【異世界恋愛】悪役令嬢募集中!

 ある日のこと。

 私はリスクの割りにリターンの少ないクエストを、不平不満を漏らしながらもなんとかこなして、冒険者ギルドへと這い戻ってきた。

 クエストをソロでこなすのは初めてだった。

 私は元々パーティーを組んでクエストをこなしてきたのだが、つい先日、そのパーティーが解散してしまったのだ! ……いや、解散というよりは『崩壊』と表現したほうが正しいだろうか。


 パーティーは私を含め、四人で構成されていた。

 男二、女二。

 三人とも顔見知りの間柄だ。――というか、幼馴染だった。


 私たち四人は王国の僻地にある貧しい村(なんと名前すらない!)で生まれ育った。村人が貧困から脱却するためには、冒険者となって一旗揚げるしかない。

 それがどんなに無謀で、危険なことかはわかっていた。だけど、私は――私たちは貧しい村人として一生を終えたくなかった。

 だから、私たちは賭けた。自分たちの才能に。自分たちの運に。

 それなのに……。


「はあ~~」


 受付嬢に報告を終え、金の入った皮袋を受け取った私は、冒険者ギルド内に設置されたベンチに腰を下ろした。皮袋はしなびていた。涙が出るほど軽かった。


「みじめだ……」


 パーティーの崩壊理由は色々とある。

 例えば、報酬の分け前配分でもめたとか。仲間同士の不仲で殺し合いに発展したとか、パーティーの大黒柱が死んでしまったとか……。

 ああ、あと、男女混合のパーティーだと、一人の男――あるいは女――を巡って、壮絶な戦争が発生した、なんて理由もあったりする。

 私のパーティーの場合は、それだった。

 女Aを巡って、男Aと男Bが殺し合ったのだ。

 私は一人、蚊帳の外。


 幼馴染の彼女は抜群にスタイルがよく、顔も可愛らしかった。性格も(表向きは)よかった。彼女にはとんでもなく邪悪な一面があったのだが、馬鹿な男はそんなことに気づくはずがない。

 私は常に彼女の引き立て役だった。


 さて、そんな彼女のことを昔は、二人とも気にしていなかったが、いつの間にか惚れていた。年を重ねるにつれて、彼女の魅力に気づいていったのだろう。

 彼らは歯が浮くようなセリフを――すぐ横に私がいるっていうのに――競うように放っていた。つまり、まあ、幼馴染を口説いていたというわけだ。

 で、彼女は――。



 両方と関係を持った。



 正確に言うと、他にも複数――計一〇人を超える男と同時期に付き合っていた。

 ちなみに私にはただの一人も男はいなかった。私の周囲の男は遍く彼女に吸い寄せられていったのだった……。 

 幼馴染二人は二人とも鈍感だったので、彼女が自分以外の男とも付き合っているとは、(当初は)夢にも思わなかった。彼女の隠蔽の仕方がうまかった、ということもあるだろう。

 まあ、私にはバレバレだったが……。


 しかし、彼女が両方に手を出していたことは、すぐに明らかになってしまった。彼女の中に油断があったのかもしれない。

 なんと、彼女は野営の際、大胆にも一方と森で逢引きしていたのだ!

 で、用を足そうとやってきたもう一人と、そこで鉢合わせ。

 当然、修羅場と化した。


 男二人は彼女を巡って、剣と魔法を用いての殺し合い。

 その結果、二人とも大怪我をし、病院へと運ばれていった。一方の彼女は二人のことなんて忘れて、どこか遠い街へと旅立っていった。

 そして私は――。



 ぼっちになった。



「はあ~~」


 もう一度ため息をつく。

 生きていくためには、金を稼がなくてはならない。金を稼ぐためには、クエストをこなさなければならない。

 見知らぬ人とパーティーを組むのはきついので、当分はソロで冒険者をしていかなければならない……。

 冒険者をやめて村に帰る、という選択肢はない。

 今更、どの面下げて帰れっていうんだ!

