第191話 ゴメイサ観光
セレストは中世ヨーロッパ風。だけど食べ物は和食だった。最初に行ったドックとリゲルの辺境のドックが西部劇の舞台のウエスタン風。帝都アンタレスは、今は無くなってしまったらしいが、近未来風の高層ビル群だった。ドラゴンの住むフォーマルハウトは密林のジャングルだったし、さて、ゴメイサはどんな場所だろう。
プロキオンは、社とかあって和風な感じだったから、ゴメイサもそんな感じだろうか。
俺とチハルはシャトルポッドでゴメイサの地表を目指した。のだが、地表がなかった。ゴメイサは全て水でできた星であった。といっても、流動的な不定形の星ではなく、普通の星で地殻に相当する部分は氷でできた氷殻で、両極には氷の大陸があった。赤道付近の海には人工島が作られていた。
「観光するとなると、人工島で海を楽しむか、氷の大陸で雪と氷の世界を楽しむかになるが、
チハルはどちらがいい」
「氷の大陸」
「あれ、そうか」
チハルに選ばせておいてなんだが、俺は南の海が選ばれると思っていた。やっぱ、バカンスといえば暖かな南の海だろう。何を好き好んで極寒の地に行きたがるのだろうか。
「氷の大陸は寒すぎないか」
「シールドを使えば寒さは気にならない」
まあ、シールドがあれば宇宙空間に出られるわけだから、地上の寒さなど問題にならないだろう。
「それに、せっかくの水着回を私だけで使ってしまうのはもったいない」
まあ、そうかな。胸に『ちはる』と書いた旧スク水姿のチハルにも需要はあるかもしれないが、せめてビキニ姿のリリスは外せないよな。
そんなわけで、俺たちは氷の大陸に来てみたが、チハルの格好に呆気に取られた。
「チハル、随分と厚着なんだな」
チハルはセーターやらコートやら着膨れするほど重ね着し、ご丁寧にマフラーまで巻いていた。
「雪国に来るならこれくらい普通」
確かに行き交う人たちもコートを着ているが、そこまでは着込んでいない。
「さっき、シールドがあれば寒くないと言ってなかったか」
「それは事実」
確かに俺は普段着姿だが、シールドのおかげで全然寒くない。
「だからといって普段と同じ格好では風情がない」
まあ、チハルの言っていることももっともだが、その、達磨のように着込んだ姿が風情があるかと聞かれれば微妙である。
「郷に入れば郷に従え。雪国では寒さを楽しむのも旅の醍醐味の一つ」
それはそうかもしれないが、俺には寒さを楽しむ気には慣れない。だからといって、俺はスキーもスケートもできないし、引き篭りだった俺の冬の楽しみといえば炬燵に蜜柑くらいなものだ。他に何をしろというのだろう。チハルと雪だるまでも作るか?
「キャプテン、あれ」
どうするか考えながら歩いていると、チハルが俺の服の裾を引っ張り何かを指差した。指差す先には雪まつりの会場を案内する掲示が貼ってあった。
「雪まつりか。いいんじゃないかな行ってみよう」
「そっちじゃなく」
チハルは雪まつり掲示の隣を指しているようだが、きっと気のせいだろう。
「ほら、チハル、早く行くぞ」
俺は足早に雪まつりの会場に向かう。
「キャプテン、待って」
チハルも仕方なさそうに俺についてきた。
雪まつりの会場は雪像やら雪でできた迷路やらで賑わっていて、出店で買った食べ物をカマクラで休憩しながら食べることもできた。
まずは、チハルと一緒に雪像を見て回る。
ニット帽に両手にはミトン、ブーツを履いた雪だるまの雪像は、この雪まつりの公式マスコットのようだ。雪像の説明が書かれたプレートには「ユキ=ダ=ルマモンと雪の妖精」と書かれていた。両頬が赤丸になっているところが、前世のゆるキャラを思い起こす。それにしても、ルマモンの周りを雪の妖精が飛び回っているが、どういう仕組みなのだろう。
他には、何かの物語の主人公だろうか、剣を掲げた少年とドラゴンの雪像や、馬のような動物に跨がる王女の像など、どれも手の込んだ造りである。無理やり連れてきて無愛想になっていたチハルの機嫌もなおってきたようだ。
「キャプテン、これ」
チハルが足を止めたのは、イケメンの青年に巫女姿の女性が祈りを捧げる雪像の前だった。しかも、その女性にはキツネを思わせる耳と尻尾があり、よく見るとなんとなくタマさんに似ている。これって、タマモの像かな。となると、男の方は……。
「皇王とタマモの像」
俺が思い至った推測は、チハルがプレートを読み上げたことによって間違いではないとわかった。
「俺はこんなイケメンじゃないけどな」
「まるで別人」
