第3話 突然の相談

 ジリリリリリリ、タンっ!


「…おはよう土曜日」


 シャー


 カーテンを開けると、眩しいほどの太陽光が降り注いだ。睡眠という大トンネルから出た証だ。


「良い天気だな!気持ちー!身体がお前を求めてるぜ!」


 仕事がある日とない日では、世界の見え方がまるで違う。その違いは自由か否かだな。


「朝飯食ったら出かけるか。昨日、買ったシリアルを……ってあれ、牛乳の賞味期限切れてるじゃん」


 記憶の片隅に、冷蔵庫に牛乳があるのは覚えていたが、賞味期限が切れていたとはな。


「他に飯もないし、買いに行くか」


 タラタララーン


 いらっしゃいませー!!


 ここのコンビニは、店員の元気がすごい。仕事で、そこまでの笑顔が出来るか?私生活はどうなっているんだか。


「…と、牛乳、牛乳」


『毎日牛乳365』、これが俺の相棒。色んな牛乳を試したが、これを飲んだ時の抑揚は忘れない。俺は浮気しない人間だ。まぁ、残念ながら人に対して発動する機会は無いのだが。


「これ、下さい」


「ありがとうございます!袋はお付けに…」


 俺は、聞き覚えのある声に、思わず顔を上げた。


「あれ、飯田さん?」


 昨日となりに引っ越してきた、飯田美姫人物が、レジに立っていた。


「えっと…、どなたかと勘違いされていませんか?」と、彼女は少し顔を逸らして言った。


「いや、でも…」


 飯田さんだよな……?でも、そんなに詮索しても仕方ないか。なにか、事情があるのかもしれないし、そもそも昨日会ったばかりだ。


「いえ、すみません。知り合いに似ていたもので。袋は、大丈夫です」


「あ、ありがとうございました」


 タンタララーン


 あれは、間違いなく飯田さんだったよな?歳は近そうだけど、コンビニで働いているのか。。大変だよな、このご時世。


「ま、とにかく、早いとこ帰ってゲームでもするか」


 俺は帰宅すると、大好物のシリアルを牛乳に浸したまま、ゲームの電源を入れた。少しふやけたシリアルが大好物だからだ。


 カチカチカチカチ


「裏、きてるよ!危ない!ああっ…ごめん!戦犯した」


 俺は、オンラインで出会った友達とゲームをしていた。ゲームで出会った仲だが、心を許せる仲間だと思っている。そんな風に、いつもの休日が過ぎ去ろうとしていた頃、家のチャイムが鳴った。


 ピンポーン


「ん?なんだろ。ごめん!宅配便かも、ちょっと出てくる」


 ガチャ


「こんばんは」


 扉を開けると、飯田美姫が立っていた。


「えっと…、こんばんは。また、何かありました?」


「あの、ご相談があります」


「相談?俺に?なんですか…?」


「えっと、朝の……」


「朝の……?あ、もしかしてコンビニの?」


「そうです!あの時はすみません、咄嗟に隠してしまいました」


「大丈夫です。それで、どうかしました?」


「内緒にしておいて欲しいんです。その…働いていることを」


 働いていることを?コンビニで働いていることってまずいことなのか?まぁ、よく分からないけど、家庭の事情とかかもしれないしな。


「分かりました。元から言うつもりも、相手もいないですし」


「ありがとうございます!あ!あと、私がここに住んでいることも、内緒にしておいてもらえませんか」


 住んでいることも?少し疑問に感じていた俺に、彼女は続けて言った。


「は…犯罪とか、そういう危ないことではないですから!須浦さんには、迷惑かけませんので!」


「分かりました。言ったところで、俺にメリットもないですし、誰にも言いません」


「ありがとうございます!」


「いえ、それじゃあ…」


「あっ、あと…」


 まだ、なにかあるのか?


「ゲームの音、隣まで聞こえていますよ!民法、えっと、第7…」


「第709条ね」


「それです!頼みましたよっ!」


 そう言って彼女、飯田美姫は無邪気な顔で笑い、帰って行った。


 ガチャ


「なんだったんだ?でも、笑っていたし、とりあえずは良しなのか?……笑顔は、まぁ少し可愛いな…うん」


 よく分からない相談だったが、この時の相談があんなに重いものだと知るのは、もう少し後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る