 というわけで、私はクエスト掲示板を見に行った。今日のうちにもう一つ二つくらい、クエストをこなしておきたい。金が足りないのだ。


「……ん?」


 そのクエストを見つけたのは偶然だった。

 掲示板の中央に貼ってあるとある依頼が剥がれかかって、隠れていた奥の紙がたまたま目に入ったのだ。

 紙には、



『悪役令嬢募集中!』



 と書かれていた。


「悪役令嬢……?」

 聞き覚えのないワードだ。固有名詞だろうか?

「ふ~む?」

 気になったので、紙を剥がして要項をじっくりと見てみた。



 悪役令嬢募集中!

 かわいいお嬢様(私)をいじめるだけの簡単なお仕事です! 

 募集条件:15~20歳程度の女性。演技力のある方

 期間:未定

 報酬:一日金貨一枚

 依頼人:リカ



「一日金貨一枚……」


 なかなか――いや、かなりおいしい仕事だ。だけど、仕事内容がよくわからない。

 お嬢様をいじめる? 演技力が必要? つまり、依頼人のお嬢様をいじめる演技をするって仕事なんだよね……?

 わけがわからない。

 いじめられることで、依頼人に何のメリットがあるのか。ドMか何かなのかな?


 とりあえず、募集条件に私は当てはまる。現在19歳。演技力があるかはわからないけれど、まあ、そこらへんはなんとかなるでしょ。

 問題はこの仕事がうますぎるということだ。うまい話には裏があるって言うし……。依頼人も信用に足る人物かわからない。


「うーん」


 紙を片手に硬直すること五分。

 私は覚悟を決めて、受付へと足を運んだ。


「あのー」

「あ、レイラさん」


 顔見知りの受付嬢が私に微笑みかけた。同年代ということもあって、仲良くしている子だ。名前はミアという。

 ミアは私の右手に握られたクエスト用紙を見て、


「クエストの受注ですか?」

「ええ」


 私は頷くと、紙をカウンターに置いた。


「これなんだけど……」


 ミアはその紙をまじまじと見て、


「あれえ? こんなクエストありましたっけ?」

「掲示板に貼ってあったけど」

「……悪役令嬢ってなんですか?」

「いや、それは私が聞きたいくらいなんだけど」


 二人して首を傾げた。


「何かの隠語とか、ですかね?」

「さあ」


 私は首を傾げた。


「それで、このクエストの依頼人なんだけど」

「ええ」

「このリカって人は信頼に足る人物なの?」

「う~ん……少々お待ちを」


 かわいらしい動作でミアは駆けていった。異性はもちろんのこと、同性からも好かれるタイプだ。私の幼馴染もこんな性格だったらよかったのになあ、なんて思った。

 何分かして、ミアが戻ってきた。顔がほんのりと赤く、興奮気味だった。


「どうだった?」

 私が尋ねると、

「すごいですよ、レイラさん」

 やはり興奮気味に言った。


「何が?」

「このリカって人。フルネームをリカ・リ・フォルマータ。わかりますよね?」

「うーん……? わかんない……」


 首をかしげる私に、大げさに驚いて見せるミア。


「フォルマータですよ。フォルマータ!」

「あー……」


 フォルマータ。

 どっかで聞いたことがあるような、そんなこともないような……。

 結局、わからなかったので、首を45度くらい傾け、へらへらと笑っていると、ミアが呆れた顔をしつつも親切に教えてくれた。


「フォルマータ家といえば、超がつくほどの名門貴族じゃないですか!?」

「超がつくほどの?」

「はいっ!」


 ミアが食い気味に言う。カウンターから身を乗り出す。


「御三家の一角ですよ!」

「ご、御三家……?」

「つまり、三大貴族です」

「え、超すごいじゃん」

「そうです。で、この依頼人のリカ様は、そのフォルマータ家のご息女なんです」

「それじゃあ、問題はなさそうね」


 世の中にはクエストを依頼しておいて、報酬を出し渋ったりするような、厄介な依頼人もいる。もちろん、最終的には正当な報酬が手に入るのだけれど、そこに至るまでが面倒だったりするので、『信頼できる依頼人』というのは、ありがたい。


