初戦の果てに
(雷の力を使えば、この程度…!)
そう心に浮かんだ甘さを、慌てて打ち消す。同時に、いつの間にか、雷の力にばかり頼っていた自分を恥じた。
炎の力が通用しない相手にも、雷の力があれば勝つことが出来た。…自分はいつしか、それで天狗になっていたのかも知れない。
炎の力など使わなくても、いざとなれば雷の力だけでも、敵を仕留められると…!
しかし、そんなのはただの傲りでしかない。雷の力を使えば、煌牙の思う壷だろうし、何より、自ら雷の力を封印した今、その結果…、自分は敵に押されているではないか。
梁は気弱になりかけて、それでも気付いたように気持ちを奮い立たせた。
(駄目だ…、そんなことじゃいけない! 炎の力だけで奴に勝たないと、俺は本当の意味での、緋藤稔の子にはなれない!)
梁は、決意を新たにすると、右手に炎の力を集中させた。
刹那、そこから炎で出来た盾が現れる。梁はそれによって、煌牙の左手からの攻撃をまともに受けた。
炎と雷が、拒絶するように反発する。それを見た梁は、これは煌牙と自分ではないかと、瞬間、考えた。
…相容れない。“相容れられるわけがない”。
梁は、その考えを振り切るように、両腕の力を弱めた。煌牙の刃が、狙った部位との幅を、徐々に狭くする。
ここで、梁はいきなり力を解除し、体を落とした。その反動を利用して、右手は床に着き、後ろに離すことで勢いをつけ、足は爪先で強く床を蹴る。
この一連の動作を行ったことで、間一髪、頭上を煌牙の刃が掠めた。逃げ遅れた梁の髪の毛が、何本か宙を舞う。
「ほう…、これを避けたか。ならば、これならどうだ?」
「えっ…!?」
梁がぎくりとしたのも束の間、煌牙は両手に構えた刃を消すと、今度は両指の間全てに、雷の弾を作り出した。
“両指の間…全て”、つまり8個だ。
だが、これまた尋常なエネルギーではない。それが証拠に、対峙する梁の顔には、汗が滲み出てきている。
(…また…厄介なものを…!)
“あんなものが当たったら、黒焦げになるだけでは済まないだろう”…。
そんなことを考えていると、煌牙は前置きもなく、いきなりそれを1発放った。
「ぅわっ!」
梁はそれを左に避けた。
梁がいたすぐ後ろには、高価な作りのアンティーク家具があったのだが、雷の弾はそれに直撃し、そこだけ丸くくり貫いたような大穴をあけた。
(!あの堅い材質に、あれだけの穴をあけるとは…)
梁の警戒要因は、それだけにはとどまらなかった。
(あの攻撃…、穴以外が全く傷ついていないところを見ると、よほど高密度のエネルギーらしいな。つまり、貫通力と、殺傷能力に長けているということか…!)
…これは油断がならない。煌牙は言葉通り、攻撃を1ランクアップさせて来たのだ。
そうこうしている間に、煌牙はそれを立て続けに7発放った。
(!な…、連発で放てるだと…!?)
梁の驚きは、それだけではなかった。瞬間、放ったばかりの煌牙の手に、また新しい弾が8発作り出されたのを見たのだ。
(…くそっ…! 無尽蔵とはこのことか…!)
胸中で毒づき、反転して6発を避ける。が、さすがに7発目はかわしきれず、左膝をわずかに掠めてしまった。
「!…」
あまりの痛さに、しばらく声が出なかった。焼けつくような痛みが、じわじわと神経までもを侵し始める。
そうなって初めて、梁は絞り出すような声をあげた。
「!ぐ…、うぁあぁぁっ!」
掠っただけでこの威力だ。もしも直撃していたら…!
ふと、そんなことを考えて、ぞっとした。が、それで梁がわずかに隙を見せたのを、煌牙は見逃さなかった。
手負いの梁に、更に4発を放つ。痛みで動きが鈍っている梁は、最低でも2発は食らうことを覚悟した。
しかし、それを見かねて、今度は稔が動いた。
先程から彩花を支えているため、体を動かせない彼は、音も立てずに左手をあげた。
その手が、名前の通り、緋に輝いたかと思うと、梁の周囲には、一瞬にして強力な炎の障壁が作り出されていた。
鈍い音がして、それに遮られた雷の弾が霧散する。
「!…、稔…!」
煌牙が、稔に対して鋭い目を向けた。
梁は、突然目の前に炎の障壁が現れたことで、いったんは驚いたが、すぐに稔に庇われたのだと知り、自然にその顔に笑顔が浮かんだ。
「父さん…」
その笑顔には、感謝と安堵が含まれていた。…梁は、本当に幸せそうな笑みを浮かべていた。
そう、この時までは…
「緋藤…稔。お前が…梁牙を惑わせているのだな…?」
…不意に、くぐもったような煌牙の声が響いた。
それに敏感に気付いた梁は、“何か”を察し、稔の方へ、そして彩花の方へ駆け出していた。
同時に、煌牙が、今までにないほどの強力な超能力を左手に集め、作り出していた雷の弾さえもその糧とし、身の丈ほどもある雷の大剣を作り出した。
「死ね…!」
煌牙は地を蹴ると、動けない稔に対して、大剣を振りかぶった。
その時、稔は先程の要領で、障壁で凌ごうとしていたが…
刹那。
「やめろーっ!」
絶望の入り混じった、悲痛な声が部屋に響き渡った。と同時に、ざくり、と、煌牙の手に鈍い手応えがあった。
「!? 梁っ…!」
稔が、彩花を乱暴に床に寝かせて立ち上がった。そのショックで彩花が呻くが、構っていられるはずもない。
「!梁…牙…」
煌牙がさすがに愕然として、空気に溶け込ませるかのように、雷の大剣を消した。
梁は、右肩から左脇腹にかけてをざっくりと切られ、虫の息だ。真っ赤な鮮血が、服に滲んで溢れ、床に滴る。
それでも、彼は気丈に、稔に向かって微笑んで見せた。
「…とう…さん、かあ…さ…ん…、…ぶじ…?」
文章ではなく片言で話す息子に、稔は大きく頷いた。
「ああ…! お前のおかげで無事だ…、梁」
稔の答えを聞いて、梁は安心したように目を閉じた。
「よかっ…た、父さん…」
「梁!? …梁! 目を閉じるな!」
稔は、必死に梁に声をかけた。今回ばかりは、いつもの彼には似つかわしくないほど取り乱した。
…いつの間に、梁の存在が、これ程までに自分の中で大きくなっていたのだろう。今日会ったばかりだというのに。
稔は、梁に炎の力を分け与えるべく、とっさに両手に炎の能力を集めた。
残念ながら、自分が持つ炎の力には、治癒能力はない。だが、こうして炎の力だけでも与えることで、出血は少しはマシになるだろう…
そう考えた上での行動だった。
しかし、それを黙認するはずもない、煌牙が遮った。
「梁牙に触れるな…! 梁牙の父親は、お前ではないだろう?」
この一言に、いつになく腹を立てた稔は、言葉も荒く叫んだ。
「今はそんなことを言っている場合か? …貴様のエゴが、梁をここまで追い込んだのだろう! それを差し置いて、何を勝手なことを…!」
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