第18話 表
「私を一日中ギュッとして?」
玲奈はそうお願いしてきた。抱きしめるのは良いが一日中?つまり朝起きてから寝るまでだよな?
「……それをお願いしようとした理由を聞いても良いか?」
「うん。恥ずかしいけど、良いよ。」
正直意味が分からなかったので理由を聞かせてくれるのは助かった。
何でも抱きしめられると幸せらしい。最近、何回もしているせいで癖になってしまったとのこと。抱きしめる時間が終わったら寂しくなるのでなんなら一日中して貰いたいという。
「抱きしめるのってそんなに中毒性あったっけ?」
「ないと思うよ?」
何かの中毒症状を疑った俺は悪くないはず。完全にキメてる感じの説明だったし。抱きしめるのに中毒性がないなら一体なんでだ?
「えっと……葵にして貰うから……かな。」
「……は?」
俺にして貰うから幸せだと?いっている意味が分からないんだが。普通は好きな人とかにして貰うのが一番じゃないのか?
「言っている意味が分からないんだが。」
「別に分からなくても良いでしょ。葵はただお願いを聞いてれば良いの。」
確かにそうだ。俺はお願いを聞いて実行するだけで玲奈がそれをしたいと思った理由なんて聞く必要ないじゃないか。お願いを聞くときは執事みたいになりきれば良い。
「それもそうだな。それで?いつからするんだ。」
「今日の夜から。」
はい?今日の夜から?早すぎね?そう思ったが今の俺は執事だ。口出しするわけにはいかない。
「今なんでそんな急にって思ったでしょ?」
「まぁ、そうだな。」
正直思った。思わない方がおかしいと思う。いくらなんでも早すぎるだろ。
「だって明日からすると学校の日にすることになるんだよ?無理でしょ?」
そう言われて考えてみる。明日の夜から始まって次の日は月曜日……学校だ。となると教室とかでもやらなきゃいけなくなる。うん、無理だな。
「無理だ。さすがに学校ではやりたくないな。」
「でしょ?なら今日しかないよね。ほら、早く家に帰ろ?」
玲奈は早くしたいとばかりに帰宅を促す。さっきまで泣いてたのにもう元気だ。うん、いつもの玲奈に戻ってくれて良かった。
「はいはい分かりましたよお嬢様。」
俺は急かす玲奈に引っ張られるようにして歩いた。
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しばらくして家に戻ってきたんだが着替えが無いとの事で玲奈は着替えを家から選んでいる最中だ。
その間俺は母さんと2人きりになるというわけで、
「葵、デートに行く前の話覚えてるわよね?」
「……ああ。だけど玲奈が風呂に入っている間で良いか?出来るなら一気に話したい。」
今は玲奈が来たら中断になると思うので玲奈が風呂に入っている時はどうかと進言してみた。
「別に玲奈ちゃんも一緒に聞いても良いんだけどね。まぁ良いわ。玲奈ちゃんがお風呂の時にじっっくり聞いてあげる。」
「分かったよ。」
ほぼ死刑宣告が来た。じっくりの部分を溜めてくるとか深掘りする気満々じゃないか。母さんに話す部分を上手く調整しなきゃな。
「葵ー、着替え持ってきたよー。」
「来たわね。じゃあ少し早いけどご飯にしましょうか。」
そう言われて気づいたが既に6時を過ぎていた。家に着いたのが五時くらいだから玲奈はパジャマを選ぶだけに1時間も使ったのか。凄いな。
「あれ?もうご飯?」
「そうらしい。沢山食べてくれ、俺が作ったんじゃないけどな。」
玲奈は持ってきたものをソファーに起き椅子に座る。程なくして母さんが料理を持ってくる。全て持ってきた後俺達は夕御飯を食べ始めた。
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ご飯を食べた後俺は先に風呂に入った。母さんと話すとなると長くなるからな。遅くにはいるのもあれだし先に入らせて貰った。今は玲奈が入っている。
「さて、じゃあ聞きましょうか。」
「あまり言いたくはねぇな。」
しかし、軍資金という賄賂を貰ったのは事実なので言うしかない。それがなきゃ玲奈に買った服は全部買えなかったしな。
「ふふっ、強制だから無駄よ。」
「はいはい分かってますよ。」
そう言って俺は話し始めた。
まずは玲奈が告白されたこと。その事に俺が嫉妬したこと。玲奈に好きな人がいることが分かったこと。それを聞いて胸が苦しくなり玲奈を好きなことに気づいたこと。
