残酷な真実

それに対して煌牙は、その蒼の瞳を閉じ、自らの指で、ゆっくりと彩花の指を絡め取った。


「!な…」


予想もしていなかった事態に、梁がいったんは呆然とした。

しかし次には、先程から引き続いての、尋常ならざる怒りが湧き上がり、手にしていた雷の剣に、更に力を込めた。


「貴様っ!」


瞬間、彼の激しい怒りに呼応するように、雷の力が増大した。

それを、静かに目を開くことで窺った煌牙は、唇を離し、彩花を右手だけで抑えると、空いている左手に、自らの能力を集中させた。

だが、発動する前の段階なので、どんな力を持っているのかは分からない。そのことを梁が念頭に置き、警戒に警戒を重ねていると、


「雷の力か。それで俺と渡り合おうというのか…」


半ば感心するような煌牙の声が、梁の鼓膜を振るわせた。しかし、そんな彼の次の言葉は、誰しもがまったく予測し得なかったことだった。




「…だが、その程度の力で、父親に逆らうつもりか…? “梁牙りょうが”」




「!なに…?」


一番驚いたのは、梁本人だった。が、すぐに真顔に戻ると、先程から表情も変えずに様子を見ている、稔の方を見た。


稔は、彩花が煌牙に唇を奪われても、梁に関する意外な事実を聞いても、冷酷なくらい反応を示さなかった。

その轍を意識し、認識しながらも、梁は慎重に言葉を選んだ。


「…馬鹿げた事を言う。俺は梁牙なんて名前ではないし、ましてやお前の息子などでもない」

「それは間違いですよ。梁」


瑞葉が冷笑しながら、もはや梁にとっては刃と化した言葉を突き刺す。


「貴方が雷の力を持っていることが、何よりの証拠です。…それは貴方の父親である、煌牙様譲りなのですから」

「違う!」


梁は、すぐさま否定した。


「俺の父親は、ここにいる、緋藤稔だ!」

「…まだ分からないようですね。…梁…、いや、“梁牙”様」


瑞葉が、呆れたように溜め息をついた。途端に梁の怒声が飛ぶ。


「俺をその名で呼ぶな! 俺の名は梁なんだ…梁牙なんかじゃない!」

「…それでも、お前は間違いなく俺の息子だ」


煌牙が呟いた。梁は、あまりのショックに、手にしていた雷の剣を無意識のうちに消した。


「…嘘だ…」


もはや、掠れ声しか出なかった。


…身体中が、麻痺してしまったかのように動かない。否、動かす気力すらもなかった。

そんな彼に、瑞葉が再び声をかけた。


「繰り返しますが、煌牙様が貴方の父親だというのは本当です。…そこにいる緋藤稔の、真の意味での子は、紫苑様と藍花様だけなのですから」

「…どういうことだ?」


驚き過ぎて声にならない梁に代わって、静観していた稔が訊ねた。

先程から、同じ科白ばかりを繰り返していることは分かっていたが、事実を知らなければ、同じ問いを繰り返すしかない。

すると、説明するのは瑞葉かと思いきや、予想外に煌牙の方が問いに答えた。


「割合の問題だな」

「割合…?」


稔が訝しげに問い返す。


「我が息子・梁牙の、元々持っている能力は、雷だ。だが炎をも扱える理由は、受精卵の段階で、稔…お前の遺伝子を少し組み込んだからだ」

「!なに…?」


稔の眉が、ぴくりと動いた。それは常人では気付かない程の、ほんの僅かな動きだったのだが、煌牙はそれに気付いたようだ。

だが、また稔の方も、それを察していた。つまり、相手の微かな動きを、お互いに気付いていたのだ。


それ故に煌牙は、いつになく慎重に話を進めた。


「その逆が、紫苑と藍花だ。あの二人には、元々持っていた炎の力に、雷の力を与えた。…俺の遺伝子をな」

「…成る程な…よく分かった」


稔は的確に話を飲み込んだ。


彼の言うことが本当だとすれば、先程から言っているように、紫苑と藍花の2人だけが自分の子で、梁は煌牙の子なのだ。そこに、それぞれの子が持っていない、『炎』と『雷』…その互いの力を少し加えただけに過ぎない。


大元がどちらの遺伝子たるかによって、誰の子であるかがはっきり区別できる。付け加えられた遺伝子は、あくまで別な能力を得るための付加でしかない。

そして言われてみれば、今のところ、確かに梁だけが雷の力を使える。そして紫苑と藍花は、未だその力を見せてはいない…!


