【現実世界恋愛】幼馴染が告白したイケメンの好きな人は僕だった
僕には幼馴染がいる。名前は鈴野璃子。
リコは見た目こそかわいいが気が強く、僕は正直苦手だったりする。そのことを友人たちに言うと彼らは決まって、
「ぜいたくもんだな、お前は」
なんて言う。
彼らはわかってないのだ。リコの傍若無人っぷりを。
幼馴染とはいえ苦手な人間と積極的にかかわる道理はない。僕はドMではないので、必要がなければ、リコに話しかけないようにしている。
どうしてかわからないが、リコとは小学一年のときから、ずっと同じクラスなのだ。小学校六年間、中学校三年間、そして高校一年。もしかしたら、高校二年も三年も同じクラスになるかもしれない。
もちろん、そこに作為的な要素はなく、きっとただの偶然なのだろう。しかしそれでも、とんでもない偶然だ。ここまで同じクラスになると、リコとは運命の赤い糸的なもので結ばれているのではないか、なんて馬鹿げたことを考えてしまうくらいだ。
さすがに大学は違うところに行くことになるだろう、と僕は思っているのだけれど、同じ高校に進学するくらいなのだから、僕とリコの偏差値は同程度で、行きたい学部も同じ、家もすぐ近くだし、家庭環境も似たようなものだ。
とすると、もしかしたらもしかするのかもしれない。まあ、大学のことを考えても仕方ないのかもしれないけれど。
さて、当人同士があまり親しくない僕たちなんだけど(というより、僕が一方的に苦手にしているだけだけど)、両親同士はすこぶる仲がいい。
僕の父とリコの父は同じ会社の同期だし、僕の母とリコの母はよく一緒に買い物に出かけている。
母は「リコちゃんがお嫁に来てくれたらいいのに。どう? 結婚したら?」なんてしょっちゅう言ってくる。
リコは母のお気に入りなのだ。どうしてあんな我がままっこが、いいとこのお嬢様である母のお眼鏡にかなったのか、はなはだ疑問だ。
そんな感じで僕がリコの愚痴ををこぼすと、
「確かに鈴野は気強いけど、性格自体は悪くないと思うがな」
「女子からの評判も悪くないしね」
山田と佐藤が擁護した。
放課後の教室。
掃除も終わって、教室に残っているのは僕たち三人だけ。日光が眩しいのでレースのカーテンを閉める。教室のドアと窓は全部しまっている。
「君たちはリコとは浅い付き合いだからそんなことを言えるんだ。僕みたいにディープに付き合えば、あいつの本性がよーくわかるよ」
「ディープってなんだかエロい言い方だな」
顔を緩ませながら、山田があほなことを言った。
「逆に幼馴染だからこそ、彼女の粗ばかりが目立って見えるんじゃないか? 鈴野さんのいいところが逆に見えていないというか、さ」
頭のいい佐藤が言うと妙に説得力がある。
「そうかな?」
そうかもしれない。
僕はリコの悪い面ばかりを見て、いいところを見ずに過ごしてきたのかもしれない。本当はリコは、ちょっと口が悪いだけの、素直になれない不器用な子なんだ――。
僕が自分に言い聞かせるように反省していると――。
「ソータっ!」
バアン、と教室のドアを乱暴に開けて、件のリコ様が教室に入ってきた。
リコは『怒り』と『悲しみ』(と数パーセントの何か)が絶妙にブレンドされた、世にも奇妙な顔をしていた。
リコの怒った顔は、目をつぶっていても思い出せるくらいしょっちゅう見かけるが、悲しんだ顔っていうのは、多分、初めてみる。
ただ純粋に悲しんだ顔なら、珍しいんでよかったんだけど……。そこに怒りがミックスさせると、いつもよりも怖いというか、地雷を踏んでしまった時のような、世にも恐ろしい気持ちになる。
「どうしたの、リコ?」
僕はできるだけ優しく、柔和な笑みを心がけて尋ねた。
しかし、リコは僕を無視して、
「あー……」
きっと、山田と佐藤の名前がわからなかったんだろうな。
