現れた当代の皇帝
淡々と話す瑞葉に、心底嫌気がさした梁が、体勢を立て直し、その手に、父親と同じ炎の槍を作り出した。
「科学者の
「…、よくよく父親に似ましたね…梁」
瑞葉が、感動と哀れみの感情が溶け込んだ目を向ける。しかしそれは一瞬にして潰えた。
代わりに彼が見せたのは…一種の“喪失感”だ。
「…それ故に惜しいですよ。その力を消し去らねばならないとはね」
言うなり、瑞葉は、もはや獣と化した超能力者をけしかけた。途端に超能力者たちが、猛然と二人に襲いかかる。
「この程度の力で俺を止めると言うのか? …甘く見るな…!」
稔が槍の穂先で、躍りかかって来た超能力者のうちの、ひとりの男の左足を、まともに貫いた。
「!ぎゃああああっ!」
男が、耳をつんざくような悲鳴をあげた。足を貫通した穂先が、床に突き刺さって抜けないため、その男は身動きが取れない。
そうして足を止めておいて、稔は男の腹部に強烈な蹴りを食らわせた。声を発する間もなく悶絶したその男の足から、後ろ手に槍を抜き、次にはそれを短剣に変化させる。
続けて真正面から向かってきた女を、稔は横に避けた。…そのまま、炎の短剣で首筋を掻き切る。
それはどうやら動脈をまともに傷つけたらしく、次には女の首から、噴水のように血が吹き出した。
「!うわ…」
見ていられず、彩花は両手で目を覆った。その女は、がくりと膝をつき、その場に倒れる。
稔は、それには一瞥もくれず、後ろ側に強く床を蹴り、いったん彼らから距離を取った。…この時には既に、手にしていた短剣が、いつの間にか弓に変化していた。
「え!?」
やはり動向が気になるのか、恐る恐る手を離した彩花が、またもやぎょっとしている間に、稔はその炎で作られた弓に、同じく炎の矢をつがえ、引き絞った。
そしてそれをあっさりと、相手の心臓のど真ん中に命中させる。…相手は声も立てずに、その場にくずおれた。
「これで、3人…」
稔は炎の弓を消した。先に2人は倒している。…つまり、あとひとりのはずだ。
そう認識して、梁の方を向くと、梁も槍の穂先から鮮血を滴らせ、敵を倒し終えていた。
しかしこちらは、予想外にてこずったらしく、左腕がやや凍傷ぎみになっている。
「くそっ…!」
毒づいて、梁は自らの炎の力で、凍傷になりかけの腕を暖めた。勿論、一気に暖めると悪化するのは分かっているので、少し距離をおいて暖める。
「何故…、こいつらを殺さなければならなかったんだ…?」
梁が、暗い表情で自問した。
…自答は出なかった。
確かに、手に掛けたのは自分だ。こちらが殺さなければ相手に殺されていた。そして、あの薬が慢性化していた以上は、彼らは自分が殺さなくても、いずれは薬に身体を蝕まれ、死ぬことになっていたはずだ。
だが、それでも、自分が人の命を奪ってしまったことには違いない。
自分が生きる、その欲のために。
…梁が、犯した罪に苦しんでいると、程なく瑞葉から声がかかった。
「どうせ奴等は助かりません。貴方が気にすることはないですよ」
「!っ…、ふざけるな!」
梁が、自らの感情と共に叫んだ。
重体、あるいは既に死人となって床に転がっている超能力者たちの、慟哭が聞こえてくるかのようだった。
「こいつらを、あの薬の常習者にしたのは、他でもないお前だろうが! 何を他人事のように…!」
「“ように”ではありませんよ、梁。他人事です」
「!貴様っ…」
梁は怒りに我を忘れ、先程まで、彼らには一度も見せなかった、例の雷の力を使った。
先程から出していた炎の槍を消し、代わりに雷の剣を作り出す。
…だが、後で考えれば、これが大きな穴だった。
梁の超能力が、両親譲りの『炎』と『時』の力のみだと思い込んでいた瑞葉は、いったんは酷く驚愕した。
みるみるうちに顔色が青ざめたかと思うと、
