【異世界恋愛】メイドさんはお嬢様を百合堕ちさせたいようです
私がラインウェルツ家のメイドとして採用されたのは、今から一週間ほど前のことだった。採用の知らせを聞いたときには、涙が出るほど嬉しかった。
メイドになるまでの道のりは、果てしなく長かった。
小さな村出身で冒険者をやっている私に、礼儀作法などというものが備わっているはずがない。メイド養成学校に通ったり、知り合いのメイドから教えてもらったりして、こつこつと学んだのだ。
「んふふ……」
あの子のことを考えると、自然に笑みがこぼれる。
宿屋のベッドをゴロゴロと転がる。転がりながら、思いをはせる。もうすぐ、あの人に仕えることができる……。
ルナ・ラインウェルツ。
名門貴族ラインウェルツ家の三女。私の二つ下で一五歳。長い金髪をツインテールにしている。かわいいけど、気の強さが顔によく表れている。大きなツリ目に、きつく閉じた小さな唇。
彼女の姿を初めて見たのは、一年前。メイドや執事をぞろぞろと引き連れ、街のマーケットを練り歩いていたのだ。
街の人たちは興味津々、だけどかしこまったように遠慮がちに、ルナ様のことを遠巻きに眺めていた。私も彼らと同じように、ぼんやりと彼女のことを見つめていた。
と――。
「ふんっ」
ルナ様は傲慢さを隠そうともせず、馬鹿にしたように庶民を一瞥した。
一瞬、ほんの一瞬だけではあるけれど、私と目が合った。ルナ様は私を見て、やはり馬鹿にしたように、あざ笑うかのような表情を浮かべた。
そんなルナ様を見て私は――
ぞくり、とした。
一瞬、悪寒から身体が震えたのだ、と勘違いしてしまったが違った。
それは――興奮だった。
……別にマゾというわけではない。私はルナ様に蔑まれたからではなく、彼女の奥に秘められた本性とでも言うべきものを、知らず知らずのうちに感じ、興奮したのだ。そう推察したところで、はたと思った。私は変態なのかもしれない、と。
まあ、そんなことはどうでもいい。重要なのは、私がルナ様に一目惚れしてしまったということ。
私は昔から女の子が好きだった。周りの子はみんな男の子を好きになっていたというのに、なぜか私は男の子には一切の興味を抱かなかった。
女が好きな女――というのは、マイノリティーに属するだろう。だけど、決してゼロというわけではない。実際、私は女の子と交際したことがある。
だけど、ルナ様が女が好きであるという保証はない。もし仮に、ルナ様の恋愛対象が女だとしても、私のことを好きになってくれるとは限らない。
それでも、私はルナ様のことが好き。
なんとしてでも、私の物にして見せる。
「よしっ」
私はベッドから起き上がると、荷物の準備を始めた。
明日から私はラインウェルツ家の住み込みメイドになるのだ。しかも、私の担当はルナ様なのだ。ルナ様は今まで幾人ものメイドをクビにしてきた。あらゆる難癖をつけて。
でも、私はクビにはならない。いや、クビにはさせない。
私なしでは生きていけない体にしてやるのだ。
ふひひひひ。
◇
「はじめまして。ルナお嬢様『専属』メイドとして雇われたエイミともうします。よろしくお願いします」
メイド服を着た私は、微笑みながら一礼した。
「ふうん」
お嬢様はどうでもよさそうな顔をしているものの、本当は私のことが気になってたまらないのか、じろじろと私をじっくりと観察した。
「ねえ、エイミ」
「はい」
「あんたは私のためにどれだけやれる?」
「お嬢様のためならば、どんなことだっていたします。『背中を洗え』とおっしゃたなら、愛情をこめて精いっぱい洗わせていただきますし、『一緒に寝ろ』とおっしゃったなら、私は抱き枕のかわりとなってお嬢様に安眠を提供いたします。『裸になれ』とおっしゃったなら、とっても恥ずかしいですが一糸まとわぬ姿で、いろいろといたす所存であります」
「うわっ……」
お嬢様はドン引きした様子。変質者を見るような目。
あれ? 私何かおかしなこと言いましたか?
私なりに精いっぱいアピールしたつもりだったのだけど、どうやら空回りしてしまったようだ。残念。
「ま、まあいいわ。それじゃ、朝ご飯作って。あたしまだ朝ご飯食べてないの」
「承知いたしました」
「まずかったらクビだからね」
「お嬢様が今までに食べたことがないくらいおいしい料理をおつくり致します!」
私はキッチンをお借りして料理を作り始めた。材料は屋敷内にあるものを使う。料理の腕前には自信がある。
さくさくと四品ほどを、30分足らずで作り上げた。料理の中に、友達の魔女と一緒に作った秘伝のパウダーを、隠し味として入れる。
魔法のパウダー。別にアヤシイモノじゃないよ?
