第3話 先輩

人との関わりを避け始めてから、学校は退屈だ。ただ座り、授業を受けるだけ。


だが、楽ではある。会話を合わせる労力は必要ないし、愛想笑いを作る必要もない。もともと1人でいることが好き、という訳ではないが、こんな生活も悪くないと思っている。


気付いたら昼休憩。購買へと足を向ける。


「・・・神崎って変わったよねー」


「それっ! なんか人を寄せ付けない感じ?」


「そうそう。昔はよく話していたのにねー」


教室を出ようとすると、後ろで固まっている女子グループから僕の名前が小声ながら飛び出していた。


「(確かに傍から見ると、この変化は不気味だよな)」


彼女達は小学生の時、同じクラスだった人達だ。中学は違ったものの、高校で再会した形となる。


小学生の頃の僕は、毎年学級委員を務めるようなクラスの中心的人物。そんな人がこんな姿、対極に位置するような姿になっていたら驚くだろう。春からしばらく経過し、初夏の香りが漂う頃になってもまだ驚きは持続しているらしい。


ふと、教室を出る前に目線を香乃の方へと飛ばしてみる。彼女は仲の良い女子と一緒に弁当を広げていたが、なぜか目線が僕と交差した。気まずいので、一瞬で目線を外す。どうやら、お互いに昨日の電話で思うところがあるのだろう。


香乃の機嫌が悪くなった理由には心当たりがある。「いっつも声掛けているのに、都合の良い時だけまともな対応するんだね!」なんて思ってるんだろう。最近は僕から避けているとはいえ、生まれてからずっと一緒なんだ。手に取るように香乃の心情なんて理解できる。


購買で菓子パンを眺める。


だけど、僕も香乃に言いたい。香乃はお節介過ぎる。どうせ、僕に毎日話し掛けている行動源は「可哀想」だとか、「幼馴染だから」なのだろう。


そうだ。今回の未来も、間接的に香乃が引き起こしたものではないだろうか。僕なんかに構っていなかったら、香乃は不幸な事故なんかに巻き込まれない。


「(自業自得・・・・って僕の人が悪いだけか)」


菓子パンを二つとペットボトルに入ったミルクコーヒーを買う。


教室に帰り、1人で食べ始める。体の中から出てきそうな焦りを抑え込むように、菓子パンを口に含み、コーヒーで流し込む。


大丈夫だ。しっかりと立ち回れば最悪の事態は避けられるはずだ。


何度もそう頭で繰り返していると、教室の入り口で見知らぬ人が立っていることに気付く。ネクタイの色が青であり、あれは間違いなく二年生だ。


目が合うと、こっちに来てと手を使いジェスチャーをされる。


教室を見渡すが、どうやらそのジェスチャーに該当するのは僕だけらしい。


先輩との関係はほとんどない。一応、文芸部に籍は置いているが行ったことがない。もしかしたら、文芸部の催促なのかもしれないな。


二年生が何の用か分からないが、腰を上げて何事かと聞きに行く。


「このクラスに香乃さんっていない?」


そう尋ねられた僕は一瞬で理解する。これが、噂の先輩なのだろう。


「はい。呼びましょうか?」


香乃は入り口から反対にいるし、友達と仲良く話しているから声を掛けにくかったのだろう。


「うん。お願いできるかな」


「わかりました」


香乃の傍まで歩き、香乃を呼ぶ。


「先輩。来てるぞ」


「ん? 佐?」


香乃が友達との会話を中断して、僕の方を向く。


「ほら」


そう言って入り口の方を指す。


「・・・・あ、分かった」


そう言って香乃は小走りで入り口へと向かう。


「あっらぁ~。やっぱり由芽はモテるねぇ、佐」


香乃の友達。僕とは中学が同じ女子。足立愛が僕に声を掛ける。


「そうだね」


そう言い残して、足早にその場を去る。


足立はまだ顔見知りだから良いけど、他の二人とは一切面識がない。さっきから刺さる視線が痛くて、早く退場したかった。


僕は席に帰り、菓子パンを再び貪る。


入り口で話している二人を直視出来ない。


これは、放課後につけるという罪な行為のせいに違いない。そう、決してそれ以外の感情で心が痛むのではない。

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