【現実世界恋愛】学校一の美少女に告白したら怪しい薬を飲まされ、女の子になっちゃった件について

「す、好きですっ! 付き合ってください!」


 放課後。

 高校の屋上にて、僕は愛の告白をした。


 告白の相手は佐倉文乃先輩。高校で一番かわいい+美しいと評判の人だ。男子からも女子からも人気で、ファンクラブまで存在している(まるで漫画の世界だ)。


 身長一七〇センチ強、髪はセミロング、グラマラスな体型で、文武両道、顔立ちは同じ人間とは思えないほど整っている。世の中にはこんな人がいるんだ、と思うほどに完璧だ。


 そんな佐倉先輩に僕なんかが告白しても、どうせ振られるだけだと思っていた。つまり、まあ、ダメもとでの告白だ。

 しかし――。


「いいよ」

「……え?」


 聞き間違い、かな?

 いいよ、って聞こえたんだけど……。


 きっと、僕の脳が勝手に都合よく変換したに決まってる。本当はひどいことを言われて、でもそんな現実を僕は受け入れたくなくて、それでこんな妄想を――


「いいよ。付き合おう」

「え、あっ……」


 違う。間違っていたのは僕だ。

 佐倉先輩は本当に、「いいよ」って言ってくれたんだ。

 でも、どうして……?


「どうして、僕と付き合ってくれるんですか?」

「どうしてって……君のことが好きだから。ただそれだけだよ」

「あう……」


 君のことが好きだから。

 君のことが好きだから。

 君のことが好きだから。


 あまりに嬉しすぎて、頭の中で何度も反芻してしまう。

 もしかしてこれは夢なんじゃないか。そう思って、ほっぺたを引っ張ってみるけど、むにょんとゴムみたいに伸びるだけだ。


「前からずっと気になっていたんだ」

「ぼ、僕のことが、ですか……?」

「ああ」

 佐倉先輩は頷いた。

「一年にとってもかわいい男の子がいるなあ、ってね」


 ……ん?

 とってもかわいい男の子?

 それは褒められてるのだろうか?

 僕としてはかっこいい――なーんて言われたかったんだけど……。


「薫くん、君は本当にかわいいね」

「か、薫くんって……」


 いきなり名前で……。

 じゃあ、僕も文乃って呼ぶべきなのか!?

 僕があわあわしていると、佐倉先輩が僕のほっぺたを撫でた。


「肌は白くてつるつるだし、髭もまったくない。それに背がちっちゃくて、ああ、本当にかわいい。食べてしまいたいくらいだ」


 どちらかというと、愛玩的なかわいがり方だった。

 僕にとって女の子みたいな外見はコンプレックスだった。だけど、この見た目だったからこそ、佐倉先輩に好きになってもらえた。

 生まれて初めて『僕は僕でよかった』と、そう思えた。


「君は私にとって、極めて理想に近い子だ」

 呟くようにそんなことを言う佐倉先輩。


 なんとなく、引っ掛かりを覚えた。

『極めて理想に近い』という言い回しには、ひとかけらだけ足りないみたいなニュアンスが込められているような、そんな気がした。

 だから、僕は――。


「僕はどうすれば佐倉先輩にとっての理想になれますか?」


 なんて尋ねてしまった。

 そんなこと聞かなければよかった。後悔先に立たず。でも、聞かずにはいられなかったんだ。僕は佐倉先輩に好かれようと必死だったから。


「そうだねえ……」


 にやり、と佐倉先輩は嫌な笑みを浮かべた――ように見えたのは、気のせいだろうか? おやっ、と思った時にはもう、いつも通りの優しく涼やかな笑みに戻っていた。


「水川薫くん。君はかわいい。女の子のようにかわいい。だけど、男だ。どうしても、女の子の持つかわいさには及ばない。残念なことに、ね」


 ……。

 何を……。

 何を言ってるんだ、この人は?


