2.出現
力と力の拮抗、そして、梁に迫り来る罠…
「…、だから、ホントにごめんって…!」
スマホに向かって、疲れ気味に謝り倒しているのは、言わずと知れた彩花である。
実は彼女、いくらハプニングがあったとはいえ、本日、遅くまで外出しているにも関わらず、今まで、家に電話連絡の一本すらも入れていなかったのだ。
あの後、話の前に、梁にそれを指摘され、彩花は青くなりながらも、すぐに家に電話をかけた。
しかしその途端に、母親から、連絡が遅いと一喝され、そのまま延々と説教を食らい、今に至っているのだ。
スマホからは、どうやら注意を施しているらしい母親の怒声が、繰り返し響いて来る。
いくら自分に非があるとはいえ、ここまで耳脇でガンガンやられると、
「はーいはいはい、聞いてますっ、聞いてますよ…!」
さすがに彩花の返答も、投げやりになってくる。その様子を呆れ顔で見ていた稔が、いきなり彩花の手から、スマホを取り上げた。
「あ!?」
唐突に電話を取られ、彩花が隙を見せているうちに、稔は彩花の母親と、しばらく何事か話すと、そのまま電話を切った。
「!な…」
あまりのことに、彩花が反論も忘れて固まっていると、
「…親は納得したらしいぞ」
と、稔が落ち着き払って答えた。それによって、彩花が正気(?)を取り戻す。
「!な…、何をどんなふうに納得させたんだか知らないけど、こんな遅い時間に、あたしのスマホに男のヒトが出ること自体がヤバいでしょうが!」
噛みつくような彩花の剣幕に、稔は勢いに呑まれかけたが、そこは稔、すぐに冷静さを取り戻して答えた。
「…いや。お前の母親と話をしたら、何が嬉しいのか、電話の向こうで、鼻歌混じりに
そう言って、スマホを差し出す。
「…へ!?」
彩花はスマホを受け取ったまま、再び固まった。が、口だけは辛うじて動くようで、それでも疑問点を口にする。
「な…、何で…?」
「まず、名を名乗るように言われたんだが…、名乗った途端に、喚いていたお前の母親がおとなしくなり、一転して物分かりが良くなってな。…どうやら緋藤の名が効いたらしい」
「!へっ…!?」
「とりあえず、諸事情だけでも説明しようとしたんだが、その前に、何故か丁寧に礼を言われ、そのまま電話を切られた」
「……」
彩花が、しばし無言になった。
…ここまで聞けば嫌でも分かる。母親は、稔の名字…“緋藤”に釣られたのだ。
緋藤といえば、世界でも有数の財閥であることで有名だ。その名は、高校生である彩花ですらも知っている…“はず”なのだが。
初めて会った時に、そこまで気が回らなかった自分を完全に差し置いて、彩花は稔に尋ねた。
「稔さん、うちの母親、他に何か言わなかった?」
「…“目指せ、玉の
「!あンの…バカ母親はっ!」
彩花がドッカンと爆発した。事情を知らないうちは冗談で済ませられたことも、今の状況では洒落にすらならない。
「…いいんじゃないか? 別に」
ぼそりと呟いたのは稔ではなく、梁だった。途端に、聞き捨てならないと彩花が憤慨する。
「どこがいいのよ!? こんな時間に稔さんと二人でいるなんて、親に完璧に誤解招くでしょ!?」
「じゃあ今から帰って、また怒られるか?」
梁の手厳しい追求に、先程までの勢いは何処へやら、彩花が怯む。
「!…あ、いや、それは…!」
「俺のことはバレてないんだし、向こうが喜んでるなら、父さんと二人でいると思わせておいた方が、都合はいいんじゃないのか?」
「…そんなもんなの…? もしかして…梁、意外とアクマ?」
彩花の半眼での問いに、梁がいたずらっぽく笑った。
「今頃気付いたのか?」
「…、話は済んだのか?」
さすがに、稔が溜め息混じりに問う。
「!…ああ…、うん、多分」
曖昧に返事をした彩花は、今更ながら、はたと気付いた。
「そういえば、梁、さっきの話の続きは?」
「…誰かさんが余計な一悶着さえ起こさなきゃ、とっくに話し終えてるはずなんだがな」
