どちらが父親か
…薬に侵された奴等を救う術はない。本当なら、何らかの方法で救ってやるのが慈悲だろうが…
自分に出来ることといえば、ただ…自らが業を背負うことを承知で、相手を殺してやることくらいだ。
“自分では、何もできない”。
…超能力などという、人と異なる力を持っているにも関わらず、だ。ただ力があるだけでは、本当に何も出来ない。
大事なのは、あくまで、“その能力をどう使うか”であって、その際、重要なのは課程ではなく、“結果”。…それのみだ。
梁が漠然とそんなことを考えていると、
「随分と優しいことだな、稔」
低い嘲笑が聞こえた。稔は、無言のまま煌牙を見た。
その眼光が、先程より鋭くなり、その黒銀が更に濃く染まる。
「…、傷つける側は、傷つけられる痛みが解っていない。意義のない痛みは与えるべきではない…!」
稔の炎の力が、彼の感情に呼応し、彼を守るように、陽炎さながらに立ちのぼる。
それは次第にバリアのように変化し、稔と彩花の周囲を覆った。
それを目の当たりにした煌牙の表情が、僅かに変わった。
「!この力…、よもや攻防が共に長けているとは…!」
「貴様のような奴は、梁の父親などではない。…梁は俺の息子だ。貴様などには渡さない!」
「!父さん…!」
梁が驚愕と歓喜の入り混じった声をあげた。…嬉しかった。梁にとっては、この言葉は、何より…とても。
ようやくその存在が彼に認められたような気がして、自分が『父親』の…稔の側にいても良いのだと、強く思わされた瞬間だった。
そこに感情の弛みを感じた稔は、すかさず梁を叱りつけた。
「梁、お前も、俺を父親だと言うなら…、そう言い切るなら、引け目など感じるな!
奴に臆してどうする? …俺の息子だと言うのなら、奴の言葉になど呑まれるな!」
稔が、それまでの防御に徹していた体勢を、一転、攻撃へと転じさせ、爆発させた。途端に、灼熱の衝撃波が広がり、その場にあった超能力者たちの遺体が、瞬時に塵と化す。
びりびりと、肌に突き刺すような熱さをまともに覚えた瑞葉は、自らの皮膚が、異常な早さで乾燥していくのが分かった。
「!こ…、これは…!」
…そのまま我知らず後退し、主に縋る。
「こ…、煌牙様!」
「ああ。…やはり侮れんな…緋藤稔」
煌牙は、その蒼の目にわずかな狂気を含ませた。血に飢えた獣が持つそれに、限りなく近いものを感じて、梁は密かに恐れをなしたが、先程の稔の怒声を思い出したことで、それはすぐに打ち消された。
「…と…、父さん…!」
「…何だ、梁」
稔が、力を若干抑えながら訊ねる。…何となく彼には、今後の梁の質問の予測がついていた。
「俺…、父さんの子どもでもいいのか?」
「……」
やはり予想通りだ。…とすれば、次に言って来るであろうことも、外れるはずもない。
案の定、梁は自らの切羽詰まった感情を、全て吐露した。
「俺の父親は、緋藤稔なんだって…
俺の…名は、緋藤梁だって…本当に思っていても構わないのか…!?」
必死に訊ねながらも、梁には表面的にも、焦りが見えてきていた。
声は震え、その一言ずつに、微かな期待と深い悲しみが込められている。しかしそれに反して、答えを聞くのを恐れてもいるようだ。
稔はそれを充分に承知していた。
「…、俺が奴と戦う理由が、何であるかを考えてみればいい」
「えっ?」
「…いや。それよりもお前は先程俺が言ったことを、聞いていなかったのか?」
「!えっ…、いや…」
梁が一瞬、言葉に詰まった。
「聞いていたけど…何だか信じられなくて。まさか父さんがあんなことを言ってくれるなんて、思ってもみなかったから…」
「…では、お前は何故、未だに俺を父親と呼ぶ?」
「!」
はっとしたように、梁が口に手をあてた。
「答えは出ているんだろう? “梁”」
「!…とう…さん…」
…そうだ。今、解った。
いや、ようやく解ることが出来た。
父親は『とうに認めてくれていた』。自分の名を梁牙と呼ばないのが、その証拠だ。
稔に名前を説明する時、自分は確かこう言った。
《俺の名前は『はり』なんだ…。この名を付けたのは、似た字を持った、俺の“父親”…》
《貴方の名前は『
自分の話したことが、エコーのように響きながら頭を巡る。
それによって、繰り返し自分の心情を再認識できる。
(そうだ…)
梁は胸中で独りごちた。その顔に、希望にも近い笑みが浮かぶ。
(俺は父さんの…、緋藤稔の子でないと、嫌なんだ…!)
