手を差し伸べた、ただそれだけ――。
さなゆき
第1話
割れる窓、逃げる人々、手の先には――少女。
ビルの屋上で、落ちない様に柵を掴んでいる僕。
なぜ、どうして。
この手を放せば、楽になれるのに!
家族の期待や、人付き合い。そういったものが嫌になって、逃げだしたかった。
今日はいい天気。
人生の幕を下ろすのには、丁度いいって思った。
遺書はない。
カバンを置いて、靴を脱ぎ、柵を超える。
ここから一歩踏み出せば、すべて楽になれる。そう思っていたんだ。
ゴゴゴ……。
不意に、地鳴りがした。
ビュイッ! ビュイッ!
カバンの中のスマホが鳴り響く。――地震警報だ!
程なく、目の前が揺れる。屋上もたわんでいるような気がする。かなり大きい地震だ!
いつの間にか僕は、必死に柵を掴んでいた。
不意に――。
「きゃあっ!」
悲鳴が聞こえた。
視線を右に移すと、女の子が落ちそうになっているじゃないか!
柵を掴んではいたが、手は震えている。
このままじゃ危ない!
「大丈夫!?」
声をかけると、不安そうに僕を見る。
「怖がらないで、手を掴んで!」
女の子が僕の手を掴もうとすると、一層大きい縦揺れが来た!
「あ……!」
柵から女の子の手が離れた。
とっさに、手を伸ばして掴む。
柵を握る手に力がこもる。
離すもんか、離してたまるか――!
――やがて地震は収まり。僕らは屋上で無事を確かめ合う。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます……」
荒い息。上下に揺れる肩。
僕は急に生を実感する。
「景色を見に来たら急に、地震が起きて……」
怖かった、と震える彼女。
僕は助けた命を思い、もう少し生きてみることにした。
●
私は、彼の去った屋上を見渡す。
よかった。助けられた。
飛び降りたら、きっと後悔するから。私のように。
私の姿は、夕焼けに溶けた。
手を差し伸べた、ただそれだけ――。 さなゆき @sanayuki
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