出来上がった料理をお嬢様の元へと運ぶ。
「おっそーいっ!」
「申し訳ありません。おいしい料理を作るのには、少々時間がかかるんです」
「言い訳無用。まずかったクビだから」
もう一度、クビ宣言をすると、お嬢様は料理を一口食べた。
「お、おいしい……はっ」
思わず口からこぼれてしまった言葉を恥じるように、顔を赤く染めるお嬢様。めちゃくちゃかわいい。
「まあ、クビにするのは保留にしてあげる。感謝なさい」
「ありがとうございます」
こうして、お嬢様との生活が始まった。
◇
「あたし、ドラゴンの肉が食べたい」
「かしこまりました。お嬢様が学校に行かれている間に狩ってきます」
「……」
「今日、学校行くのめんどくさいわー」
「かしこまりました。では、お嬢様の代わりに私が学校に行ってきます」
「馬鹿じゃないの? ばれるじゃん」
「私の変装技術を甘く見ないでください。お嬢様そっくりになって見せましょう」
「……」
「はー」
「どうしましたか、お嬢様?」
「今月のお小遣いなくなっちゃた」
「どれくらい必要なんですか?」
「1億」
「かしこまりました。では、お嬢様が学校に行っている間に、賞金首を何人か捕らえてきましょう。3、4人捕まえれば1億くらいは稼げるでしょう」
「……」
「はあ……」
「どうされました、お嬢様?」
「学校でね、あたしにばっか突っかかってくるうざい男子がいるの」
「それはいけませんね。お嬢様が寝ている間に殺してきましょう」
「やめて!」
◇
頑張ったかいあって、お嬢様は私のことを認めてくれた。最初はツンツンしていたお嬢様も、最近はデレてくるときもある。信用を勝ち取れたのだ。
さて、そろそろお嬢様との関係をもう一歩進めたい。
具体的に言えば、お嬢様とメイドを超えた関係になりたいのだ。つまり、まあ、恋人同士。
でも、一体、どうすればいいんだろう?
そんなことを考えながらお嬢様の部屋を掃除していると、
「お風呂、入る」
お嬢様が言った。
「かしこまりました。では、お着替えを用意いたします」
「うん……」
「どうされましたか?」
「あのさ……」
「はい」
「一緒に風呂入らない?」
「!?」
私は喜びを抑えるのに必死だった。油断すると、にやにやとやばい笑みがこぼれてしまう。さすがにそれはまずい。
「嫌なら別にいいんだけど」
「いえ! 嫌なんて滅相もない。入ります。ぜひ一緒に入らせてください」
急いで二人分の着替えを準備すると、浴場へと向かった。
素早く服を脱ぎ、生まれたままの姿になると、
「脱ぐのを手伝いましょうか?」
「そんくらい、一人でできるし」
断られた。
私はお嬢様が服を脱いでいく様子を、網膜に焼き付けた。
「……エイミってスタイルいいわね。うらやましい」
「お嬢様もスタイルいいし、かわいいですよ。でへへ」
そう言うと、お嬢様の顔が赤くなった。かわいい。
桶でお湯を浴びると、私はお嬢様の背中を洗った。
「ねえ」
お嬢様が話しかけてきた。
「何でしょう?」
「なんであたしに尽くしてくれるの?」
「お嬢様のことが好きだからです」
「……あっそう」
お嬢様は照れたように俯くと、
「あたしもエイミのこと、好き」
「マジですか」
にやっと笑う私を見て、
「好きって、その、恋愛的な意味じゃなくて、友達みたいな感じよっ」
勘違いしないで、と付け加える。
「わかってます」
泡立てたタオルで、お嬢様の背中をごしごし擦っていると、
「あたしね、ずっと構ってほしかったの。かわいがってほしかったの」
突然そんなことを言った。
「?」
「お父様とお母様に、よ。二人とも出来の悪いあたしのことなんて、かわいがってくれないの。それどころか、構ってもくれない。だからね、我がまま言ってメイドをクビにしたりした。そうすれば、何か言ってくれるんじゃないか。構ってくれるんじゃないかって思って」
「……」
「でも駄目だった。見向きもされない」
でもね、とお嬢様。
「エイミはあたしの言うことを何でも聞いてくれる。あたしが無茶なこと言っても、文句ひとつ言わないし、あたしのことを好いてくれる。愛してくれる」
「お嬢様……」
お嬢様は私を見て微笑むと、
「これからも我がまま言うけどよろしくね、エイミ」
私は感動のあまり、思わず泣き出してしまった。お嬢様がこんなにも私のことを好いてくださっているなんて……。
「お嬢様――いえ、ルナ」
「な、なに!?」
「今夜は寝かしませんよ」
これはいける。
そう思いお嬢様に抱きつくと、
「調子に乗んな、あほ」
頭をぶっ叩かれた。
どうやら、まだそこまでは駄目なようだ。
でもいつかは、お嬢様を百合堕ちさせてやる!
自らの心に強く誓った。
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