とりあえず話せる分は話した。後は思い付かない。
話を聞いた母さんはしばらく黙っていた。いや、考えているといった方が正しいのかもしれない。
「とりあえず、自分の気持ちに気づいたのね。」
「ああ。母さんがいった通り後悔したよ。もう少し早く気づいていたらってな。」
最も、気づいていても玲奈には既にいたと思うので遅かれ早かれ無駄だった気がするが。
「ふーん……じゃあ次ね。玲奈ちゃんの好きな人の名前とかって聞いたのかしら?」
「いや、聞いてないが。それがどうしたんだ?」
今度は全く意味が分からないことを聞いてきた。それを聞いても何にもならないだろうに。
「まったく鈍いわねぇ。名前を出してないなら葵、あなたの事が好きだっていう可能性もあるのよ?その事を考えなかったのかしら?」
「いやいや、それはないよ。玲奈の好きな人は俺とまったく違う感じだし。」
「へぇ?」
俺は母さんに玲奈の好きな人の事について話した。いつも優しくて玲奈優先だということ。一緒にいると心地良い等々。
「ほら、俺とまったく違うだろ?」
「……はぁ。本当にこの子は……」
母さんはため息を吐いた。俺がどうしたんだろうか。何も間違ったことはいっていないよな。
「まぁ良いわ。それで?貴方は玲奈ちゃんのことを諦めるの?」
「諦めるも何も俺に勝算なんて無いだろ。」
玲奈はそいつに夢中らしいからな。あんなに熱心に語るほどだ。俺が間に入る隙もないだろう。
「なら、玲奈ちゃんが他の男と付き合っても良いのね?将来別の人と結婚しても良いと?」
「それはっ……」
良くない。全くもって良くない。できれば俺が玲奈を幸せにしたい。付き合って、将来的にも結婚したい。だけど……
「……玲奈がそれで幸せになるなら良いんじゃないか?」
「……ばかね。」
俺がそう言ったら母さんは罵倒してきた。その顔は怒っているようにも見える。
「なんだと?」
「もう一度言うわ。貴方はばかよ。」
俺が馬鹿だと?そんなはずはないだろ。俺じゃない人で玲奈が幸せになれるなら付き合う相手だって俺じゃなくても良い。結婚する相手もだ。
「葵はまだ何も行動に移してないじゃない。玲奈ちゃんを好きだって気づいてから行動したことがあった?無いわよね?全て受け身だった。違うかしら?」
母さんの言う通りだった。玲奈が好きなことを自覚しても俺は一切自分から行動せず受け身だった。
「まだ何もしていないのに諦める?甘ったれてるわね。」
「何も間違ってないだろ。好きな人がいるなら諦めるのが普通だろ。」
「そんなわけないでしょ。」
母さんが俺のいったことを否定する。意味が分からない。
「玲奈ちゃんはまだ誰とも付き合ってないじゃない。好きな人がいるって言っただけでしょ?なら、その好きな人を自分にすれば良いじゃない。」
「……」
母さんは俺が思いもしないことを口にした。玲奈の好きな人を俺にする……か。
「良い?葵、諦めるのは行動に移してからにしなさい。行動に移さないで諦めるならお母さん怒るから。」
「……分かったよ。やれるだけやってみるよ。」
母さんの後押しもあって俺は玲奈に好かれるために行動することになった。しかし、嫌々するという感覚はない。玲奈の好きな人には申し訳ないと思うが。
本当は玲奈と付き合って、結婚したい。それを勝手に諦めていたのは俺だった。好きな人は俺じゃないと決めつけていた。
だが、玲奈は好きな人がいると言っただけで名前は言っていないのだ。それなら俺を好きになってくれる可能性だってまだあるんじゃないのか?
母さんから色々言われたお陰で視野が広くなったように感じた。そうだ、玲奈にアプローチをして失敗したら諦めれば良い。母さんの言う通りだ。何もしないよりかはましだ。
「母さん、ありがとな。」
「ふふっ、その様子だとやる気が出たみたいね。応援してるわ。」
(本当は応援しなくてもあっという間に成功するんだけど。葵も玲奈ちゃんも鈍いから……あら?)
こうしてはいられない。今日から明日はとても重要な日になる。玲奈と一日中いれるのだから。
「じゃあ俺部屋に戻るから。」
「ええ、頑張りなさい。」
(ふふっ、少しだけドアが開いているわね。なんだか誰かが盗み聞きしていたように見えるわ。)
母さんから応援?を受けて俺は部屋に戻った。目標は少しでも玲奈に好きになって貰うことだ。
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