「このクエスト、受けるわ」

「了解です」


 クエストの用紙に、ポンとハンコを押すと、ミアはフォルマータ家までの地図を書いてくれた。やはり、冒険者でギルドで働いているだけあって、地図は丁寧ですごくわかりやすい。


「頑張ってくださいね!」

「ありがとう」


 冒険者ギルドを出ると、日が暮れかかっていた。

 フォルマータ家に赴くのは、明日にしよう。

 私は安い定食屋で腹ごなしをすると、大衆浴場で身を清め、宿屋に帰った。持ち家なんてものはない。ああ、大きな家が欲しい……。

 疲れていたので、よく眠れた。


 ◇


 翌朝。

 貴族の家に赴くのだから、できるだけ綺麗な――そして上品な――恰好をしていったほうがいいだろう。そう思ったが、ろくな服がなかった。諦めていつもどおりの――つまりクエストをこなすときの――恰好をして外に出た。


 あー、太陽がまぶしいなあ。

 フォルマータ家までは徒歩で行くのはいささかきつかったので、奮発して乗合馬車を使った。これは経費だ。もしかしたら、依頼人が支払ってくれるかもしれない。

 二時間か三時間か。

 とにかく長かったが、ようやく到着した。


 荘厳な屋敷は丘の上に建っていた。敷地を囲うようにぐるっと背の高い塀があった。こんな屋敷を建てるのに、どれだけの金がかかるんだろう。庶民らしい感想だった。


「すごいなあー」


 バカみたいな顔をして、バカみたいに突っ立ってると、門が開いてメイドが一人やってきた。大貴族の家に仕えるのにふさわしい、上品で綺麗なメイドだった。


「冒険者のレイラ様ですね」


 それは質問というよりも、念のための確認だった。


「あ、はい」

「お待ちしていました。どうぞこちらへ」

「あ、はい」


 気の抜けたような声しか出せなかった。

 メイドに案内されて、ダンジョンのように入り組んだ、広々とした屋敷の中を歩く。観光ツアーに参加したような気分。

 やがて、依頼人の部屋の前でメイドが足を止めた。


「お嬢様、冒険者様をお連れいたしました」

「入って頂戴」


 失礼します、と言って私はおずおずと部屋の中に入った。

 部屋の中央にある椅子に、一人の女性が腰かけていた。

 黒くて艶のある髪は腰のあたりまで伸びていて、肌は青白く不健康な印象を受ける。年齢は私と同じか少し下か。顔の造形は整っているが、性格が少しきつそうな感じだ。意志の強さを感じる。私の幼馴染の、あの魔性の女のほうがモテそうではある。


「初めまして。私はリカ・リ・フォルマータ」

「レイラと申します」


 失礼ないよう、私は敬語を使った。


「そこに座って」

「あ、はい」


 高級そうなソファーに座った。思わず昼寝をしたくなるほどの座り心地。私が一年かけて稼ぐ金よりも、きっとこのソファーのほうが高いんだろうなあ、と思うとなんだか虚しくなってきた。


「こうしてきてくれたってことは、引き受けてくれるのよね?」

「ええ、もちろん」


 私はすぐに頷いた。


「ただ、一つ質問したいことがあるのですが……」

「質問?」

「ええ」

「何かしら?」

「その……悪役令嬢というのは一体何なのでしょうか?」


 おずおずと尋ねた私に、目をぱちぱちとさせるフォルマータ氏。


「あら? あなた、知らないの?」

「す、すみません」


 私は申し訳なさそうに謝った。彼女の口調からして、悪役令嬢というのは一般的な、知ってて当たり前の言葉のようだ。

 あれっ? だけど、ミアも知らなかったよねえ……?