…父親譲りのはずの、ひねくれた読み方をする名前に、あれだけ拘ったのも。
自分の名が梁牙ではないと、実の父親だという煌牙に、あれだけはっきり突っぱねられたのも。
そして、稔の口から「梁牙」と呼ばれることに、酷い絶望や恐れを覚えるのも…
その理由が、ようやく分かった。
梁は、いつの間にか俯き加減になっていた顔をあげた。もう、迷いはなかった。
その感情をぶつけるが如く、梁は、はっきりとした口調で叫んだ。
「──煌牙っ!」
「!…梁牙…!」
息子にいきなり呼び捨てられたことで、煌牙の瞳が怒りに彩られた。
梁は、もう臆してはいなかった。…何よりも、誰よりも頼りになる『父親』が、近くにいるから。
「俺はお前の息子じゃない! …だから俺はもう二度と、お前の…雷の力は使わない!」
「!梁牙…、よもや、お前がこれほど聞き分けが悪いとはな…!」
煌牙は、徐々に苛立ちを見せ始めた。彼の雷の力が、あからさまに外に現れ、空気中で静電気の如く爆ぜる。
「…捕らえる前に、少し痛い目を見ないと分からないようだな」
「やれるものなら、やってみればいい。俺は殺されたって、お前などに屈したりはしない!」
「いいだろう。その強がりがどこまで保つか…それを見るのも一興だ」
冷たく言い捨てると、煌牙は、今までになく力を高め始めた。
先程までの彼の力は、まだ様子見の段階だったのだろう。今回のは、先程の力とは桁違いだ。
だがそれでも、梁は怯まなかった。
稔は彩花を支えている。つまり、動きながら力を使えるのは、自分だけなのだ。
煌牙の矛先は自分に向いているからよしとしても、ここで瑞葉に手出しをさせるわけにはいかない。
すると、そんな梁の考えを読んだのか、煌牙が瑞葉に命令した。
「久龍、お前は一度退け。お前には他にも仕事があるはずだ」
「!そうは言いましても、煌牙様…」
瑞葉は、何やら危惧したことがあるらしく、素直に退きはしなかった。その理由を察した煌牙は、氷のように冷たい一瞥をくれた。
「二度は言わせるな。俺の命令が聞けないか?」
「!わ、分かりました。しかし…」
「たかが念動発火能力者ごときに、俺が後れをとるか。…分かったらさっさと退け。殺されたくなければな」
「!…はい」
瑞葉は頷くと、慌ててその場から姿を消した。
「ふん…、奴も、相変わらず、使えるのは頭脳だけのようだな」
「聞き捨てならない科白だな」
とは、梁だ。
「瑞葉は、お前側にいる人間だろう。味方すらも信用していないのか?」
「そのようなこと…お前が目くじらをたてる事でもないだろう」
言うなり、煌牙はその両手に、雷の刃を二本作り出した。
その威力たるや、空中を浮遊する細かな塵すらも、放電によって誘爆するほどだ。
「さあ…覚悟はいいな?」
「!ああ…」
梁が返答するが早いか、煌牙が梁に攻撃を仕掛けた。
まず、右手の刃を、梁の左腕を狙って振りかぶる。梁は、その攻撃を、左手に炎の刃を作ることによって受け、捌いた。
しかし、その勢いに押されて、僅かに体が後退する。その隙に、煌牙は一気に梁との間合いを詰めた。
(…早い!)
梁が胸中で唸る。その間にも、煌牙は続けて梁の右肩を狙った攻撃を仕掛けた。
間合いを詰められたため、攻撃がすぐ近くから来る。
結果、彼の攻撃はひどく捌きにくいものになっていた。
(!くっ…)
梁が臍を噛んだ。
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