梁が肩を竦めた。それに彩花はこめかみを引きつらせて反応する。
「何か言った?」
「いや、何にも」
「なら、さっさと話せ」
苛立ち混じりに、稔がとどめを刺した。さすがに梁が、跋が悪そうに黙り込む。
それを見た稔は、更に苛立ちを露にした。
「お前が焦らしていることで、こちらは確実に敵方に首を絞められている。…大した情報も得られないまま、奴等と渡り合うことは難しい」
稔が一息入れ、再び先を続けた。
「…お前が話す気がないのであれば、俺はこれ以降、この件から手を引かせてもらう」
「!」
それはどこか父親自身に、自分を拒絶されたかのようで…
ショックで、梁の顔色が真っ青になった。みるみるうちに青ざめて、立っているのもやっとな状態の梁を見て、彩花が声をあげた。
「稔さん! どうしてそんな…!」
「味方に足元を掬われるようなこの状態で、それでもまだ静観できるほど、馬鹿でも間抜けでもないんでな」
「!だからって…」
懸命に彼を諭そうとする彩花を、梁が止めた。
「梁…?」
「彩花…いや、“母さん”…、ありがとう。…でも、確かに父さんの言う通りだ」
梁は、稔に向かって頭を下げた。
「ごめん、父さん。俺が悪かったよ。これから落ち着いて話したいから、もう一度ソファーに座って貰ってもいいかな?」
「…、ああ」
そう言った稔の口調は、少しではあるが、柔らかいものに戻っていた。
その声の響きに、梁は、心底ほっとしたものを覚えていた。
かくして、ハプニングはあったが、稔と彩花、そして梁は、再びソファーに落ち着いた。
おもむろに、梁が口を開く。
「じゃあ、まず、紫苑のことだけど…」
「奴は…、梁、お前の兄だということだが…」
「…“それにしては年齢がおかしい”って?」
いかにもこの質問を予測していたかのように、梁が平然と呟く。
「ああ。お前は確か、今から18年後の未来から来たんだったな? だとすれば、この1年後には、お前はこの世界に存在しているということになる…が、お前ですらが、たった1年後だ。では、その兄だというあいつは、一体いつ生まれた?」
「あっ!」
ようやく気付いて声を発したのは、言わずと知れた彩花だった。
…確かに、その通りだ。梁の言うことが本当だとすれば、紫苑は現段階で既に存在していなければおかしい。
「梁…、ど、どういうことなの!?」
梁はここで、諦めたように天を仰いだ。何かに懺悔するように、一頻り目を細めた後、彼は両親に向き直り、戸惑いがちに告げた。
「…、紫苑は、この時代でいう、『試験管ベビー』だ」
「!」
稔も彩花も、驚きで声にならない。
「厳密に言えば、クローン技術と試験管ベビーの融合みたいなものだ」
梁がほんの一時、唇を噛み締めた。が、すぐに先を続ける。
「…父さんと母さんのDNAを応用して、受精卵を作り出し、それを試験管内で育てた…!」
「それが…紫苑…!?」
彩花が青ざめて訊ねる。梁は、今度は目を伏せて頷いた。
「ああ。俺と藍花の兄にして…貴方たちの子どもだ」
「あいつが嫌っていた事実とは、そのことか…」
稔が息をついた。やがてその瞳に、ほんの僅かではあるが、ひとつの感情が見え隠れする。
「だが、釈然としないことがある。紫苑の生い立ちについては分かったが…、その紫苑自身を誕生させたのは誰だ?」
「…それを…教えるために、そしてそいつに、両親と共に対抗するために…俺は未来から来た」
梁は、いつの間にか拳を固めていた。それが怒りに震えている。
「…紫苑を作り出すよう命じたのは、この現在世界でのCrownの長…、つまり紫苑の前皇帝の、
そしてその命令を受けて、紫苑を誕生させたのは、煌牙の右腕とまで謳われた、科学者の
梁のその、あまりにも忌々しげな話の内容に、稔も不快さを隠しきれなかった。
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