未来への歩み

「……」


ストレートに感情を見せる梁にも、稔は見据えることで、全く油断は見せなかった。


「…物的証拠は、何にもない。俺の言葉を信じて貰うしかない…

それでも、言葉以外で信じて貰えるとすれば…俺の名前くらいしかない」

「名前…だと?」


稔が眉を顰めた。


「俺の名前は、緋藤梁…

『梁』の字は、人名なら普通は『りょう』と読むだろう? でも、俺の名前は『はり』なんだ…。この名を付けたのは、似た字を持った、俺の“父親”…」


梁は、まっすぐに稔を見つめた。


「貴方の名前は、『じん』。だが、この『稔』という字は、人名であれば、大抵は『みのる』と読む。

それと似せて、貴方は俺の名を付けた…!」

「……」


稔は、梁の返答を、黙ったまま聞いていた。

…部屋に、沈黙が流れる。

徐に、稔が口を開いた。


「…お前の能力は何だ?」

「!え…、俺の力…?」

「そうだ。その、メモリーリストとかいうものに入っている力ではなく、お前自身の力を見せてみろ」

「!」


梁の心臓が高鳴った。


力を見せれば、果たして父親は…

稔は、自分を信じてくれるのだろうか?


…そんな、疑問符に近い期待を込めて、梁は頷いた。


「…分かった」


梁は、手にしていたメモリーリストを彩花に渡した。

…そうすることで、リストの力は借りられなくなる。

つまり、その状態で梁が力を使ってみせれば、それは彼自身の持つ『能力』であるということだ。


「…じゃあ、まずは…」


梁は、左手を天井へと向けた。するとそこから、稔の操る炎と、寸分違わぬ色と形の『炎』が現れる。


「…炎か。成る程…、俺を父親だというだけのことはあるな」


これは予測していたらしく、稔はさして驚きもしなかった。


「やっぱり、これでは驚かないか。なら、次…」


梁が炎を消しつつ、何気なく言うと、


「…!?」


稔が、彼には珍しくぎょっとした。


「まさかお前、他にも何か…力を持っているのか?」

「…、ああ。…今見せた『炎』の力は、父さんの…『緋藤』の血を継いでいるから使えるというだけに過ぎない。言ってみれば、この力は…父さんの模倣だ」

「…緋藤の血の意味を、知ってはいるようだな」

「よく知っている。…緋藤の一族は皆、炎を操れる。だが、俺は母さんの…紫藤の血も引いている。

だから、潜在的な『空間転移能力者』でもあるし、そのふたつの血統が生んだらしい、別の力も使える…!」

「別な力…?」


すっかり話に引き込まれている彩花が問う。それに、梁は相槌を打った。


「ああ。…雷を操る能力だ」

「…雷…」


稔が考え込む。そうしている間に、梁は、今度は右手に雷を作り出した。

まるで花火さながらの美しさのそれを、彩花は引き込まれそうになりながら見つめていた。

その『力』を、実際に目の当たりにした稔が、不意に、不敵に笑った。


「…雷を扱う超能力者とはな。風火水土の四大要素は見知っているが、未だかつて、雷の力を持つ者は見たことがない。

…面白い…!」


梁は雷を消し、視線を床に落とした。


「…父さんなら、そう言うと思っていた。この稀な能力を、俺の父親は…

貴方は、過去を守るために使えと…俺にそう言った」

「…そうか」


稔が低く呟き、その瞳に確信めいた光を浮かばせる。


「ならば、その組織は、お前のいる世界のものよりも、過去の方が手に負えない。

つまりお前は、こちらの世界の戦力の補強に当てられたということだな?」

「!…さすがだな。この段階でそれを見抜くとはね」


梁は心底、感心した。

…それは、まぎれもない真実。そして、それを見抜いたのは、自分の“父親”だ。

そう考えると、何だか誇らしく思えた。


「…“梁”、その組織の名は何という?」

「え? 『Crown《クラウン》』だけど…」


言いかけて、梁の言葉が止まった。

…思わず、自分の耳を疑う。