「そこの二人!」
「「はい」」
「あたしはこいつと二人だけで話がしたいの」
「「わかりました」」
二人は僕に『がんばれよ』と目で伝えて、すたすたと教室から出ていった。触らぬ神に祟りなし、といったところだろうか。
「あっと、僕に何か用事でも?」
僕も触らぬ神に祟りなしと、できるだけ温和な口調を心がけた。
「ねえ、ソータ、あたしの好きな人、覚えてる?」
「うん」
二、三か月前に、リコは突如として恋愛相談をしに我が家へやってきた。やってきた――というよりも押し掛けたという表現のほうが適切か。
一方的に想い人に対する思いを僕に吐露し、母の作ったすき焼きをたらふく食べて(なんと僕の分まで奪っていきやがった)、帰るかと思ったら風呂まで入り、僕のベッドを占拠してそこで朝までぐっすり眠ったのだ(僕は地べたで薄い毛布にくるまりながら寝た)。
「確か清水だったよね?」
「あ、うん……」
緊張したような顔で頷くリコ。珍しい光景だ。
リコの想い人――清水瞬は、一年一組きってのイケメンだ。
テストでは毎回トップ3には食い込むほどの頭脳で、運動神経も抜群。テニス部に在籍し、なんと一年生にして全国大会で優勝したとか。あらゆる部活から勧誘され、助っ人として赴くこともしばしば。性格もよくて人望もある、爽やかボーイ。
同じクラスなので、僕も時折清水と喋るが、彼は話し上手だし、同時に聞き上手でもある。口を開けば抱腹絶倒なエピソードをいくつも披露し、聞き手になれば『自分はもしかして喋り上手なのでは?』と錯覚させるほど、人のポテンシャルを引き出す。
清水一族は父方も母方もエリートばかりで、彼の両親も一部上場企業の経営者だとか。地位も金も権力も――、すべてを持っている超人のような男。
それが清水だ。
しかし、そんな彼だったが、浮いた話は一つもない。どう考えても彼がモテないはずなんてないのだが、なぜか彼には彼女がいなかった。
実は僕も気になって聞いてみたことがあるのだ。
「清水って彼女とかいないの?」
「いないよ」
即答する。
「どうして? 付き合おうと思えば、誰だって付き合えるでしょ?」
「好きでもない人と付き合っても、何の意味もないよ」
「清水は真面目なんだね」
僕は感心した。
もしも僕が清水ほどのスペックを持っていたなら、きっと僕は好き放題やりたい放題やるだろなあ。そんな考えを持っているような俗物では、きっと清水にはなれないのだろう。
「そんなことないよ」
「じゃあ、好きな人とかいないの?」
「いや、いないことはないんだけどね……」
清水にしては珍しく歯切れが悪い。
「告白すればいいじゃん。絶対、相手も清水のこと好きだって」
「いや、そんなことはないんじゃないかな……」
普段から自信満々というわけではないけれど、やけに自信がない。清水の好きな人は一体どれほどの美少女なのだろうか?
「告白なんてできないな」
寂しそうにそう呟いていたのが、記憶に残っている。よほど印象的だったのだろう。清水がそんな表情を見せたことが。
回想終わり。
「で、その清水がどうかした?」
「実はこくったの」
「コクッタ?」
告白したってことだよなあ……。
ほんとに? あのリコが?
「そうよ」
「まじで?」
「まじよ、大マジ」
「で、どうだったの?」
聞いてみたものの、表情から結果がどうだったのかは予想がつく。
僕が清水だったら、リコの告白を断ると思う。たくさんの女の子からあえてリコを選ぶ理由なんてないのだから。
「駄目だった。振られた」
しょんぼりとした顔でリコは言った。
「そう。残念だね」
「それはいいの――あ、いや、よくはないんだけど、あたしが振られたことはいったん置いておいて。問題はそのあと、よっ!」
「そのあと?」
話はこれで終わり、じゃないのか?