 まったく学のない私が、悪役令嬢なる言葉を知らないのは不思議ではないのだけれど、冒険者ギルドの受付嬢であるミアが知らないというのは、少しおかしい。冒険者と違って、受付は幅広い知識が求められるはず。ミアが私と同程度の頭脳なら、冒険者ギルドの職員試験に合格できていないはずだ。

 ということは、我々一般市民にはわからない、貴族の間でしか使われていない言葉なのだろうか……?


「悪役令嬢というのが何か、教えていただけると助かるのですが……」

「あー……」


 フォルマータ氏は口をパクパクと開閉させた。餌を食べるときの魚みたいだった。

 何か失礼なことを言ったかな、と思ったが、どうやら私にどう説明しようか悩んでいるようだ。腕を組んでいる。


「しまったわ!」

 いきなり叫んだので、私はびっくりした。

「あーあー、私もいつまでも前の感覚が抜けないわねえ。あっちでも一般的な用語じゃなかったのに、こっちじゃ知ってる人なんていないわよね。あー、でもどうだろ? 私以外にも転生してきた人とかいるんじゃないかな? 私一人だけ特別なんてことはないだろうし。そうかー、そうよねえ」


 ……独り言?

 何を言っているのか、さっぱりわからない。

 困惑している私に気付いたのか、フォルマータ氏はとってつけたような笑みを貼り付けた。


「あら、ごめんなさい」

 形式的な謝罪をすると、フォルマータ氏は悪役令嬢について説明を始めた。

「悪役令嬢というのは、文字通り悪役のお嬢様ってこと。つまり、まあ、いじめっこね。で、あなたには悪役令嬢を演じてもらいたいの」

「演じる?」

「ええ」


 ああ、そういえば、クエストの募集条件に『演技力のある方』って書いてあったなー。ところで、私は誰をいじめる演技をすればいいんだ? それに、わざわざそんなことをする意味がよくわからない。


「誰をですか?」とまずは聞く。

「私を」


 私を???

 どういうこと???


「え、どうしてですか?」

「そうする必要があるから」


 事情を根掘り葉掘り聞くのは、よろしいとは言えない。余計なことを聞くのは厄介ごとを招くし、依頼人の機嫌を損ねる可能性もある。


「どうして私をいじめなければならないか。その理由を聞いておいたほうが、うまく演技ができるかしら?」

「いえ、大丈夫です」


 そう答えたものの、フォルマータ氏は私を無視して話を続ける。


「いいわ。教えてあげる」


 この人は話したがりなのかもしれない。


「私にはね、狙っている男がいるの」


 狙っている男……。


「好きな人がいる、と?」

「いいえ。好きじゃない。狙っている男、よ」


 彼女はそう訂正した。


「フォルマータ家は一応、三大貴族だなんて言われているけれど、実際は金も権力もない没落貴族なの。ま、落ち目ってことね」

「そうは見えませんが……」

 私は部屋を見回しながら言った。

「馬鹿ね。こんな家具、昔から使ってるものよ。これでもだいぶ売ったのよ」

「はあ……」

「あと数年で、フォルマータ家は破滅する」


 破滅する。

 断定口調だ。

 まるで未来を知っているかのように。


「どうして、破滅するとわかるんですか?」

「ここがゲームの世界だから」

「げーむ?」

「何でもない」


 ごほん、と空咳を一つ。


「とにかく! フォルマータ家は滅ぶの! このままじゃ、私の未来も真っ暗よ。そんなの嫌よ。せっかくこんないい家に生まれたのに、あんまりじゃない! だから、私は前途有望な人と結婚して、今の生活を――いや、もっといい生活をつかむのよっ! 成り上がりよっ!」

