第2話 あの日、彼女はやってきた(後編)

 ピンポーン


 深夜1時ごろ、家のチャイムが鳴った。


「ん?なんだ、こんな時間に」


 ガチャ


「あの…少しテレビの音を下げてくれませんか…?」

 

 扉を開けると、隣に引っ越してきた飯田美姫が立っていた。


「えっと、俺は見てないけど…」


「え……!じゃあもう片方の!こんな遅くにすみませんでした! 」


「確かに俺の家まで聞こえる時あるし、隣だと大変ですね。俺から言いましょうか?」


「いえ、大丈夫です!失礼しました」


「そうですか、それじゃあ…」(シューくんによろしくな)


「あっ、それって……」


 彼女は、俺がさっきまで読んでいた漫画を見ながら言った。


「え?ああ、『旅人のリゲル』ですか?好きなんですか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど、人気ですよね…。楽しいですか?」


「楽しいですよ。良かったら貸しましょうか?」


「い、いえ……大丈夫です!失礼しました」


 ガチャ


「なんだったんだ?ま、いっか。さーて、今日はどこまで読もうかな」


 静けさを取り戻した俺の城だったが、それは数分しかもたなかった。


「ああ!?なんだって!?」


 大きな罵声が外から聞こえてきた。無視することも出来たが、好奇心が勝った。


 ガチャ


「あの…だからその…テレビの音を…」


「知らねーよ!後から越してきたのはお前だろ!?俺はずっとこの生活してんだよ!」


 飯田と騒音野郎(名前は知らない)が、口論……いや、一方的に騒音野郎が怒鳴っていた。面倒ごとに足を突っ込むことは正直嫌いだが、一刻も早く静寂を返して欲しかった俺は、二人のもとへと向かった。

 

「どうかされました?」


「あっ、須浦さん…」


「なんだお前は?お前もイチャモン付けにきたのか!?」


「イチャモンっていうか…飯田さんだけじゃなくて、皆迷惑してますよ。今も含めて」


「ああ!?それがどうしたっていうんだ?そんなもん関係…」


「民法第709条、故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」


 俺は、騒音野郎の言葉に被せるように話した。


「あ?なんだそりゃ」


「知らないんですか?つい最近もニュースでやってましたが。騒音で睡眠が取れないことにより、仕事が手につかず、結局その人が仕事で得られるべきだった対価を支払うことと、即退去を命じられたって」


「な、なんだそりゃ……」


「私はそっちが専門の仕事でして。良ければ、もう少し話しましょうか?」


「…ああ!もういいよ!分かったから早く消えろ!」


 バタン


「た、助かりました…」


「俺も頭にきちゃって、つい出しゃばっちゃいました」


 決して格好を付けたわけではない。そうだろ、俺?


「さっきの話って…」


「あー、さっきのは嘘……っていうか、この漫画の受け売りなんだよね。仕事の話も嘘。」


「旅人のリゲル…」


「そうです。興味が出てきました?」


「ええ、少し…。でも、普段忙しいのできっと読めません。お気持ちだけ受け取らせて下さい」


「そうですか。じゃあ、またなにか困ったら言ってください」


「ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 ガチャ


「ふー、やれやれ。俺にしては無茶なことしたな。…ってもうこんな時間か」


 静寂を取り返した俺は、明日に備えて寝ることとした。どんな表情で寝ていたのか、想像するのは容易だろう。


 これが、との出会いだった。

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