「清水くんに好きな人がいるって話はあんたから聞いてたし、あたしも気になったから、問いただしてみたのよ」
問いただす。
不穏な言い方をするなあ……。まあ、いくらリコとはいっても、好きな人に対して暴力行為に訴えることはないだろう。ない、はず……。
「はあ……。それで、だれだったの?」
「それはね――」
◇
以下、リコから聞いた話である。
僕なりの再現。
放課後の屋上。
告白するにはいいロケーションかつ、いい感じの天気だった。屋上へとつながる扉には鍵がかかっていたが、ここ数か月、鍵が壊れてしまっていて、誰でも入れる状態になっているのだった。
リコは清水を呼び出した。
清水は善良なので、呼び出しに応じない――なんてことは、まずない。
「清水くん」
リコはもじもじと乙女のように顔を赤らめながら、清水の顔を見る。直視できないのか、ちらちらと彼のことを見ている。
「何かな、鈴野さん?」
そう尋ねたものの、告白されることに慣れている清水は、告白するとき独特のモーションをリコがしていることを見切っていた。
また告白されるのかまじかったるいわー、なんて思わない清水はやはりできた人間だ。いつものようにさわやかな笑顔を浮かべている。
「あたし、ずっと前から清水くんのことが好きだったの。付き合ってください」
リコの告白に対し、清水はあえて間をあけて、角が立たないように断る。
「鈴野さんみたいなかわいい子に告白されるのは嬉しいんだけど……ごめんなさい」
「そっか」
悲しげではあったものの、泣き出すほどではない。
これで話は終わったかな、と清水は「じゃあ、僕は帰るね」と言って、屋上から立ち去ろうとした。がしかし――
がしり。
清水の手を、リコが強くつかんだ。
「何、かな?」
「一つだけ」
リコは呟くように言う。
「一つだけ聞かせて」
「……うん」
清水に拒否権はなかった。
「清水くんの好きな人って誰?」
「好きな人なんていないよ」
微笑みながらそうごまかそうとした清水だったが、
「嘘よ」
リコはごまかされない。
「ソータから聞いたもん。好きな人、いるんでしょ? 誰よ。教えなさいよ」
「ソータ……」
清水は僕の名前を呟いた。
「鈴野さんは山崎くんと仲いいんだね」
「別に仲良くなんてないわよ。ただの幼馴染」
その言葉がリコの本心かどうかはわからないが、僕とリコの関係は実際その通りだった。
「そっか……いいなあ」
ぽつりと呟いた言葉を、リコは聞き逃さなかった。
「いいなあって何?」
「いや、なんでもないよ」
いつもの爽やか微笑みはどこへやら。清水はあからさまなくらい焦りながら、ぶんぶんと手を振って全力で否定した。
「何でもないってこと、ないでしょ?」
気になって問い詰めようとするリコ。
「いや、本当になんでもないってば」
必死にごまかそうとする清水。
「言いなさい」
「何でもないんだ」
「言え」
「何でも――」
リコは清水の胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「言うまで帰さないわよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……わかったよ」
観念したようにそう呟くと、清水は自らの秘めた思いについて話し始めた。
「僕は……山崎くんのことが好きなんだ」
「………………え」
「今まで15年間生きてきて、人を好きになったことなんてなかった。どんなにかわいい子に告白されようと、僕の心は一ミリたりとも動かなかった。だけど、山崎くんは違った。一目見た瞬間に、僕の心は彼に撃ち抜かれてしまったんだ。最初は何かの勘違いだと思った。だけど違った。気が付けば、山崎くんを目で追っている自分がいた。僕は思ったよ。ああ、これが恋ってやつなんだとね。告白しようとも思ったけど、振られるのは目に見えていた。山崎くんは優しい人だけど、僕を恋愛対象としてみてくれるとはとても思えなかったんだ。告白した結果、山崎くんとの関係がぎくしゃくしてしまったら、僕はもう生きていけない。だけど、山崎くんが女の子と付き合うのも嫌だ。ああ、僕は一体どうすればいいんだ? 教えてくれよ、鈴野さん!」
マシンガンのごとき早口で紡がれた言葉の数々。
清水の好きな人が僕だとは、夢にも思わなかったのだろう。リコはぼんやりと口を開けて、熱く語る彼のことを見ていた。
もちろん、その話を聞いた僕もびっくりした。
「つ、つまり……」
しばらくしてから、我に返ったリコが尋ねる。
「清水くんは、ゲイなの?」
「いや、男が好きってわけじゃないんだ。僕はただ、山崎くんのことが好きなんだ」
「ソータのことが?」
「うん」
「は、はは……」
リコの口から乾いた笑い声が漏れる。
「はははははははははは……」
壊れたロボットのように笑った。
清水の恋愛対象が男というわけではなく、ただ僕のことが好きなだけ、というのが心に突き刺さったのかもしれない。ああ、あたしはソータに負けたんだ、と敗北感に打ちひしがれたのかもしれない。
「あのさ、鈴野さん……」
清水がおずおずと言った。
「もしよければなんだけど……僕と山崎くんの間を取り持ってもらえないかなあ、なんて……」
ピキッ。
青筋が立つ。
「ふっざけんな、ぼけえええええええええええっ!」
ぶちぎれたリコは、清水に平手打ちを見舞った。
「ふざけんな。どうしてこのあたしが、あんたとソータをくっつける手伝いをしなきゃいけないわけ? つーか、あたしのこと振っておいて、ずうずうしいにもほどがあるわよ」
「そうだよね。ごめん……」
謝る清水を見て、リコはにたあっと悪魔のような笑みを浮かべる。
「――ってやる」
「え?」
「清水くんがあたしと付き合ってくれないって言うんなら、ソータと付き合ってやる!」
「そ、そんな……」
絶望に満ちた顔をする清水。
「好きでもない人と付き合うだなんて……」
「あたしがソータと付き合うのが嫌だったら、あたしと付き合うことね」
「山崎くんの気持ちは?」
「は? ソータの気持ち? あいつはあたしの下僕みたいなもんよ。ちょっと脅しつければ、何でも言うことを聞いてくれるの。それに、ソータだってあたしみたいなかわいい女と付き合えるんだから、文句ないでしょ」
「そ、そんな……」
「で、どうするの? あたしと付き合うの? それとも、ソータをあたしに奪われるか。選択肢は二つに一つよっ!」
なぜかドヤ顔で、びしっと指をさすリコ。
どちらの選択肢をとっても、清水にとってメリットがない。というか、どうして僕がリコと付き合うことになっているんだ?