「…な、何だそれは…!? まさか、『雷の能力』…!? 梁が!?」
「ああ、お前は知らないだろうな。だが俺には、こうして雷の力もある。…お前のような下衆を断罪するためにな!」
強く吐き捨てると、梁は剣を振りかぶった。
「!…っ」
間一髪のところで、瑞葉が避ける。その時には、彼には何かを確信したような、勝利の笑みが浮かんでいた。
「成る程…、梁を怒らせる理由が、まさかこれだとは…!」
自然に口元が弛んでいく。この場にいる者の中では、『自分しかその事実を知らない』。それこそが彼の興奮材料のひとつだった。
「梁を怒らせるだと…?」
稔が、瑞葉の言葉を聞き咎めた。
「まさか貴様、初めからそれが目的で…!」
「ふっ…、さすがの貴方も、そこまでは気がつかなかったようですね?」
瑞葉が含み笑った。
「これは煌牙様の命令でしてね。…私も先程までは、梁を何故怒らせなければならないのか疑問でしたが…、よもや彼が雷の力を隠していたとは思いませんでしたよ」
「そうか。それはお前も知らなかったことらしいな。…だが、お前の誤算はもうひとつあるようだ」
「…何ですって?」
今度は瑞葉が聞き咎める番だった。
それに、稔はいたって冷静に答える。
「あいつを収拾がつかなくなるほど怒らせて、このままで済むとは思ってはいないだろう?」
「!」
その時初めて、瑞葉は稔の言葉の持つ意味に気付いた。
先程までの…いや、今までの自分が知っている梁は、いわば力の一部を封印した状態だったのだ。
しかしそのタガが外れたとなると、事は違ってくる。
つうっと、汗が頬を伝うのが分かった。それに追い討ちをかけるかのように、稔が続けた。
「それに、この場には俺もいる。超能力者は叩き伏せた…
どう足掻いても、お前ひとりでは勝ち目はないぞ」
「…それはどうかな?」
不意に、その低い声は、稔や梁の背後から聞こえてきた。
同時に、彩花の短い悲鳴があがる。その悲鳴は、声にはなってはいなかった。それに気付いた稔と梁が、瞬時にそちらを向く。
…そこに居たのは、年齢が20代前半くらいの青年だった。
外見は、漆黒の髪に蒼い目、身長は180センチほどあるだろうか。やや細身ではあるが、筋肉の付き方には、全く無駄というものが見られなかった。
その青年が、彩花を後ろから抱くようにして、身体を押さえつけている。
彩花は逃れようとしたが、男の力には敵うわけもない。
彩花が暴れても、青年は平然とした面持ちで、瑞葉に話しかけた。
「…油断したな、久龍。緋藤と相対する時には、特に気を配るように言ったはずだが」
「!申し訳ありません、煌牙様」
「!こ…、“煌牙様”!? …この人が!?」
あまりの事実に、抵抗していた彩花の動きが止まった。そのまま、振り返りながら煌牙を見上げる。
その視線に気付いた煌牙は、その蒼の瞳を、そっと彩花に落とした。
「…ああ」
低くて心地良い、澄んだ水のように透明なその声に、彩花はいつの間にか引き込まれていた。
そのまま彼の目を、まっすぐに見つめる。
吸い込まれそうなほど美しく、綺麗な瞳に映し出されているのは、他でもない…自分だ。
“彼の目には今、自分だけが住んでいる…”
そんなふうに彩花が実感し、どこか恍惚とした表情を浮かべたその時、
「母さんっ!」
制止を意味する、梁の鋭い声が飛んだ。
その瞬間、彩花はびくりと立ち竦んだ。それによって、ようやく自我を取り戻す。
「!梁っ…」
はっと気付いて、息子の元へ駆け寄ろうとする彩花を、煌牙が捕らえた。
「!? 何を…」
言いかけた彩花の口を、煌牙は自らの唇で塞ぐことで黙らせた。
「!っ…」
まったく唐突であったために、彩花は苦しげに声を洩らした。…その指先が、抗おうとして震える。
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