追跡者

「降参も何も、そんなことまで言われたら、完全にいらぬ誤解を招くわよ!」


火山よろしく大爆発して、彩花が怒る。

その様子を見ていた梁は、思わず笑ったが、次の瞬間には、その笑みを潜めていた。


「!来たな…」


何者かの気配を感じた梁は、部屋から見て南側にある窓の方を向いた。


するとそこには、いつの間にか、稔とは違う、ひとりの少年がいた。

窓の手摺りに座り込んで、窺うようにこちらを見ている。

稔の容姿は、銀髪黒眼だが、この少年は金髪蒼眼だ。



嵐藤らんどうきょう、やはりお前か…!」

「ん…?」


恭と呼ばれた少年は、訝しげに梁を見た。


「何故、俺の名を知っている?」

「お前で二人目だからさ」


さも当然のように答える梁に、恭は警戒心を露にした。


「二人目…だと?」

「──お前は知っているだろう? 緋藤稔を」

「!」


恭は明らかな動揺を見せた。


「奴がもう接触したのか…!? もしや、あおいこうまで…?」

「いや、あの二人はまだ来ていない。まあ、そのうち来るだろうがな」

「そうか…、なら、ゆっくりと話している暇はなさそうだな」


僅かに歯噛みして、恭は彩花の方を向いた。


「!あ…、あなた誰なの!? 梁…、梁は知ってるんでしょ!?」

「…おやおや、俺のことを何も知らないとはね」


茶化すように口元に笑みを浮かべ、恭が肩を竦める。


「そこにいる奴に聞いてみたらどうだ?

理由は分からないが、俺たちのことについて随分と詳しいようだからな」

「…梁、どういうこと!? あの稔って人といい、この人といい、何で…!」


彩花は興奮気味だ。

この状態で説明したところで、あまり飲み込んでは貰えなさそうだ…が。


「今までのことで、薄々は分かるだろう?