「それで、狙っている男というのは……?」

「三大貴族の一角。今や王族すらも超える権力を持つ、王国を陰で支配する一族――ランドール家よ」


 フォルマータ家も同じ三大貴族なのに、随分と格差があるようだ。

 それにしても、フォルマータ氏は様々な情報に詳しい。


「そして、私が狙うのはランドール家の長男、ジョセフ・ディ・ランドール」

「そのジョセフ様を狙うのに、どうして悪役令嬢とやらを演じなくてはならないのですか?」

「ジョセフ・ディ・ランドールは『正義の味方』なの」

「はい?」

「誰かがいじめられていたら、助けずにはいられない。そんな奴」


 なるほど。

 話が見えてきた。


「つまり、私がリカ様をいじめれば、絶対にジョセフ様が助けるはずだ、と」

「そう」

 フォルマータ氏は頷いた。

「そこでジョセフとの接点ができる。あの男はいじめにあうような、か弱い女が好みなの。だから、きっと私とのフラグが立つはずだわ。間違いない。ゲームではそうだった」


 ふと疑問が浮かんだ。


「ジョセフ様とは今までにお知り合いになるような機会はなかったのですか?」

「一応あったけど、喋ったことはほとんどないわ。それに、あんな場で喋ったところで、フラグなんて立ちはしないわ」


 フラグが何なのかはわからない。


「私はいつ、どのようにリカ様をいじめればよろしいのでしょうか?」

「あなた、年はいくつ?」

「19です」

「じゃあ、一個サバよんで18ってことで」

「はあ」

「あなたはとある貴族家の娘って設定でいくわ。私が通っている学校に転入して、悪役令嬢としてふさわしい地位を築き上げなさい。まあ、つまり学園の女王になるのよ」

「え、そんな。無理ですよ」


 私などただの冒険者。元々は村娘Aだ。


「まかせて。この私が全力でサポートするから」


 自信満々に言うので、どうにかなるような気がした。

 それに、学校に通えるのはとてもうれしい。私はこれまで学校と呼べるものに通ったことがなかったから。


「よろしくお願いします」

「さあ、ともに頑張りましょう!」

「はい!」


 ◇


 王立第一学院。

 そこは貴族の子弟たちが通う名門校。

 そんな学校に転入してから半年が経った。


 私はリカ様のサポートによって、学内カーストのトップへと上り詰めた。今までトップに君臨していた人たちは、カーストの下位へと転げ落ちた。

 学生生活そのものは楽しかったものの、女王様として(リカ様が)気に食わない生徒や、(リカ様にとって)邪魔な生徒を、どん底に突き落とすのは、正直のところ嫌だった。

 しかし、いまさら『おりる』わけにはいかない。嫌な仕事でもこなさなければならない。お金だって結構な金額をもらっているし、衣食住も提供してもらっているのだから。


 リカ様はクラスではおしとやかなお嬢様として通っている。その獰猛な本性はしっかりと隠している。

 表向き、私とリカ様の間にかかわりはない――いや、なかった。

 つい先日、私(と配下)がとある女子生徒をいじめているときにリカ様がやってきて、その子をかばった。


「あなたたち、いじめなんてして恥ずかしくないの?」

「リカさん……」


 女の子は泣きながらリカ様に抱きついた。


「大丈夫、エリーさん?」

「はい……」


 女の子の名前はエリー・ディ・ランドールという。名字を聞けばすぐにわかると思うが、彼女はリカ様の狙っている男――ジョセフ・ディ・ランドールの妹だ。

 妹を助け、代わりにいじめられる。

 これで、ジョセフ様とフラグがばっちり立つらしい。


「なに、あんた? この子をかばうっていうの?」


 私はできうる限り高圧的な口調をした。

 演技は慣れだ。最初は苦労したものの、だいぶうまくなってきた。


「ええ、そうよ」

「ふうん、生意気ね」


 そこで、私は悪魔のような笑みを浮かべた。


「もうこいつをいじめるのにも飽きたし、今度はあんたをいじめてあげるわ」


 あはははは、と声を出して笑った。演出である。


「私をいじめるのは構わないわ。その代わり、もうこの子をいじめないで」

「ええ、いいわ。あなただけをたーっぷりかわいがってあげるわ」

 私は言った。

「ね?」


 配下たちが一斉に頷いた。


「エリーさん、行きなさい」

「で、でも」

「私は大丈夫だから」

「は、はい」


 エリーさんは走って去っていった。彼女がいなくなるのを確認すると、リカ様の雰囲気が変わった。


「これで完璧だわ」

「そうですね」

 配下の一人が言った。


 彼らは皆、リカ様の配下だった。どうやって配下にしたのかは知らない。何らかの弱みを握ったのかもしれないし、何か(金とか物)をあげたのかもしれない。まあ、そのあたりのことは聞かないほうがいいかなあ、と思ったので、聞かないでおいた。