「!…、い、今、俺のことを…?」

「呼び捨てした事か?」


稔が、平然と返答する。


「あ、ああ…!」

「…名前でないと呼びにくいからな」


稔は立ち上がり、窓から外を眺めた。

いつの間にか、雪が積もり始めている。


「…父さん」


梁が、稔に呼びかけた。

今は同い年だ。

自分と同じ歳の、“父親”。

それは、この世界に来た梁にとって、強くて頼りがいのある、絶対的な存在だった。


「…父さん、俺…」


「…お前が本当に俺の息子なのかどうかは分からない」


稔は、窓から離れてソファーに戻った。が、今度は座ろうとせず、立ったままだ。


「俺に認めて欲しければ、これからの言動でそれを証明してみせろ」


稔は、梁を見据えて告げた。


「!…」


梁の方は、一瞬だけ驚いたが、やがて大きく頷いた。


「ああ、望むところだ。俺が息子で良かったと…絶対に貴方にそう思わせてやる」


梁の挑戦的な言葉に、稔は僅かに笑みを見せることで応えた。


「…、話は済んだ?」


さっきから、何故か…大人しくせざるを得なかったらしい(?)彩花が、やんわりと尋ねた。


「ああ」


梁に変わって、稔が答える。すると今度は、稔から梁だったはずの質問の矛先が、彩花から稔へと向いた。


「あの…」

「? …何だ」


稔は、彩花にその黒銀の瞳を向けた。


「稔…さん、あなた、どうして、あたしや梁を…」

「…多勢に無勢を見かねただけだ。奴等のやり口も気に入らなかった… それだけだ」

「“それだけ”?」


思わず彩花が反復する。


「他に何か、理由があるとでも言うのか?」


稔は素っ気なく言うと、口を挟もうとする梁の先手を打った。


「…梁、お前も、あの程度の輩に手こずるな。正体を隠す為に、力を見せたくないのは分かるが、奴等相手に遅れをとるようでは意味がない」

「!父さん…」

「彩花に何かあってからでは遅いんだろう?」

「!」


この問いに、梁がぐっと詰まった。…確かにその通りだ。


「…そこがお前の甘さだ。本当に母親を護りたいなら、何事にも躊躇するな。その一瞬が命取りにもなりかねない」

「…うん…」


梁は、神妙な顔で頷いた。すると、稔が窓の外へと鋭い目を向ける。


「その様子では、いらぬ来客にも気付いていないようだな」

「えっ…?」


つられて、梁が窓の方を見た。

いつの間にか、そこには一組の男女がいた。

何気なくその二人の顔を見た梁の表情は、そのまま凍りついた。


「!く、Crown…!」


梁の驚きようは、生半可なものではなかった。

身体の機能が全て止まってしまったかのように、全く動かず、しかしそれには酷く不似合いな、冷や汗だけが流れている。


「…奴等が…“Crown”。梁の言う、強い能力を持った組織か…!」


稔が、確認するように呟く。この時点で既に、彼は感情・肉体共に、戦闘態勢に入っていた。


目の前にいる男女…、男の方は20歳前後、女の方は自分と同年くらいだろうか。

…自分と、さほど歳が変わらない。

それ故に、この年齢が持つ危なさや脆さを、稔は、同年代の自分が起こし得る言動を前提として、既に捉えていた。


すると、それを目敏く見た、“Crown”の男の方が口を開いた。


「手向かいはよせ…緋藤稔」

「!」


稔の眉が、ほんの僅かながら動いた。

その様子を見た男が、口元に冷たい笑みを浮かべる。


「…“ジン”…、貴様、そこにいる“ハリ”の父親だな?」

「さあな…」


稔は全く物怖じもせず、かつ、うんざりしたように返答した。

この稔の態度に、男はいたく興味を示し、楽しげに笑うと、次に視線を彩花へと移した。


「!な、何…!?」

「…稔と一緒にいるところを見ると、お前が“彩花”か…!」

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