奴らは、彩花の力が目的なんだ」

「力…!? 力って何よ? あたしに、何か…そんな力があるの!?」

「……」

「ねえ、梁!」


「…空間転移能力だよ」


「!く、空間転移…!?」


驚く彩花を後目に、梁は頷いた。


「…そう。一般に、テレポートとかテレポーテーションとか呼ばれている、あの力だ」

「…そ…、そんなのが何で!?」


驚き続ける彩花の目を、まともに見ていられなくなって、梁が視線を逸らし、低く呟いた。


「…、俺がここに来られたのも、実は彩花の力を借りたからなんだ。今は恭がいるから、あまり詳しくは教えられないが…」

「…話は済んだか?」


恭が冷たく問いかけた。梁は、それに反応して目を向ける。


「そこまで内情に詳しいなら、俺が何しに来たのかも分かるだろう?」

「ああ」


「…待てよ恭。抜け駆けする気か?」


不意に第三者の声が響いた。


「!」


同時に、恭と梁のこめかみが、ぴくりと動いた。

いつの間にか、恭の左右に、二人の人間がいる。

その二人を見た梁は、内心、まずいことになったと、密かに臍を噛んだ。


「!海藤葵みどうあおい、それに…砂藤皇さどうこうか!」


梁の説明によれば、海藤の方は黒髪碧眼、砂藤の方は茶髪金眼だ。

その容姿を目にして、さすがに彩花が固まった。

その様子を見て、砂藤皇が声をかける。


「…ふーん…、能力だけなのかと思って、あまり期待はしてなかったが…

こうしてみると、なかなか…!」


「!なっ…!」


瞬時に彩花の怒りが、我慢メーターの半分ほど蓄積される。

それに追い打ちをかけるかのように、


「おい、皇。あんまり煽てるようなことは言うな。この手の類は、あまり調子に乗らせると…」


葵が皇をきつい口調で諭している間に、彩花が彼らに、つかつかと歩み寄る。

その後に起こり得ることが、どんなものであるか予測がつくだけに、梁は彼らに同情せずにはいられなかった。


…次には梁の予測通り、ひどく小気味のいい音をたてて、彩花の平手打ちが彼らにまとめてヒットした。


「!…ってぇ」


皇が、叩かれた所を手の甲で押さえる。

葵の方も、ひりひりする頬を押さえ、釈然としない様子だ。


「俺たちに避ける暇すら与えないとはね。しかもこの威力…!」

「あたしをいきなり怒らせる、あんたたちが悪い!」


彩花はキレ気味だ。

だが、梁だけは、先程食らったばかりなので、その威力がどれほどのものなのか、分かっているだけに、彼らを一概には責められなかった。


この場合、『どちらが悪いということもない』。


梁が呆れていると、恭が不機嫌そうに割って入った。


「お前らが余計なことを言うから…、見ろ、すっかり怒らせちまったじゃねぇか」

「…まあ、やりにくくなったのは確かだな」


皇が親指でこめかみを擦る。


「!っていうかねぇ!」


怒っている時の彩花は恐いもの知らずだ。


「やりにくいも何も、当事者のあたし自身が、事の内容を全く分かってないの!

なのに、そっちだけ分かってるからって、いきなりこっちに話を持って来られても、わけ分かんないのよ!」


機関銃さながらに捲くし立てて、肩で息をする。

その勢いに、始めは恭たちも怯んでいたが、じきに我を取り戻して、言った。


「…待てよ。話を聞いてないと言ったが、そこにいる奴からも何ひとつ聞いていないのか?」

「!っ…、その話してる真っ最中に、いきなり不法侵入して来たのは、どこのどいつなのよ!」


怒っている時の彩花は容赦がない。


「何だ…、そういうことなら、俺たちが教えてやるよ」


皇が絡むように笑う。

対して彩花は、ぴしゃりと撥ねつけた。


「結構よっ! 梁に教わるから、放っておいて!」

「…『梁』!? こいつか?」


三人が同時に梁の方を見る。


「…俺は見せ物じゃないんだが」


男三人にじろじろ見られて、さすがに梁が不機嫌そうに切り返す。


「話が途中だったな。…そういやお前、一体何者だ?」


先程の続きを求めるかのように、恭が上目遣いで尋ねる。


「さあ…な」

「そんな曖昧な返答で、俺たちが納得するとでも?」


葵が、極めて冷静に一瞥をくれる。


「思わないさ。だが、彩花にすらまだ話していないことを、お前ら相手に話すわけにはいかない」

「ほぉ~お…」


皇が感心したように声を洩らした。


「事情を知ってそうな割には、随分と強気だな? まだ力が使えない彩花を抱えて、3対1で勝てると思うか?」

「…、それはやってみなければ分からないさ」

「!よく言った…が、それは身の程知らずってもんだぜ!」


皇が左手を振りかざすと、そこに海砂の塊…、つまり『土』が現れた。

続いて葵も右手を引く。その右手に、瞬時に刃物の形を取った『水』が出現する。


身動きひとつせず、それを見ていた恭が、口元に何かを確信したような笑みを浮かべた。


「さあ…、どうする? まずは2対1だ。

梁とか言ったな…、お前の力がどれほどのものかは知らないが…

土と水、2つの属性を操るこの二人に、簡単に勝てるとは思うな!」


恭が二人をけしかける。その様子は、どこかこの状況を楽しんでいるようだ。


…そんな時。



「…貴様ら、随分と好き勝手をしているようだな…?」



「…!?」


いつの間にか、稔が恭の首筋に、炎で出来た刃を当てていた。


「稔っ!?」


ぎょっとして、皇が攻撃の手をそちらに向ける。

それにいち早く気付いた稔が、鋭く言い放つ。


「動くな! …少しでも余計な動きを見せれば、こいつが消し炭になると思え!」


それに呼応するかのように、炎の威力が増した。

そのあまりの熱さに、恭が歯を食いしばるようにして耐える。


「恭…、殺されたくなければ、今すぐに奴等を連れて消えろ」

「……」


恭は答えない。ただひたすら熱さに耐えている。


「…、いい度胸だ」

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