「それでも、僕は鈴野さんとは付き合うことはできないっ!」
「あっそ。じゃあ、今からソータにあたしと付き合えって言ってくる」
そう言うと、リコはダッシュで屋上から立ち去ったのだった。
◇
「――ってわけで、あたしと付き合いなさい」
話が終わった瞬間、リコは切り出した。
「いやいや、おかしいでしょ」
おかしいおかしい。僕にだって人権はあるんだ。付き合う相手を選ぶ自由があるんだ。好きでもないリコと付き合わなくっちゃって、おかしいでしょ。
「は? 別にいいじゃん。あんた好きな人いないでしょ?」
「確かにいないけどさ」
さらりと答える僕。
「でも、リコも僕のこと好きじゃないじゃない」
「『リコも』って何よ。あたしはあんたのこと、まあまあ好きだから」
「……えっ」
なんだって?
僕のことが……まあまあ好き? 初耳なんだけど。
嫌いじゃないのに、どうしてあんなひどい扱いだったんだ? もしかして、俗にいうツンデレというやつなのか、お前は?
「清水くんの次の次の次の次くらいには好きよ」
「はあ……」
清水の次の次の次の次ってことは……えーっと……5番目か?
なるほど、確かにまあまあだ。
困惑を隠せない僕。
僕の中ではリコはトップ10にも入ってないと思う。
「だから、付き合いましょ、あたしたち。んで、もし清水くんがあたしと付き合うって言ってくれたら、別れてあげる」
「言ってくれなかったら?」
「は? 別れないわよ、そんなの。ずーっとよ」
「えー」
リコと生涯を共にするなんて嫌だぞ、僕は。
あくまでも僕とリコは腐れ縁の幼馴染なのであって、恋人にも結婚相手にもなりえない。そんな未来はあり得ない。
「大丈夫。あんたはすぐにあたしの魅力に気づいて、メロメロになるんだから」
えっへん、と胸を張るリコ。
その過剰すぎる自信は、一体どこからやってきたんだ? できればもう少し謙虚に、控えめに生きてほしいものだね。
ごほん、と空咳をすると、リコはかしこまったような表情で言った。
「というわけで、あたしと付き合いなさい、ソータ」
「うー……えー……」
「返事は『はい』オア『イエス』のどちらかよ!」
どっちも同じじゃないか。
そう抗議しようとしたものの、にこやかに微笑みながら右手をぎゅっと握りしめるリコを見て、言葉をひっこめた。
僕は昔からリコに喧嘩で勝ったことがないのだ。
まあいいや。どうせ僕には好きな人なんていないし、恋人といっても今までとそう変わりないだろう。
僕は諦めと悟りの混ざった顔で、
「わかったよ。付き合ってあげますよ」
僕がそう答えると、リコは
「ん」
やや前かがみになり、口を突き出して何かをアピールした。なんだかアヒルみたいなヘンテコなポージングだった。
「え、なに?」
「キス」
キスって魚のことではないよね? とすると、接吻???
「どうしてよ」
「恋人になったんだから、その記念のキスよ」
「いや、清水と付き合うまでの関係でしょ?」
「清水くんがあたしと付き合ってくれるとは限んないし、それに今はあんたと付き合ってんのよ。だから、キス」
「えー……」
「してくれなきゃ、殴るわよ」
リコは拳を構えて見せた。
殴られるのは嫌だな。昔、リコにサンドバッグの代わりにされたことを思い出す。僕のトラウマの一つだ。
「しょうがないな」
リコを抱きしめると、僕は顔を赤くしている彼女の口にキスをした。
僕とリコ以外誰もいない教室。窓からはレースのカーテンを貫通して、夕陽が差し込んできた。教室の外から誰かに見られていたら困るな、とドアに目を向けると――僕たちを見て微笑んでいる清水の姿があった。
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