運命を知っても、なお彼女は僕に恋をする。

冬峰裕喜

第一章

第1話 運命を知る

 僕には未来が分かる。ふとした瞬間に脳内に流れ込むイメージは想像ではなく、幻想でもない。事実になる予定のもの、未来なのである。そして、その未来は限りなく変更不可だ。そう、人はそれをこう呼ぶのではないだろうか。

 

「運命」

 

 僕には人の運命が分かる。行く末が分かる。だからなのだろう。人より厄介事に巻き込まれる。端的に述べると不幸なのだ。

 

 未来を知る能力を願った覚えなどない。だが、仕方ないのだろう。能力は対価を要求する。皮肉にも世の秩序は本人の意志関係なく保たれているのである。

 

「・・・・と、いうことだ。ここ、テストに出るからノートに書いとけよ」

 

数学の授業が終わりに近づく。神崎佑は窓の外に向けていた視線を黒板へと移す。

 

テストに出ると言われた箇所をノートに書き記す最中に脳内へとイメージが広がる。

 

・・またか。

 

授業終わりに幼馴染みから話しかけられるそうだ。彼女、香乃由芽に申し訳ないと思いながら、数分後の行動を決定する。今日も適当にあしらうか。

 

 別に僕は香乃が嫌いな訳ではない。むしろ、そこらにいる人達よりも大切な存在だと思っている。だからこそ。だからこそなのだ。僕は彼女に近づいてはならない。彼女が僕の傍にいると、僕に降りかかる不幸は彼女にも作用するだろう。それだけは避けなければならない。もう二度とあのような思いをしないように・・・・。

 

 授業終わりのチャイムが教室へ鳴り響く。放課後の解放感からか、教室がざわつきだす。

 

 「佑! 放課後、暇?」

  

 小柄な少女が鞄を振り回しながら僕の机へとやってくる。

 

 「うーん。忙しいから、ごめん」

 

 そう言い残して、足早に教室を去る。気落ちした溜息を背中から感じるが、無視をする。

 

 学校から徒歩五分圏内の自宅へと向かう。目の前にあるマンションの一室が僕の家だ。

 

 「ただいま」

 

 誰もいないが、声を吐く。

 

 予定などない。ソファーに身を沈めながら今日の夕食を考える。

 

 「・・・・コンビニでいっか。洗濯は明日にしよ」

 

 最低限の行動を決め、目を瞑る。

 

 

 夢を見た。家にまだ僕の家族が居た頃の時だ。皆で笑い、一緒に過ごしている。和やかな風景だ。夢だと分かりながらもここに居続けたいと願う。


 だが、そんな風景は一瞬にして壊れた。僕が未来を見たからだ。夢の中の僕が、未来を見ると、世界は傾き出した。家族は目の前からフェードアウトしていった。


 僕が悪い。そう思い、必死に謝るが何も変化は起きない。思わず、走り出す。手を伸ばす。

 

 ・・・・捉えたのは夕刻とは言えない暗さに染まった部屋の空気だった。

 

 ソファーから身を起こし、寝汗をかいた制服から普段着へと着替える。

 

 嫌な夢だ。ここ数年で一番見た夢のタイプ。家の鍵を掛け、コンビニに向かいながら溜息をつく。


 「(・・・そろそろ慣れてくれよ)」


 運命を知る能力を自覚して早4年。一つだった家族がバラバラになってから3年。月日は経過しているが、全く慣れが身体に染み付かない。どうせ、これから長い付き合いになるのだ。生きていくのなら、慣れるしかない。


 コンビニで手頃な弁当を買い、再び家へと戻る。ここ最近は自炊もしなくなり、ずっとこんな感じだ。1度、コンビニ飯の美味しさと手軽さを知ってしまったら止められない。苦労して料理を作ることが馬鹿らしく思えてしまう。

 

 家のドアノブに手を置いた瞬間、、本日2度目の未来予知が働き出した。唐突に焦点が合わなくなり、脳内へと何やら光景が浮かぶ。

 

 「香乃・・・・?」

 

 香乃が高校の校門から少し離れた場所で轢かれるのを僕は歩道から眺めていた。香乃が映っていたのはほんの一瞬。だが、見間違うはずがない。あれは、僕の幼馴染みの香乃由芽だ。

 

 「ちょっと待て。落ち着くんだ」

 

 イメージが遠のいたところで、震える手を握りしめる。

 

 まだ決まった訳ではない。未来、運命を変えることは難しい。だが、出来ない訳ではない。さっき見た光景は放課後だろう。知った以上、どのような手を使ってでも彼女を守らなければならない。そうしなければ形は違うけれども、僕は過ちを繰り返すことになる。

 

 家に入り、スマホから香乃へと電話を掛ける。

 

 しばらく無機質な音が鳴り響いた後、僕の耳に彼女の声が届いた。

 

 「ど、どうしたの?」

 

 僕から電話を掛けることなど滅多に、いや全くない事なので驚いたのだろう。動揺した声色が響く。

 

 「明日の予定ってどうなってる?」

 

 どうせ、説明しても信じることが出来るような話ではない。だから単刀直入に知りたいことを尋ねる。

 

 「え? 明日? 時間割のことなら知らないよ?」

 

 「いや、香乃の予定」

 

 時間割くらい覚えようよ、とツッコミたくなるがそれを抑える。彼女の身を案じて最低限以上の会話は避けたい。

 

 「えーとね、明日は普通に過ごすかなぁ・・・。特にこれといった予定はないよ?」

 

 どうやら予定はないらしい。だが、さっきの光景によるとあそこは香乃の通学路ではない。と、なると香乃は予想外の出来事からあそこに登場することとなる。

 

 「明日、一緒に帰ろう」


 これが確実な方法だろう。本来ならば、決してしない行動なのだが、今は手段を選部余裕はない。


 「・・・・ごめん。ちょっと明日は難しいかも」


 「・・・・え?」


 帰ってきたのは予想外の返事だった。

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