【コメディー】マッチャ売りの少女
「マッチャいりませんかー?」
雪が降りしきる大みそかの夜。
とある街の路上で、みすぼらしい格好をした小さな少女が、道行く人々に声をかけています。しかし、誰も足を止めてはくれません。こいつは一体なにをやってるんだ、といった目で少女のことを一瞥して、そして去っていきます。
「どうして、抹茶売れないんでしょう……」
少女は壁にもたれるように座って考えました。
自分のつくった抹茶は、とてもおいしいはず。抹茶の濃厚な良い匂いを嗅げば、みんな飲みたくなるはずだ、と少女は思いました。
「抹茶――」
「お嬢ちゃん」
と、おじさんが声をかけてきました。
「抹茶、飲まれますか?」
「いや、どうしてこんなところで抹茶を点ててるんだい?」
「父に『抹茶を売って金儲けをして来い』と言われたのです」
「他の子はマッチを売ってるのに、どうして君はマッチャなんだい?」
「抹茶を売っているのって、珍しくないですか?」
「珍しいね。こんな路上で、しかもこんな寒い日の夜に、なんて」
「でしょう。珍しいから、きっと売れるはずだって父が」
「君のお父さんって茶道の先生だったりするの?」
「いえ、無職です」
「……そうか」
おじさんは悲しくなりました。こんな小さな少女が寒さを堪えながら抹茶を必死に売っているのに、きっと父親は家でのんびりとくつろいでいるのでしょう。
「じゃあ、一杯もらおうかな。いくら?」
「一〇万円です」
「高っ!」
おじさんの財布の中には、二五〇〇円しか入っていません。一〇万円あれば、茶道の先生が点てた抹茶をたらふく飲めるでしょう。
「ごめん。お金足りないから、やっぱりやめておくよ」
「そ、そんなっ……」
おじさんはどこかへ消えていきました。
少女は自分で点てた抹茶を自ら飲み干しました。スーパーで売っている安い抹茶ですが、ちゃんと点てるとすごくおいしい飲み物のような気がします。
「マッチャじゃなくて、私もマッチ売ろうかな……」
少女はため息をつきました。
抹茶を点てて飲むと、その度に幻覚が見えました。それは少女が普段している妄想をよりリアルにしたものです。おいしい料理をたらふく食べる自分、ヒーターの近くでぐっすりと眠る自分、クリスマスツリーに飾りつけをする自分……。
悲しくなりました。
少女は近所のスーパーでマッチを買い、それを売ろうと思いました。しかし、今時マッチを買う人はあまりいなく、しかもマッチを売っている少女は自分以外にもたくさんいます。ライバルが多いのでまったく売れません。しかし、売り上げがないまま、家に帰ることなどできません。
少女は抹茶を点てながら、一人寂しく夜を明かしました。
朝、おじさんが道を歩いていると、壁にもたれて座ったまま動かない少女の姿がありました。死んでいる、と思って少女に近づくと――。
「もうこれ以上、抹茶飲めないよ……」
少女は寝言を呟きました。
「眠ってるだけか」
ほっと息をつくと、おじさんは上着を少女にかけて立ち去りました。
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