第2話 決心

「先客? うん、部活の先輩から声を掛けられていて・・・・」


 香乃はサッカー部のマネージャーを務めている。


「その予定は変えられないのか?」


 予想外の展開に戸惑いながらも、冷静に問う。


「・・・・変えられない」


 不機嫌な声が聞こえる。声色が少し変わっただけだが、長い付き合いの僕には分かった。


「頼む。明日だけで良い」


 だが、香乃の気分を害したとしても僕の行動は変わらない。彼女を守る為に必要なことなのだ。ここで引き下がってしまうと、彼女を救うことは出来ない。


 焦りが背中を駆けずり回る。


「とにかく、明日は僕と一緒に・・・・」


「嫌だ!!」


 そう言い残し香乃の声は途切れ、無機質な機械音が耳に鳴り響く。


「・・・・ったく世話かけるなよ!」


 苛立ち、相手のいない電話に向かって声を投げる。


 これでは、また失敗するだけだ。息を整えソファーへ乱雑に座る。


 落ち着け。タイムリミットにはまだ時間がある。可能性は低いとはいえ、僕は彼女を守りたい。いや、守り抜く。もう、これ以上に僕は人生の後悔を増やしたくない。これ以上、自己嫌悪の沼に浸かりたくない。失敗は過去のものだ。


 だが、本能が感じている。これ以上、僕は悲しみに耐えられない。罪悪感を背負いきれない。だから、焦る。苛立つ。


 明日、どんな手段をとってでも僕は彼女を守らなければならない。





「はぁー。だから佐はダメなんだよ?」


 ベッドで仰向けになりながら香乃由芽は呟く。


 興味のない先輩からの声掛けなんて無視しても良かったけど、佐の身勝手さから衝動的に断ってしまった。


「でも、効果あったってことだよね!?」


 思わず顔がニヤけてしまう。中学生になってから、なぜか無視同然の扱い。だけど、ついに、ついに佐からの誘いが来たよ! やったね、由芽! 


 押してダメなら引いてみろ。


 この古典的恋愛心理戦術を信じて、中学生の頃と比べたら随分抑えている。部活は佐とまったく関係ないところに入部し、佐に話掛ける回数は一日に一回まで。


「しばらくは塩対応しよっかなぁ~!」


 口元が自然と緩んでくる。うん、ようやく実りそうだよ。由芽の恋。


「・・・・長い闘いでした!」


 シュッシュッと天井へ向けてパンチを繰り出す。


 尚、彼女の想い人はそんな心理戦が行われているとは全く気付いていない。



 眠れない夜だった。


 朝食の用意を始める。


 あの未来は確実に夕方ではあったが、今日の夕方とは決まっていない。僕が知りうる未来の情報に日付は含まれていない。分かることは近い未来、ということだけだ。ただ、確率的には次の日が多く、今回も僕は今日起きると思っている。


 コーヒーでのどを潤し、冷たいトーストを食す。


 とにかく、今日の僕がするべき事は香乃を救うことだ。


 先輩とやらと一緒に帰るのは仕方ない。予定を変えることを嫌がる、ということは少なからず香乃は好意をその先輩に抱いているのだろう。僕はその邪魔をするつもりなど一切ない。香乃には幸せになって欲しいと心から願っている。これは偽りのない本心だ。


 そう考えると、僕がとる行動は香乃を後ろからつけることになる。傍からみるとただのストーカーだが、仕方ない。これは香乃を守るために必要なことなのだ。


 決心を固め、家の扉を開ける。そして、学校へ向かう。

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