いや、確かにそうだけど、何故だかチハルに俺は不細工だと言われた気がするのは気のせいだろうか。
「チハル、そろそろ出店で何か食べないか」
早くその場から離れたくて、俺はチハルにそんな提案をする。
「ん、わかった」
チハルの了承が取れたので一緒に出店に向かおうとすると、進行方向から大声をかけられた。
「おい! そいつを捕まえろ」
正面からルマモンだと思われる雪だるまの着ぐるみが人々に追われて走ってくる。まん丸で手も足もろくに出ていないゆるキャラのくせに、走る速度はすごい勢いだ。特に足はブーツの部分しか出ていないのに、追いかけている人たちとの距離はどんどん開いていく。あれは、どうやって走っているんだ。
追われている理由はわからないが、追いかけている人たちは血相を変えていて、只事ではないことはわかる。ユキダモンの格好をしたスリかひったくりだろうか。それなら見逃すわけにはいかない。俺はユキダモンの進路を塞いだ。
しかし、ユキダモンはそのまま進んできて、ヒラリと俺をかわすとそのまま逃げ去っていく。
「こら! 待て」
俺は踵を返すとユキダモンを追いかけた。しかし、足元は雪が踏み固められたアイスバーン、思うように走ることができない。一方、ユキダモンはアイスバーンでも速度を落とすことなく逃げていく。
「キャプテン! 捕まって」
このままでは逃げられると思ったところで、チハルが後ろから現れ、俺の手を掴んで引っ張りながら凄い勢いで走り出した。幸いアイスバーンで抵抗なく引っ張られているが、普通なら引き摺られているところだ。
それにしても、チハルはこんなに速く走れたのか。
「チハルがこんなに走るのが速いなんて知らなかったよ」
「アシスト付きローラーシューズ。もちろん雪国仕様」
なるほど、それを履いているからアイスバーンで俺を引っ張って走れるのか。そうなると、ルマモンも同じような靴を履いているのだろう。
「しかし、よくそんなもの用意していたな」
「雪国に来るなら標準装備」
「標準装備なのか」
俺は普通の靴だがな。
ルマモンとの距離は段々と詰まってきているが、追いつくまでにはもう少しかかりそうだ。雪まつり会場を出て、気がつけばここは先ほど会場案内の掲示があった場所である。
「チハル、そっちは……」
「大丈夫、必ず追いつく」
ルマモンとチハルは、雪まつり会場とは別のもう一つの会場へと入っていく。会場入り口にはデカデカと「リュージュ体験コース会場」と書かれていた。
入り口から入ると係員がルマモンに一人乗りのソリを渡していた。ルマモンはそれを受け取ると躊躇いもなく超上級者コースを滑り降りていった。
「チハル、あれって超上級者」
「任せて」
チハルはなぜか着ていたコートやセーターを脱ぎ捨て薄着になる。
「お二人様ですね。こちらをどうぞ」
係員に二人乗りのソリを渡され、指示されるまま、あれよあれよと言う間にチハルを抱えるようにソリに乗ることになった。
「それでは、3、2、1、GO!」
「ゴウ!」
「ごう、じゃないよー。なんでこうなったー!」
ビューーーン!!! いきなり速い。氷面が近いから体感スピードが半端ない。実際にスピード出てる。風がすごい、顔にバシバシ当たってくる。落ちていくような浮遊感が堪らない。
「ギャアアアアア! カーブだ。チハルどうするんだ」
「合わせて体を傾けて」
俺はチハルに合わせて体をグッと右に傾けて……。
「グォォォォ……」
曲がった! でも、Gは凄いし、コースの外に飛ばされそうで怖い。
「うおおおおおおお! さらに加速するのか」
ビューン! ビューン! ゴオオオオオオッ!!! 耳元で風の音が凄まじい。スピードがえぐい。これ、時速何キロ出てるんだ!?
「グオオオオオ……。アアアアッ、ウワアアアアアア!!!」
速すぎる、速すぎる! コーナーの度に体がビュンビュン振り回される! アアアアアア!
コース中に俺の雄叫びが響き渡る。
そして見えてきたゴール。最後の直線でスピードを上げようとチハルが俺を押し倒すようにもたれかかる。そんなに力を込めて寄りかかられると痛いのだが。
そして、あっという間にゴール。ファー。やっと終わった。力が抜けて、脱力してしまったが、肝心なことを忘れていた。
「ルマモンを捕まえないと」
「ルマモンならここにいる」
ソリを先に降りたチハルが捕まえたようだ。楽しそうに手を繋いでいる。
ん? 楽しそう?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます