は今、俺が実の父親だと知ったばかりで、感情がひどく高ぶっている。
そんな状況下で、今度はお前が弟だなどと知れてみろ。紫苑は自らのやりきれない感情を、全て周りへの攻撃へと転じてぶつけるだろう」
「…、ったく紫苑ときたら…、いつの時代でも手のかかる兄貴だな…」
梁はやれやれと溜め息をつくと、いまだ敵対心を自分に向け続ける紫苑に向かって、ちらりと瞳を落とした。
開き直ったように告げる。
「…勘違いするなよ。あの人は俺にとって、母親みたいな存在なんだ。だから助けに来ただけだ…
それだけなんだよ。分かるだろう?」
「…子どもだと思って謀るな」
元々が紫苑にとって、始めから得体の知れぬ者でしかなかった梁の言葉は、まともに裏目に出たらしく、紫苑は先程よりも更にきつい目を、梁へと向けた。
「さっきの、パパとお前とのやり取りで、気付いてないとでも思ってるのか?
お前は何故、僕のパパと対等に話すことが出来る?
そして何故…パパから、“梁牙”などと呼ばれている…?」
「……」
…ここまで知られていれば是非もない。
梁は諦めたように一頻り頭を抱え込み、軽く息をつくと、ふとその手を離し、傍らにいるはずの稔を見やった。
「…こうなれば仕方がないだろうな」
稔も、これには溜め息混じりに呟くしかない。
紫苑の読みが、この年齢にしては思いのほか鋭かったのもそうだが、一番の失態は、梁が煌牙の挑発をまともに受け、自分から先に名を名乗ってしまったことにある。
「どうなんだ? 答えられないとでも言うのか?」
紫苑が更に追い打ちをかけ、その手に凄まじいまでの雷の能力を収束させる。
一秒と立たないうちに、その両手には、紫苑の身で扱うのにはやや大きめ、かつ、鋭利な雷の刃が作り出された。
それを見た梁は、半ば諦めたように肩を竦めた。
「…分かったよ。正直に白状するから、それはもう引っ込めろ」
「いや、お前は信用ならない。しばらくはこのまま──」
話を聞かせて貰う、と言いかけた紫苑を、梁は次いで、自らの言葉にその意思を織り混ぜることで遮った。
「それこそが、お前が始めから俺の言葉を疑ってかかると想定できる証拠だ。
もう一度だけ言うぞ。本当に俺の話を聞きたいというのなら、今すぐそれを引っ込めろ」
「!…」
紫苑が躊躇いがちに唇を噛むと、相変わらず彩花をその手に抱きながら、二人のやり取りを傍観していた煌牙が、静かに口を挟んだ。
「…力を抑えろ、紫苑」
「!パパっ…!?」
「お前は俺と、そこにいる少年…
梁牙の関係に、薄々気付いているのだろう?」
「!」
図星を突かれて、まだ幼い紫苑は、刹那、僅かながらも、それまで張り詰めていた感情の緩みを見せた。
…その両の手に作り出された雷の刃が、紫苑の心境を反映したかのように、行き場を失い、空気に溶けるように消失する。
「…、それでいい」
煌牙は冷たい瞳を紫苑へと送り、次いで再び梁を見据えた。
「梁牙、彩花のことは稔から聞いたな。…ならばお前は、己がどうすれば良いのか、既に分かっているはずだ」
「!…」
これを聞いた梁の体が、何故かわずかながら、ぎしりと強張った。
それによって、梁の奥底に隠された、彼自身が故意に封じ込めたはずの心境に気付き、また、それと同時に、とある確信をも持った煌牙は、その目に、針のそれにも近い、尖り猛った狂気の光を潜ませる。
「…パパ…」
その時、低く、くぐもったような子どもの声が、その場を支配した。
それに呪縛から解放されたように、はっとして梁が紫苑を見ると、紫苑は、これ以上無いほどに拳を強く握り締め、何かを堪えるように、強く唇を噛んでいた。
「…何だ、紫苑」
その意味を嫌と言うほど分かっているはずなのに、改めて煌牙が紫苑に問いかける。
それによって紫苑の顔が、瞬間的にでも青ざめたのを見た梁は、いたたまれずに目を斜めに伏せ…
それでも次には、煌牙に向かって声を荒げていた。
「…どうして! 何でお前はそういう態度しか取ってやれない!?
紫苑が何を言いたいのかは、お前が一番良く分かっているはずだろう!」
「だが、お前は自分の口からそれを言うのが恐ろしい。…違うのか?」
くっ、と喉を鳴らして笑う煌牙に、梁は瞬間、怒りで我を忘れた。
当然、傍らで紫苑が聞いていることも忘れて…
梁は、禁忌ともなるその言葉を、攻撃的に口にした。
「たかが、俺がお前の息子だとかいう狂言を話すくらい、何が恐いって… !」
「…なん…だって…?」
…瞬間、自らの怒りに任せての失態に気付き、即座に口をつぐむ梁と、それに反して、愕然と疑問を呟く紫苑。
紫苑はあまりの驚きで、しばらくの間、魂のない人形のように、まるでその動きを見せずにいた。
ただ、疑惑と、それを上回るであろう困惑の含まれた目だけで、じっと煌牙と梁を見比べていた。
…ややあって、そのまま、またひとつ、感情の一端を口にする。
「…パパは、今の言葉を否定しない…
じゃあ、お前は本当に…!?」
「ああ。紫苑、こいつはお前の弟の梁牙。──氷藤梁牙だ」
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