第4話 裏


『玲奈。今大丈夫か?』


 放課後、私はいつも通り葵と帰ろうとした。だけど葵は私が知らない女性と2人でいて、私に話があるらしい。


『うん。あるけど……どうしたの?』


 もしかしたらその人と遊びに行くんだろうか。別に私に許可を取る必要なんてないのに。


『ああ。俺、この人と付き合うことにしたんだ。』


 けれど、葵が放った言葉は私が考えていたこととは違った。


 え?うそっ。葵が付き合う?その女性と?


『……っえ?』


 なんだろう。とても胸の辺りが変だ。なんで?今は葵が付き合うことを祝福するところじゃないの?なのになんで私はこんなに……


 の?


『ま、待って!葵!』


 勝手に口が動いて葵を引き留める。自分が何をしているのかが分からない。どうしてという感情が溢れでてくる。


 なんで?葵の隣にいる人が私じゃないの?葵は私を選ばなかったの?そんな疑問ばかり沸いてくる。


『なんだ?』


 葵は私の言葉を聞こうと待ってくれた。けれど私は何も言えない。言おうとする言葉が浮かんでこないのだ。


『何もないなら俺は行くから。じゃあな。』


 やがてしびれを切らしたのだろう。葵は女の人と一緒に何処かへ行く。きっとこれからデートなのだろう。その事実がまた私の胸を苦しくする。


『葵。そう。そ、う。』


 何故だか涙もでてきた。自分の感情が制御できない。葵はまだ余り離れていない。今ならまだ追い付ける。それなのに私は何もできずにただ立ち尽くしていた。




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「はっ!」


 早朝、私は嫌な夢を見て目が覚めた。夢だと分かっているのにとても胸が苦しい。涙も止まらない。


「嫌だ。いやだ。い、やだ。」


 夢の内容が鮮明に脳にこびりついている。葵が知らない誰かに盗られる夢。今は朝で盗られることはないというのに嫌な想像が止まらない。


 葵はもう別のだれかを好きで私のことなんてどうでも良いんじゃないか。葵にはもう付き合っている人がいるのではないか。


「そう、はなれないで……いやだ、そばからいなくならないで……まって、いかないで……」


 気付けば私は動かされるように葵のもとへ向かっていた。


 階段を降り、雑にサンダルを履き、外へ出る。


「ちょっと、玲奈!どこへ行くの!」


 お母さんの声が聞こえるが今の私にはそれに応える余裕を持ち合わせていない。私は葵の家に行きインターホンを押す。


 ピンポーン


「はーい。玲奈ちゃんちょっと待ってね~。」


 少し間延びしたおばさんの声、いつもなら和むんだけど今は早くして欲しいとしか思わない。早く葵に会いたい。待っている時間が長く感じる。


「はい、今開けるわね。」


 やっと開けてくれるらしい。早く。もう持ちきれそうにない。


 ガチャ


「おはよう。あら?どうしたの?」


 おばさんは私が泣いているのを見て疑問に思ったのだろう。だけど今の私はそれに返事をする余裕もなくて、それすらもどうでもよくて。


 おばさんに挨拶もせずに家に入り乱雑にサンダルを脱ぎ捨て階段を上り、葵の部屋のドアを開ける。


 ドタドタドタッ!


 ガチャ!


 ドアを開けて葵を見つけた瞬間葵に向かって飛び付く。


 ぎゅむ!


 強くしがみつき私の側に葵がいることを実感する。やっと、やっと葵に会えた。葵に会えた瞬間私の心は少しずつ満たされていった。


「お、おい。玲奈?どうし……」


 葵の心配してくれる声。それを聞いて更に涙がでてきた。


「う゛う゛。そう、わだじがら離れないでぇ。う゛あ゛~ん。」


 私の心の脆い部分が壊れて何も分かっていない葵に不安をぶつけてしまった。


「あー、玲奈?俺は離れないぞ?」


 何も分かっていないのに今の私が1番欲しかった言葉をくれる葵。もう1度聞きたい。


「ほんと?わだしのそばからいなくならない?」


「ああ、玲奈が離れるまではずっと側にいてやる。だから泣くなよ。」


「う゛ん。う゛ん。あ゛りがとぉぉ。」


 葵が私の側から離れないことを聞いて私の涙は止まらなくなった。それからしばらくの間葵にしがみついてきた泣いた。


 私が泣いている間、葵が頭を撫でてくれた。その手がとても温かかった。




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「そう、ありがとう。ごめんね?」


 ひとしきり泣いてスッキリした後に襲ってきたのは凄まじい羞恥だった。私、葵に抱きついて泣いちゃった。多分私の顔はとても赤いはず。


「別に気にしないから大丈夫だ。玲奈は落ち着いてきたか?」


 こんなに朝早くから迷惑かけて、泣いたせいでワイシャツもびしょびしょなのに気にしないって言ってくれる。社交辞令的なものでも嬉しくなってしまう。


「うん。もう大丈夫かな。それよりも今は恥ずかしい…かも。」


 赤くなった顔を見られたくないのでいまだに抱きついている葵の胸で顔を隠す。


「それより、何かあったのか?」


 もう大丈夫だと思ったのか事の発端を聞いてきた。やっぱり気になるよね。でも、私の答えは決まっている。


「ううん。。」


 夢の世界では何かあったけど実際には何もなかった。私が夢の出来事で勝手に取り乱しただけ。


「何もなかったけど怖い夢を見たの。」


「夢?」


 何もなかっただけでは疑問に思うのではっきりと怖い夢を見たと告げる。


「どんな夢を見たんだ?」


 やっぱり気になるのだろう。でも、聞いても葵は不思議に思うはず。何故?と。だけど、答えないわけにはいかないので正直に夢の内容を話す。


「え?」


 葵は訳の分からないといった反応をする。そりゃそうだろう。私も葵だったらそんな反応をする。


「全然怖くないじゃん。むしろ俺が玲奈から離れていったスッキリするんじゃないのか?」


 うん。一見怖くないと思う。でも、私から葵が離れていったらスッキリするどころか寂しかったり悲しくなると思う。


「そうなの。私もなんで怖いと思ったのか分からないの。でも、葵が私から離れていってからだの一部がなくなったような気がして。それに他の女の人と仲良くしているのを見たら。私、わだし……」


 思い出したらまた涙が浮かんできた。葵はそんな私をまた抱きしめてくれた。頭も撫でてくれる。全身から葵の温もりが伝わってきて安心する。しばらくすると涙もおさまった。


「玲奈。学校、行けそうか?」


 葵がそんなことを聞いてくる。正直、行く行けないじゃなく、葵と離れるのが怖い。それを葵に伝える。


「そうか。じゃあ今日はずっと近くにいるか。勿論、学校でもな。」


「え?」


 正直に伝えると、葵が訳の分からないことを言ってくる。学校でも離れない?どういうこと?私の頭の中で疑問ばかりが増えていく。


 だけど、この後ほとんど私の顔が赤くなりっぱなしになることを私はまだ知らない。そして夢で感じた感情を知ることになるかもしれないこともまだ知らない。

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