「私は神を憎んだよ! どうして君のようにかわいい子が女の子じゃないんだってね! もし君が女の子だったら、もっともおーーっとかわいかっただろうに! ああ、この世界はなんて残酷なんだ! 私にこんな仕打ちをするなんて、狂っている!」


 一人でヒートアップしていく佐倉先輩。

 荒れ狂うような声を紡ぐ口は悪魔のように吊り上がり、いつもは透き通った瞳は狂気にまみれ混濁している。


 エ、エクソシストを……誰かエクソシストを呼んできて……。

 きっと、佐倉先輩は悪魔に憑かれているんだ。そうじゃなきゃ、こんなこと言わない。こんな表情なんてしない……。


「だが!」

 佐倉先輩が勢いよく僕の両肩を掴んだ。

「神は私のことを見放したりはしなかった」

「え? え?」

「薫くん。今話題の性別変更薬――X777は知ってるかい?」

「あ、うん。知ってるけど……」


 半年ほど前のこと。

 アメリカかどっかの製薬会社が『X777(名前は適当に名付けたとか)』なる薬を発売した。この薬を飲むと、性別が変わる。

 男なら女に、女なら男に。


 性別を戻したい場合は、もう一度同じ薬を飲めばいい。

 つまり、変わろうと思えばいつでも性別を変えられるようになったのだ。

 もちろん、その薬を入手するためには様々な許可が必要だ。しかしそれでも、大金を積んだりコネクションを使えば、入手できないこともない。


 確か佐倉先輩の父親は、日本人なら誰しもが知っている大企業の社長だったはずだ。そして、佐倉先輩の母親は与党大物議員の娘で、政治家一族。

 金もコネも……ある。


 ごくり、と僕はつばを飲み込んだ。

 佐倉先輩はポケットから、カプセル剤(一錠)の入った小さな袋を取り出した。カプセルの表面にX777と書かれている。

 ま、まさかね……?


「佐倉先輩、これは……?」

「うん、X777だよ」


 佐倉先輩は爽やかな口調で言った。

 あまりにも爽やかすぎて、頭がくらくらする。


「えーっと……レプリカ?」

「本物だよ」

「……」

「嘘だと思うのなら、飲んでみればいい」

「いや、飲んだら、僕、女の子になっちゃうじゃん」

「そうだよ」


 佐倉先輩はもう一度僕の肩を、恐ろしいほどの力で掴んで、ぐいっと引き寄せた。

 キスの一歩手前ってほどに、僕たちの顔は近づいた。その気になれば、キスをすることも可能だ。だけど、シチュエーションにロマンスの欠片もない。


 多分だけど、僕は今、すごくまずい立場に立たせられている。狂気に飲み込まれた佐倉先輩が何を言い出すか、大体の予想はつく。

 そういえば佐倉先輩、こんなにもてるのに彼氏いないんだったよなー……。

 うん。


「薫くん、女の子になるんだ」

「え、えええええええええええええええ――っ!?」

「女の子になれば、私にとって理想の彼女になる」

「じょ、冗談は――」


「冗談じゃない。私は本気で言っているんだ」

「でっ、でも……」

「大丈夫。薬はもう一錠ある」


 すっ。

 X777の入った袋を二つ、僕に見せつける。

 そして、にっこりと佐倉先輩は笑った。


「戻ろうと思えば、いつでも男に戻れるよ」

「そ、それでも――」

「女の子になってみるのも、いい経験だと思うよ。女の子になれば体育のときも一緒に着替えられるし、温泉も一緒に入れる。どうかな?」

「うぅん……」


 女の子になってみるのもいいかもしれないなあ、なんて思い始めた。

 薬代は先輩が出してくれるし、戻ろうと思えばすぐに男に戻れるし、異性の生活がどういうものなのか体験してみるのも、いい経験になるだろうし……。


 それにそれに、佐倉先輩と一緒に着替えて、温泉にも入って……あれ? 別に僕が男でも恋人ならいろいろできるんじゃないか?