 世の中には知らなくていいことがたくさんある。


 私がリカ様に従っていることは、彼らももちろん知っている。

 しかし、彼らは私に『レイラさんも大変ですね』と憐れみと同情の混じったことを言った。どうやら、私が金で雇われているとは知らないらしい。多分、脅されて従っていると思っているのだろう。


「あとは、エリーがジョセフにこのことを告げるのを待つだけ」

「でも、大丈夫でしょうか?」


 気の弱そうな女の子が言った。


「何が?」

「私たち、学校を退学になったり――」

「大丈夫。私からジョセフに頼むから、あなたたちは退学にはならない」

「ジョセフさんって喧嘩強いし、僕たちぼこぼこにされるんじゃ……」


 違う子が心配そうに言う。


「大丈夫。彼は正義の味方だけど――いや正義の味方だから、暴力をふるったりはしないわ」


 配下たちを落ち着かせると、リカ様は去っていった。

 私たちも解散して、それぞれの寮へ戻った。


 ◇


 それから何日かして。

 私たちがリカ様をいじめている(演技)をしていると、ジョセフ・ディ・ランドールがやってきた。文武両道、眉目秀麗、そして恐ろしく人望のある男だ。直情的なところはあるけれど、性格もいい。恐ろしいまでのハイスペック。


「君たち、エリーから話は聞いたぞ」

「話ってなあ~に?」


 私はまさに悪役令嬢と化していた。


「君たちはいじめを行ってるらしいな!」

「いじめ? 何言ってるかわかんないんだけど? 私たちはただ、マナーのなっていない子たちを躾けているだけよ? 教育よ。きょ・う・い・く」


 ちらっ。

 私はリカ様の配下たちにアイコンタクトを送る。


「そうだそうだ」

「きょういくだー」

「私たちは何も間違ってない」

「あほー、あほー」


 どいつもこいつも棒読みだった。

 無理やり言わされてる感が半端ない。まあ、実際その通りなんだろうけど……。


「大丈夫? リカさん」

「はい……」


 憔悴しきった顔で、リカ様は頷いた。名演技である。

 リカ様をかばうように、ジョセフ様が前に立った。


「これ以上、彼女をいじめるようなら、ただじゃおかない」

「ぼ、暴力反対」

 配下が声を震わせながら言った。


「僕もできれば暴力をふるいたくない。だけど、君たちがこれ以上好き勝手するのなら、少し痛い目にあってもらう」


 そう言って、ぱきぱきと拳を鳴らす。

 配下の全員が私を見る。


「くっ……。仕方ないわね。覚えておきなさいっ!」


 捨て台詞をはいて、私たちは立ち去った――振りをして、私だけ建物の陰に隠れて、様子をうかがった。


「怪我はないかい?」

「ええ……」


 リアリティを重視するのなら、いくつか軽い傷を作っておくべきだったと思う。しかし、リカ様は自分の体に傷の一つもつけたくないのだろう。

 幸い、ジョセフ様はそのことに疑問を抱くことなく、


「よかった」


 ほっと胸をなでおろした。

 さて、この後リカ様はどうするんだろう? どうやって彼と恋仲になるんだろう? ジョセフ様の中でのリカ様の好感度はいかほどなんだろう?

