煌牙の狙い

「…お前が心配する必要はないと、暗に言っているのが分からないか?」

「貴様っ…!」


この一言に逆上した稔は、梁に与えるはずだった炎の力を、鋭い刃に変え、全て煌牙めがけて放出した。

すると煌牙は狡猾に笑うと、その攻撃を、これまた強大な雷の力によって受け止め、相殺させた。


彼に攻撃を仕掛けたことで、自然、梁と彩花の守りががら空きになる。


「梁牙は、とりあえず貴様に預けておこう…」


意味ありげな言葉を呟いた煌牙は、素早く稔の側をすり抜けた。

…当然、彼の目の前には、未だ失神して、床に転がっている彩花がいる。


瞬間、煌牙の目論見に気付いた稔が、そちらに目をやると、煌牙は既に彩花を捕らえた後だった。

愛しそうに抱きかかえると、稔に向かって冷酷に笑う。


「この娘だけでも手に入れられれば、我が計画の半分は達成したも同然だ」

「何だと…!」


稔が新たな怒りを露にすると、煌牙の笑みが消えた。

代わりにその蒼の眼に浮かんだのは、嫉妬と独占欲だ。


「…この娘…、紫藤彩花の記憶に、お前は必要ない。彼女の記憶にあるのは、俺だけでいい…!」

「煌牙! …貴様、彩花の記憶を操作するつもりか!?」

「ああ。それがどのような意味を持つか…、聡明なお前なら気付くはずだ」


言い捨てると、煌牙は彩花を抱えたまま、姿を消した。

後に残された稔は、すぐに梁の方に目をやり、煌牙の痕跡を追うべきか躊躇した。が、梁が激しく咳き込み、うっすらと目を開けたのを見て、今はここに残るべきだと、的確に判断した。


梁が、稔に心配そうな瞳を向ける。


「…とう…さ…ん、…か…あさん…は?」

「…煌牙に連れ去られた」


このような時に…とは思ったが、隠しても意味のないことなので、稔ははっきりと告げた。

それを聞いた梁の目が、大きく見開かれ、じきにその目から、涙が溢れた。


「…ご…めん…、と…う…さん…!」

「お前が謝ることじゃない。…いいから、お前は自分の傷を治すことだけに専念しろ。いいな?」


言い聞かせると、稔は梁の傷に目をやった。



…かなり深い。これは普通の方法では、すぐには治せそうもない…



そう考えていた稔の脳裏に、唐突に、梁が使っていた、メモリーリストの存在が浮かんだ。


あまりにも突然の事で、気が動転していて、真っ先にその存在を考えなければならなかったことすら考慮しなかった自分に嫌気がさす。

“思い当たらない”とは、まさしくこの事を言うのだろうが、今は一刻を争うのだ。それどころではない。

そう気がついた稔は、やや口早に梁に尋ねた。


「梁、メモリーリストは持っているか?」

「…うん…。…もって…る…」


梁は、傷の痛みと闘いながら、ようやくクローゼットを指差した。


「…ここに…きた…とき…に、そこ…に…」

「!…分かった」


稔はすぐさま立ち上がると、クローゼットに近づいた。中には、梁が着ていた、黒っぽいジャケットのような服が入っている。

躊躇う事なく、その大きめのポケットを探ると、そこから、梁が使っていたメモリーリストが見つかった。


「これだ…」


稔はそのまま、梁にそれを渡した。


「お前の話だと、この中には、俺と彩花の能力が入っているはずだな?

…主に攻撃を司る、俺の炎の力では無理だが、それと対極の彩花の時の力で、その傷…、何とかならないか?」

「…なる…と、おも…う…」


メモリーリストを受け取った梁は、痛みをこらえながら、一枚一枚、リストのページを捲った。

その中の、とあるページを開いてわずかに掲げる。…その手は、すっかり弱りきって震えていた。その様は、咲き終えずして散らんとする花のようだった。


稔は、そんな梁の体調を危惧した。…まだ意識ははっきりしているようだが、このままでは、話す事が出来なくなるのも時間の問題だ。

“急いだ方がいい”…と稔が懸念したその時、突然、梁の開いたメモリーリストのページから、紫色の光が溢れ出したかと思うと、それがバリアのように梁の体を覆った。


「!梁…」


稔は梁に、心配そうに声をかけた。が、次にはその黒銀の目を見張っていた。


先程の紫の光が、一層眩く光ったかと思うと、梁の身体の深い傷が徐々に塞がり、それに応じて傷からの出血さえも消えていく。床に流れたおびただしい血すらも、主の中に、まるで吸い込まれるかのように還元していった。



…それはまさしく、時の逆行だった。ほんの数時間前とほぼ変わりない梁の姿が、そこにはあった。



あらかた梁の傷が消えると、役目を終えたらしいそのバリア状の光が、音もなく消滅した。


「…、だいぶマシにはなったかな…」


まだふらつく身体を支えながら、梁が辛うじて身を起こした。

どうやら、軽い貧血をおこしているようだ。…だが無理もない。いくら傷が塞がり血が戻ったとはいえ、いったんは失っているのだ。そうそう体調が戻るものではない。

そんな梁の様子を見かねて、稔はまたも梁を気遣った。


「…大丈夫か?」

「何とか…ね。母さんの力が無かったら、かなり危なかったけど」

「そうか…」


稔は心底から安堵の息をついた。それに、梁は嬉しそうに上目を向ける。


「父さん…、俺のこと…心配してくれたんだ…」

「…ああ」


根負けして稔が頷いた。…諦めたように天井を仰ぐ。


「…梁、治ったばかりの所を悪いが…」

「奴らに関する情報…だね?」


稔は梁に向き直った。その表情には、どこか厳しいものが浮かんでいる。


「ああ。…ろくな情報もないままでは、奴らと戦うのは難しい。あれだけの力を持っている奴なら尚更だ」

「分かった。…じゃあとりあえず、まずは少しこの場を片付けて、きちんと座ろう。話はそれからだ…」




→Bluemoon第2部・完

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