第5話 運命が邪魔をする
震える体を鞭打ち、由芽の方へと向かう。
「由芽・・・・由芽ッ!!!!」
トラックに弾かれ、由芽の体は横断歩道へと飛ばされていた。
「おい、由芽・・・・・!!!!」
何も言葉が出てこない。微動だにしない由芽の体を揺さぶる。目立った外傷はない。だが、頭部を強く打ったのかもしれない。骨が折れているのかもしれない。様々な可能性が頭の中を駆け巡る。
「・・・・大丈夫だよ」
目は閉じたままだが、由芽がゆっくりと話す。
「佐は・・・・無事?」
「・・・・」
返事が口から絞り出せない。出てくるのは涙だけだ。
「よかったぁ・・・・」
そう言って目を開ける由芽は安心したような表情をする。
何でだ。これは僕が彼女を巻き込んだ事故だ。それなのに、由芽は僕の身を心配してくれる。何で・・・・何で、そんな目線を僕に向けるんだ。僕が全て悪いのに・・・・!
遠くからサイレンの音が聞こえる。周りの人が呼んでくれたのだろう。
由芽は再び目を閉じる。
由芽は僕の手を繋ぐが、僕には繋がれる権利などない。
僕が全て悪いのに。
僕のせいだ。
既に暗くなった外を病院の待合室から見つめる。罪悪感は飽和し、自己嫌悪の塊が僕を支配する。
あれから香乃は救急車で運ばれ、町の総合病院へと運ばれた。
状態は奇跡的にも大事に至らなかったと香乃の母親から聞いた。念の為、入院することとなった香乃は今、家族と面会している。
香乃の母親から感謝された。
だが、僕が謝る方なのだ。
僕が罪を背負うべき存在なのだ。
「あなたの娘さんを事故に巻き込みました」
と言い、額を床に擦り付けなければならない存在なのだ。
そこにいるだけで罪悪感で押しつぶされそうになるから僕は逃げた。一旦、病院の外へ行くと言い、彼女の母親と別れた。
「神崎さーん」
受付から名前を呼ばれる。かすれた声で返事をすると、看護師さんがやってきた。
「それではついてきてください」
そう言って、僕を香乃の病室へと先導する。
階段を上る度、何かで胸が締め付けられる。
僕はいまから香乃に謝らなければならない。彼女を不幸に巻き込んだこと。彼女を救えなかったこと。僕に全ての責任がある。だが、信じてくれないだろう。運命、未来を知ることが出来るなんて誰でも信じることは出来ない。だが、そうだとしても僕は謝らなくてはならない。
「はい。香乃さんの病室はこちらです」
そう言い残して、看護師さんはその場を後にする。
ドアを開ける。
窓が開いており、初夏の夜風が病室を駆け抜ける。
月の光がベッドに座っている彼女を照らす。
「・・・・香乃」
「まだ居てくれたんだ! 佐!」
僕とは正反対のテンションで返事を返す香乃。
ベッドの脇にある椅子に座る。
「ごめん。巻き込んでしまった」
そう言って頭を下げる。今の僕に出来ることはそれくらいだ。
「何で頭を下げるの!?」
驚く香乃。それもそうか。何も言わずにこれだと理解できない行動に見えるだろうな。
躊躇いが脳内に訪れるが、排除する。信じる、信じないは別だが、彼女には知る権利がある。
「・・・・香乃が事故に巻き込まれるって僕は知ってた」
香乃は首を傾げる。
「それなのに助けることが出来なかった。ごめん」
再び頭を下げ、床を向く。
もう、香乃とは一切関わらない。だから神様。今だけは香乃と喋らせてください。
「あ、だから昨日は変な電話だったんだね!」
なるほどっ、と香乃は呟く。
「佐はすごいね。予知出来て。もしかして・・・・超能力者?」
思わず、目を上げる。すると、心底真面目に語っている香乃と目線が合う。
「・・・・まぁ、そんなものだ」
「えー!!! 早く言ってくれればいいのに!」
本気で香乃が驚く。そして、それを信じる香乃に僕は驚く。
「・・・・信じてくれるのか?」
「え? だって超能力者なんでしょ?」
答えに窮する。
「だから由芽に謝ってるんでしょ?」
「・・・・そうだ」
「そうか。そうなんだねー!!! でもいいなぁ。未来を知ることが出来て」
「それは良くない」
脊髄反射で否定する。僕は未来を知ること能力を一度でも喜んだことがない。
「代償として不幸が起きる。・・・・香乃を巻き込んだように」
「なるほど。それは嫌だなぁ」
そうだろ。だから、もう僕とは関わらないでくれ。
「だから僕は香乃を避けてきたんだ。ごめん」
「そして、これからは関わらないでくれ。僕は香乃を巻き込みたくない」
そう言うと香乃は沈黙する。その姿を見て、僕は椅子を立つ。もう、香乃とは関わらない。
「ねぇ、佐」
後ろから声を掛けられる。
「何?」
「佐は由芽に借りがあるよね?」
振り向くと由芽は僕に向かって笑いを浮かべていた。
「まぁ・・・・」
借り以上のものなのだが、彼女はそう言った。
「だから、一つだけ言うことを聞いてくれない?」
「由芽と付き合って」
その言葉に僕は笑ってしまった。
僕は由芽が好きだ。好きで堪らなかった。だけど、この体質を得てから諦めた。先輩と二人でいる時に感じた痛みは恋からだと実は知っていた。そして、香乃が僕のことを好きなことも心の奥底では知っていた。だけど、知らないふりをした。そうしないと、僕がより惨めになるから。
だけど、香乃からその言葉を告げられた瞬間。知らないふりは出来なくなった。
それでも、僕は香乃と付き合えない。
僕は香乃が好きで、香乃も僕のことを好きなのにも関わらずである。
運命が邪魔をする。
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