 そんなことを思いながら、固唾をのんで見守っていると――。


「えっえぐっ……えぐっ……」


 リカ様は声を出して泣き出した。

 声の出し方は少しわざとらしいような気がするけれど、両目からはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちている。怪演だ。

 ジョセフ様からは『泣かないように必死に我慢していたけれど、いじめっこがいなくなり緊張の糸が切れて泣き出してしまったかわいらしい女の子』にしか見えないだろう。

 実際、その通りのようで……。


「怖かっただろう」


 そう言って、リカ様の頭を優しく撫でた。

 私は強く抱きしめるのだろうと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。まあ、そんなに知らない女の子を、いきなり抱きしめたらセクハラになっちゃうものね。

 リカ様はジョセフ様の胸に顔をうずめて泣いた。その際に、獲物を捕らえた蛇のように、ぎゅうっと抱きしめた。

 ジョセフ様は抱きしめられたことに戸惑いながらも、別に嫌というわけではないようで、顔をほんのり朱に染めつつ、リカ様のことを抱きしめた。


 クエストの終わりが見えてきた。この半年間、学校に通えて楽しかった。人間関係ではいろいろあって大変だったけど……。

 学生生活が終わる寂しさと、もう人をいじめたりしなくていいんだ、という解放感が同時に襲い来る。

 私はこれからリカ様にもらったお金で生活しつつ、この半年でなまりきった体を鍛えなおし、再び冒険者として生活していくのだ――。

 そうなると思った。


 しかし、現実は理想のはるか斜め上をいった。


 ◇


 その日。

 私はリカ様とジョセフ様の婚約記念パーティーに出席していた。

 私が学校を転校(実際はやめて冒険者に戻った)してから、一年がたっていた。


 どうして、いじめの主犯格(演技だけど)である私が招待されたのか、まったくもって理由がわからないのだけど、まあ招待されたし行ってみるか、という軽いノリでこうしてやってきたのだ。

 広々とした会場の隅で、目立たないように飲み物を飲んでいると、パーティーが始まった。会場をきょろきょろと見まわしてみると、かつての(リカ様の)配下たちの姿があった。


 あれっ? どうしているんだろう?

 彼らの表情は一様に引き締まっていた。何らかの固い決意を心に秘めているかのように。

 そして、そんな彼らの様子に、胸騒ぎのような嫌な予感がした。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。ランドール家の長男ジョセフ・ディ・ランドール様とフォルマータ家長女リカ・リ・フォルマータ様の婚約記念パーティーを始めさせていただきます。まず初めに、今夜の主役であるお二方に、壇上へ上がっていただきましょう」


 リカ様とジョセフ様が壇上に上がる。

 幸せいっぱいの笑みを浮かべるリカ様とは裏腹に、ジョセフ様の表情はすぐれない。先ほど見かけた配下たちと同じような表情をしている。

 私は配下の人たちがいたほうへ目をやった。しかし、そこには彼らはいなかった。


「それでは、リカ様」


 頷くと、リカ様は話し始めた。


「私とジョセフは昔にほんの少しだけ喋ったことがあるだけの間柄でした。そんな私たちがこうして親しくなったのは、学院に在学していたときのことでした。

 昔、私はいじめにあっていました。それは凄惨なものでした。相手はグループで、私ひとりじゃどうしようもなくって……でもそんなときにジョセフが助けてくれたのです。ジョセフは私にとってのヒーローです。だから彼とこうして婚約できるなんて――」



