【純文学】焼き魚の骨

 人間には骨がある。

 動物にも骨がある。

 魚にももちろん骨がある。

 私の妻は焼き魚が好きで、週に一度は夕食のおかずとして焼き魚が出てくる。それは、サンマだったり、アジだったり、サケだったりする――が、そんなことはどうでもいいのだ。焼き魚の味自体は決して嫌いではない。

 そもそも、魚自体、私は好きだ。刺身や寿司は私の好物である。しかし、焼き魚が夕食に出てくると、私の気分は著しく下がる。

 なぜなら――。

「なあ、どうして魚には骨がたくさんあるんだろうな」

「人間だってたくさん骨あるでしょう?」妻は言った。「魚だって、当然あるでしょ」

「魚も軟体動物を見習って、骨をなくしてほしいな」

「軟体動物だって、多少は骨あるでしょう?」

「そうだったか?」

 どうだろう? もしかしたら、あるのかもしれない。イカなどは、骨があったような気もしないでもない。

「でもな、仮にあったとして、魚みたいに小骨がたくさんあるわけじゃないだろう?」

「うん、まあ、それはそうね」

「魚は人間に食べられることを想定して、軟体動物に進化するべきだと私は思うんだ」

 どうだろう、と私が首を傾げてみせると、妻は呆れたように首を振った。

「傲慢すぎよ」

「そうだろうか?」

「そうよ。というか、『魚は人間に食べられることを想定して』じゃなくて、『魚は俺に食べられることを想定して』でしょ」

「その通りだな」

 私は箸でサンマをつついた。

 サンマは間の抜けたような顔をして死に、塩を振って焼かれて、私に箸でつつかれながら、じわじわと食べられているのだ。彼の人生の儚さを思うと、私は涙を禁じえない。

「今日はちゃんと全部食べてよね」

 いつもは途中で骨を取るのに疲れて、妻に食べてもらうのだ。

「私は残飯処理係じゃないのよ」

「ザンパンマン、なんてな……」

 妻は無表情だった。

 私は箸を器用に用いて、サンマの骨を一本一本丁寧に取り除いていく。まるで、熟練の職人のように。しかし、私は熟練の職人ではないので、すぐに疲れて手が止まってしまう。

「どうしたのよ?」

 妻は既にサンマを食べ終えていた。その綺麗な食べ方に、私は現代芸術家のアート作品を見たときと同様の感動を覚える。

「やはり、俺は焼き魚に向いていない」

「焼き魚に向き不向きがあるの?」

「あるさ。俺は不向きで、お前はすこぶる向いている」

「それ、褒めてるの?」

「褒めてるよ。焼き魚食べ検定があったら、お前は一発で一級に合格できる」

 私の軽口に、やはり妻はため息をつくのだった。

「しょうがないわね」

 妻は私の箸を奪い取ると、サンマから丁寧に骨を取っていった。そして、サンマの身をご飯の入った茶碗に入れた。

 むしゃむしゃ、と私はサンマを食した。

「うまいな、サンマ」

「ガキか、お前は……」

 食事を終えると、「今度は骨の少ない魚にしてくれないか」と頼んだ。

「骨が少なければ、俺だって食べられるんだ」

「ごめん。次はアジって決めてるの」

 私はベッドの中で、すべての魚が軟体動物になる世界を夢見て、眠った。世界は私が望めば変貌するものと信じて――。

 しかし、次の日の夜に出てきたアジにはたくさんの骨があった。

 人生は思い通りにならないものだな、と思いながら、私はアジの骨をとっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る