だが、それにしても…


「…まだ疑問があるようだな?」


稔の心境を見透かしたかのように、声が降る。


「ああ。…紫苑と藍花がそちら側に、梁がこちら側にと、その位置関係が逆転している『理由』だ」

「それは簡単なことですよ」


瑞葉が口を挟んだ。その口元には冷笑が張り付いている。


「3人が3人とも、その事実を知らないからです。特に藍花様は、遺伝子操作の段階で、兄である紫苑様に絶対服従するようにプログラムされていますからね」

「……」


稔は無言のままだ。それを肯定と受け取って、瑞葉は話を続けた。


「ただ、やはり元々の素質というか、本来自分が持っている力の方が、扱いやすいようですね。付加された力は微々たるものです。

…先程の、我らの配下の攻撃ごときに、梁牙様がてこずっていたのは、炎の能力を使っていたからです。煌牙様譲りの雷の力を使えば、あんな奴等など──」

「もう…やめろ!」


梁が、怒りに任せて話を遮った。


「俺は、確かに雷の力を持っている。だが、それは受け継いだものではないし、何よりこの力を、お前たちのように悪用したいとは思わない!」

「…ほう?」


煌牙が梁を見る。その様子は、子供の成長を目の当たりにした親のようだった。


「…俺は雷の力など要らない。父さんから貰った炎の力と、母さんから貰った時の力…その2つだけがあればいい!

第一、俺を煌牙の息子だとか言うなら、紫苑や瑞葉は、何故俺を殺そうとした?」


梁の抗議に近い言葉に、煌牙のこめかみがわずかに疼いた。


「それはあくまで、お前の力を測るための詭弁だろう。本気でかからなければ、お前も本気は出すまい? 梁牙…」

「!っ…、何度いえば分かる! 俺を梁牙と呼ぶな!」

「…それが、貴方様の本名でもですか?」


程なく、瑞葉が呟く。


「“緋藤梁ひどうはり”…、いや、そんな人間は元々存在していません。貴方様の本名は、“氷藤梁牙ひょうどうりょうが”。

間違いなく、ここにいる煌牙様のご子息です」

「くどい! もうそんな戯れ言に付き合っていられるか!」


梁は完全に逆上し、その手に炎の能力を集中させた。

ここで、雷の能力をあえて使わなかったのには、自らの心情を反映し、彼らに対する完全な拒絶の意味も含まれていたのだが、煌牙たちにとっては、逆にそれが狙いだったらしい。


「…これで、梁牙様を捕らえやすくなりましたね」


瑞葉が、何かを確信したかのように目を細める。


「…ああ。感情の抑制がきかなくなれば、それだけ隙ができる。その時こそ、俺は梁牙を取り戻す…!」


決意も露に、拳を握り締めた煌牙は、彩花の方へ視線を走らせた。


先程からのやり取りが応えているのか、彩花は絶句したまま、支えを求めて壁に手をついている。

が、それは無理もないことだった。一晩でこれだけいろいろ起これば、神経が擦り切れるのも当然だ。

顔色が鑞のように白いのも、恐らくはそのせいだろう…

と、煌牙が確信と共に思った瞬間、張り詰めた糸が切れたように、彩花が気を失った。


…まるで貧血さながらに、ばたりとその場に倒れる。

その音に気付いて、梁が声をあげるよりも早く、いつの間に移動したのか、傍観していたはずの稔が、彩花を支えていた。


自らの膝に、彩花の頭を乗せるようにして休ませる。



そうしておいて、改めて稔は彩花を見つめた。

…『時の力』を持つ少女を。


勝ち気で、それなりに口が悪いはずの第一印象しかなかった彼女の神経が、ここまで参っている。

…だが、無理もない。いくら周囲に構ってはいられなかったとはいえ、自分たちが敵を倒したところを、まともに見てしまったのだ。



…そう、彼女の息子の父親であるはずの自分と、息子の梁が、敵とはいえ人間を“殺した”のを。

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