「白々しいな」



 一瞬の静寂。


「……え?」


 リカ様がジョセフ様を見た。

 全員の視線がジョセフ様へと集まった。

 私はこの後どうなるか、なんとなく察しがついた。


「残念だが、お前の悪事はもうすべて明らかになっている」

「あ、悪事って一体……」


 うろたえるリカ様を無視して、ジョセフ様は誰かに向かって手招きをした。

 やってきたのは――。


「僕たちはこの女に脅されたんです」

「『命令に従わないと、学校にいられなくなるぞ』って言われました」

「こいつはとんでもない腹黒女です」

「すべてこいつが悪いんだ!」

 ――かつての配下たちだった。


「彼らは学院時代、多くの生徒をいじめていた――いや、リカに脅されて仕方なくいじめていた人たちです」


 あちゃあ……。


「そして――」


 あ、目が合った。

 ジョセフ様は私の名前を呼んだ。


「来てくれ」


 どうしよう、と迷ったものの、全員の視線が私に集中したものだから、いまさら知らぬ存ぜぬを決め込むことはできない。


「別に君を断罪するつもりはない」

 ジョセフ様は優しい声音で言った。

「なぜなら、君もまたリカの被害者なんだからね」


 いや、被害者かって言われると、それは違うと思うんだけど……。だって、私は脅されたのではなく、お金で雇われていたのだから。

 口の中はからからで、言葉が何一つ出てこない。

 ぎこちない動作で壇上まで上がったが、やはり言葉は出てこない。口をパクパクと開閉させただけ。


「かわいそうに。言葉も出ないんだね」


 違うんです。

 言葉が出ないのは事実だけど、恐怖とかそういう感情じゃないんです。

 ジョセフ様は『リカ様の罪』をすべて告白した。自分と結婚するために行った悪逆非道の数々を、恐ろしく雄弁に、恐ろしく詳細に語った。それらはすべて合っていた。私が悪役令嬢となった経緯を除いて――。


「これが、彼女の――リカ・リ・フォルマータの罪のすべてです」


 静寂ののちの騒めき。

 泣き崩れるリカ様。

 あまりの展開に呆然としている私。


「よって私は――」


「やめてええええええええええええええ!」


 何を言われるのか分かったのだろう。リカ様は叫びながらジョセフ様の脚に縋りついた。


「お願い、お願いします。それだけは、それだけは――」



「ジョセフ・ディ・ランドールは、リカ・リ・フォルマータとの婚約を破棄する!」



「うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 リカ様の叫びは、声が枯れ尽きるまで続いた――。


 ◇


 その後のこと。

 私はいろいろとリカ様にお世話になったこともあり――そして、冒険者と依頼人の関係でもあるので――ジョセフ様に説得を試みた。つまり、フォローしようとしたのだ。


『確かにリカ様のやったことは間違っているかもしれない。でも、彼女は本当にあなたのことが好きだったんです。あなたのことが大切だったんです。すごくショックを受けているので、会いに行ってもらえませんか』などなど……。


 実際のところ、まったくもってフォローにはなっていなかったけど……。

 私の話を聞いてジョセフ様は予想外のことを言い出した。


「僕は感動したよ」


 は? 感動? どうして?


「リカにあんなひどい目にあったのに、それでも彼女のことを気遣ってあげるだなんて」


 いや、別に私はひどい目になんて合ってないんだけど……。


「僕がずっと求めていたのは、君のように心の美しい女性だ」


 え? この人は一体何を――


「僕と付き合ってくれないか?」

「いや、私なんてただの冒険者ですよ」

「身分なんて関係ないさ」

「でも……」

「じゃあ、友達からでも」

「……」


 友達くらいなら、まあいいか。

 妥協してしまった。

 それから、ジョセフとの関係は少しずつ近づいていき――。



 気が付けば結婚していた。



 当初は私が名もなき村出身の冒険者ということもあり、親族一同結婚に反対していた。しかし、ジョセフの粘り強い説得もあり、最終的には認めてくれた。


 リカ様は不幸に、私は幸せになった。


 ◇


 時が過ぎるのはあっという間で、結婚から10年。長女は8歳、長男は5歳になった。

 二人が草原ではしゃいでいる間、私は大きな木の木陰で、幹にもたれながら空を見ていた。考えるのは、リカ様とのこと。すべては『悪役令嬢募集中!』と書かれた紙を見つけたところから始まった。彼女は今、どこで何をしているんだろう?


「悪役令嬢、かあ……」


 きっと、人を脅して影から操り、ジョセフと結婚することを企んだリカ様は、悪役令嬢そのものだったのだろう。

 そして――。




「ジョセフをリカ様から奪って、一人で幸せになった私も悪役令嬢そのものなんだろうな」









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