第6話 翌日
「ごめん。それは出来ない」
僕達の間で運命が邪魔している。
「・・・・なんで? 由芽のことが嫌いなの?」
そう尋ねる香乃の口調は悲しみに満ちていた。
「嫌いではないよ。ただ、僕が由芽を不幸の連鎖に巻き込むのが嫌なんだ」
不幸になるのは僕だけで良い。何より、僕の想い人である由芽が不幸になる姿を僕は見たくない。そう、まさに今だ。ベッドの上では腕にギプスを巻いた香乃がいる。僕はそんな姿を見たくないんだ。
「由芽は、佐と一緒にいられないことが不幸なんだよ」
香乃は顔を赤らめながら言う。やめてくれ。僕はその顔を見ると弱くなるんだ。
「つまり、佐は由芽をいずれにしろ不幸にするんだよ?」
想像外の重さが詰まった言葉を僕へと香乃は刺す。
「それだったら由芽が喜ぶ方にしてよ!!!!」
声が病室に響き渡る。窓の外からの虫の鳴き声がする。
甘美な誘いに乗りそうな心が出来上がる。
そうか。そうだよな。僕も幸せになる権利があるはずだ。
「・・・・ッ」
だが、言葉が出てこない。僕はこの不幸の重さを理解している。それを香乃にも背負わせる覚悟が出来ていないんだ。
結論が出ない思考を繰り返していると、香乃が口を開いた。
「まぁ、いいよ! そんなすぐに考えられないよね!」
「とにかく。由芽は佐が好き。これだけは覚えておいて!」
顔を真っ赤にしながら最高の言葉のナイフを僕に放つ。
その表情を見て、僕は冷静にこう返すしかなかった。
「・・・・分かったよ。考えとくね」
そう言って、病室から逃げるように立ち去る。
動機が収まらない。僕は、僕はどうすれば良いんだ!!!!!
「言っちゃったぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」
少年が立ち去ると、少女は顔を毛布に埋めだす。
思い切って言っちゃった。あー!!!!! どうしよう!!!!
少女は必死に別のことを考えようとする。
そうだ! 佐は変なことを言っていた。うん、未来が見えるってこと。
普通の人は信じないだろうけど、由芽は信じることが出来る。だって、ついさっきの事故が何よりの証拠。あれは、佐が事前に知っていたとしか考えられない。あと、佐の目は噓をついていなかった。これが何よりの証拠だよね。
「いたた・・・」
痛み止めが切れてきたのかな。全身打撲に右腕の骨折。結構、満身創痍だね。
それでも、それでも由芽は佐と一緒に居たい。
そういえば、佐が由芽!って言ってたな。名前で呼んでくれるなんて久しぶりだね。
記憶を辿って佐が自分の名前を呼ぶところを何度も脳内再生する。
「・・・・幸せ」
顔を赤らめて布団に潜り込む。
そして、満身創痍な患者は夜を悶え過ごした。
次の日の学校には香乃がいなかった。今日まで入院すると言っていたから当たり前か。
ふと、香乃の机に目をやる。その空席にいるはずの少女を思い浮かべると、様々な感情が僕を駆け巡る。
「(全く。授業に集中出来ないじゃないか)」
居ない彼女に向かって文句を言う。
理解しないままに時は過ぎてゆく。ついさっきまで一時間目だったのに、もう昼休みだ。
「神崎ー? 由芽が事故に巻き込まれたって本当?」
購買へと向かおうとした矢先、足立が声を掛けてくる。
「うん。そうだよ」
どうやら噂が流れていたそうだ。僕の知らないところで学校社会は回っている。
「え、マジだったんだ。由芽は大丈夫そう!?」
「明日から来れると思うよ」
それだけ言って購買へと歩く。
今日は遅刻気味だったから朝食を食べて来れなかった。昼のパンを増やそう。
昼食を考えていたら、後ろから声を掛けられた。
「君。いいかな」
振り向くと、彼が居た。そう、昨日香乃と一緒に帰っているはずの先輩だ。
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