組織の科学者

「全てはそいつらの画策か。奴等の狙いは何だ?」

「…超能力による、人間の支配だ」


梁は怒りを飲み込むように答えたが、稔はただ、嘲笑った。


「ふん…、いかにも異端な能力を持った奴等が考えそうなことだな」


言いながら、稔はその言葉が持つ意味を、深く噛み締めていた。



確かに、自分もそのうちのひとりである事実は否めない。だが、自分はそんなことに力を使おうなどとは、思ったことはない。

それでも、なまじ力があるだけに、誰かを守ろうとすれば、反して誰かを傷つける。

…奇異な能力を持った者が、そこで留まれるか、それを越えて力に溺れるかは、それがちょうど境目だと言える。



異端の中の、更に『異端』。それが彼らだ。



「…だが、奴等は本気か? たかがそんなことのために、紫苑を…、ひとりの超能力者を造り出したというのか?」

「ああ。…それに紫苑は、自身が超能力者でありながら、対・超能力者としても鍛えられている。彼を、ただの超能力者だと思ってかかると、痛い目に遭うのはこちらの方だ」

「“ただの”…ではないだろうな」

「…でしょうね」


稔の言葉に、少し様子の落ち着いたらしい彩花が頷いた。


「稔さんの血を引いてるってことだけでも、その辺の超能力者じゃ太刀打ち出来ないと思うけど…」

「炎…か。確かに厄介ではあるな」


稔は無意識のうちに、自らの手を見つめた。


「奴の力は、まだ見ていないこともあるが、どれほどのものか見当もつかない。…梁、お前は紫苑と戦ったことはあるか?」

「…、ああ」


梁が視線を逸らした。

その瞳に浮かんでいるものは、明らかに葛藤だ。だが、その自覚すらもない梁には、それが何を示すのかも、到底分からなかった。

そしてひと呼吸おくと、梁の感情は、いつになく冷酷なものになっていた。


「…紫苑は強い。強すぎて、こちらが攻撃に転じる暇がない。まともに戦えば、防御するだけでもやっとだ」

「まあ、それでなければ、組織の中でも『皇帝エンペラー』の称号は与えられないだろうからな」


稔が、どこか複雑な表情を浮かべながらも、一方で、確信を持ったかのように呟く。


…そこまで考えた時。


その声は、哄笑と共に、唐突に天井から響いてきた。


「…さすがは緋藤の後継者…! その歳にしてその冷徹さ、その知能、その能力! どれを取っても類い稀とは…、我が皇帝・煌牙様と比べても、なんら遜色はありませんよ?」


部屋中に拡張するその甲高い声に、梁は聞き覚えがあった。

それはついさっきまで、話に出ていた『科学者』だ。


「!現れたな…、マッドサイエンティストが」


梁の忌々しげな口調に、顔を顰めながら、ひとりの青年が部屋に姿を見せた。

歳の頃、25~27くらいの青年だが、どこから入って来たのかは分からない。

それに彩花が驚いていると、青年は呆れた口調で話しかけた。


「相変わらず口が悪いようですね? 緋藤梁」

「よく言う。間違ってはいないだろう?」


ここで、梁は一瞬、両親の方に目をやった。


「お前の悪趣味な実験が高じて、被害に遭っている輩を、少なからず知っている俺としては、その呼び名でも不服なくらいなんだがな」

「…ほう?」


科学者…瑞葉は、興味深げに梁を見つめた。

構わずに、梁は続ける。


「それで、瑞葉…何の用だ?」

「貴方のことですから、大方の見当はついてるんじゃないですか?」

「…ああ」


逆に問われて、梁は僅かに答えに詰まったが、それでもすぐに答えた。


「紫苑にも言ったが、お前たちに力は貸さない。…それとお前は、未来から、この時代の煌牙と、お前自身の様子を見に来たんだろう?」

「父親に似て、利発で助かりますよ…そういう所はね」


瑞葉が目を細める。


「でも、如何いかんせん、利発すぎて融通が利かず、こちらとしては至極扱いにくいんですよねぇ…」

「…だから、どうするつもりだ?」


梁が何かを察し、瑞葉から距離を取る。

瑞葉はゆっくりと目を開いた。


「…ちょっと、大人しくしていて貰いましょうか」


彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、部屋に6人の男女が現れた。


「6人か…!」


梁が認識したその瞬間に、うち2人が音もなく倒れた。


「えっ…!?」


彩花が声をあげたと同時に、何事かに気付いた瑞葉が舌打ちをした。


「稔…か」


彼の手にはいつの間にか、炎で作られた槍が握られていた。

だが、その攻撃の速さときたら、尋常なものではない。認識したと同時に相手を確実に仕留められる能力者など、ざらにはいないのだ。


「こんな雑魚を何人けしかけたところで、結果は同じだ」

「雑魚…ですか。面白いですねぇ」


そう言って瑞葉はくすくすと笑った。


「これでも彼らは、我が組織の一員です。そう言えるのは、貴方の能力が凄まじいものだからですよ」

「…、俺はお前のような人種が一番嫌いでな」


稔は、改めて炎の槍を構えた。


「人は使うが自分では動かない…、そんな奴が人間を支配する考えを持つなど、おこがましいものだ」

「!父さん…」

「油断をするな、梁。…狡猾そうな奴のことだ、まだ何かを隠しているに違いない」

「…さすがですね。そこまで読まれているとは」


刹那、瑞葉から笑みが消えた。


「煌牙様が、貴方を一番の危険要因と見るのが、良く分かりますよ。…ならば、こんな余興はいかがでしょう?」


瑞葉は、服のポケットから、金色の錠剤の入った小瓶を取り出した。


「あれは…?」


梁が怪訝そうに小瓶を見つめる。この反応からすると、彼も錠剤の正体を知らないのだ。

瑞葉は、徐にそれを床に叩きつけた。その破片と共に、当然のように錠剤が散らばる。


すると、組織の超能力者が、それに過剰なまでに反応した。

床をじっと見つめ、だんだんと息遣いが荒くなる。興奮しているのか、額に汗を滲ませている者もいた。

何かあるな、と稔が察し、梁を促そうとしたその途端、超能力者たちが、躊躇うことなく床に這いつくばり、その錠剤を片端から口に入れては噛み砕き、飲み込んだ。


「!な…」


梁は唖然とし、稔は警戒を強めた。彩花はというと、超能力者の争いには参加出来ないため、びくつきながら様子を窺っている。

…超能力者たちのその様は、何日も餌を与えられず、ようやく餌を与えられた時の獣のそれに酷似していた。

梁がいよいよ唖然としていると、超能力者たちは、本当に獣のような唸り声をあげ始めた。


「…何だ…!?」


梁がわずかながらも戸惑いを見せた途端、


「下がれ、梁!」


いきなりその襟首を掴まれて、物凄い力で後方に放られた。


「!うわっ…」


梁は勢い余って吹っ飛んだ。

その瞬間、先程まで梁がいた所に、ざくっ、と、氷の刃が突き立った。


梁を下がらせたのは、言うまでもなく稔だった。


そのままにしておけば、梁は今頃は串刺しだったはずだ。それからすれば、彼の判断は適切なものだったと言える。

が、彼の目は、助けたはずの息子よりも、氷の刃の方に釘付けになっていた。


「“氷”…、先程までの奴等の能力では、水を昇華させて氷にする芸当など、不可能だったはずだ…!」


稔はその意味を噛み締めた。

考えられることは、ひとつしかない。


「まさか、その薬…」

「まったくもって勘がいいですねぇ…」


高レベルの言葉の駆け引きに、瑞葉が嬉しそうに答える。


「さっきの薬は、超能力を飛躍的に増大させる薬ですよ」

「それだけではないだろう」


稔がきっぱりと告げる。


「あの、奴等の薬に対する依存性の強さから見ても、あれには麻薬的な成分も含まれているはずだ」

「…よく分かりましたね」


瑞葉が、悪びれもせず返答する。


「実は、この薬はまだ未完成でしてね。…短期間にあまり服用し過ぎると、副作用として、その麻薬的な成分と、自らの肥大した能力の相乗効果により、確実に死を迎えてしまうのですよ。そこが改良の一番のポイントとも言えるのですがね」

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