「実を言うとね、私はレズなんだ」


 唐突の告白。

「ふえっ?」

 はっきりと言われたので、僕は思わず声を出してしまった。


「百合ともいう」

「男に興味ないんですか?」

「ない――いや、なかった、と言うべきか」

 佐倉先輩は言った。

「初めてだよ。男性を好きになったのは」


 でもね、と続ける。


「今まで女性しか好きになってこなかったから、男性を好きになるってことに違和感を感じるんだ。君のことは大好きだけど、男性と付き合うのはまだ少し忌避感があるというか、その……」


 言い淀む佐倉先輩。

 女性が好きだった先輩が初めて好きになった男が僕。その事実に、優越感にも似た感情が、内から湧き上がってくる。


 男性と付き合うのは『まだ』少し忌避感がある――。

 まだ、ということは、いずれ男としての僕と付き合ってくれるということ。

 先輩が僕に慣れるまで――きっとほんの少しの間だろう――僕は女の子になろう。

 そう決めた。だから――。


「わかりました」

 僕は言った。

「僕、女の子になりますっ!」


 佐倉先輩は嬉しそうに笑った。

 純度一〇〇%の笑顔……だと思うけど……しかし、どことなく『企み』が成功したかのような、そんな、暗黒面が垣間見えたような気がしたのは気のせい、かな?

 気のせいか。


「ありがとう。大好きだよ、薫くんっ! さあ、薬を飲んで。ああ、水ならここにあるよ」

「えっと……今、ですか?」

「うん、今すぐに!」

「わ、わかりました」


 X777を口に入れ、渡されたミネラルウォーター(飲みかけ)で流し込んだ。

 飲んで一〇秒ほどで効果があらわれた。


「うっ……」


 めまい。

 世界がぐわんぐわんと回りだす。


 佐倉先輩が三人もいるや……。空が灰色に見える。あれ、今日は晴れてたはずだったけどな……。立ってるのがきつい。平衡感覚がおかしくなる。


「大丈夫かい?」


 佐倉先輩が、僕を支えてくれた。

 大丈夫です、と答えようとするも、言葉を発する余裕がない。

 体が熱くなる。体がものすごい勢いで、変化していく。

 やがて――


「うーん……」


 落ち着いたので、自分の体を確かめてみた。

 まず、触らなくてもわかる。胸が膨れ上がっている。体の肉質は筋肉質だったのが、柔らかくなっている。股間部にはあったはずの物がない。

 間違いなく、僕は女になっていた。


「かわいい……」


 佐倉先輩は女の子になった僕を見て、呆然と呟いた。何か怪しげな薬でも飲んだかのように、顔を上気させ、蕩けさせている。


「私の目に狂いはなかった。完璧だ。完璧な美少女だ。うへへへへ……」


 喜びのあまり、佐倉先輩はキャラ崩壊を起こしていた。

 いや、もしかしたら、普段は隠しているだけでこんなキャラなのかもしれないけれど……。


「あのっ……」


 元々男としては高めの声が、さらに高く――そしてかわいらしく――なっていた。アニメのキャラにいそうな声質だった。


「僕はこれからどうすれば……?」

「なあに、何も心配はいらないよ。君のご両親には私からちゃんと事情を説明するし、この学校の設立には父の会社がかかわっているから、そこも問題ない。君の友人たちも、きっと事情を分かってくれるだろう」


 先輩が何も心配はいらないと言うのだから、きっと大丈夫なんだろう。でも、いきなり僕が女の子になって、みんな戸惑ったりしないだろうか?


「これからよろしく、薫ちゃん♪」


 そう言って、佐倉先輩は僕のことを強く抱きしめた。


「よ、よろしくお願いします、佐倉先輩」

「ノーノー。名前で――文乃って呼んでよ」

「ふ、文乃さん……」


 ハグを終えると、今度は手を繋いできた。


「さあ、帰ろうか」

「はい」


 この後、僕が女の子になったことが知れ渡り、いろいろと大変なことになるんだけど、そこらへんの話は割愛させていただこう。


 何はともあれ、学校一の美少女である佐倉文乃先輩と付き合うことができたのだから、きっと僕の物語はハッピーエンドなのだろう。そういうことにしておこう。

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