第151話 その頃パンドラ公爵は、帝都

「ラリッサ夫人、今日はよく来てくれた」

「パンドラ公爵のお誘いですから、お断りできませんわ」


 なんだかんだと理由をつけ、私の誘いを五回に一度しか応えていないくせに、よく言ったものだ!

 それでも、こうして誘ってしまうのは、やはり彼女が魔性の女だからだろうか?


「夫人なら、ニクスと呼んでくれていいのだぞ」

「あらやだ。ニクス。それなら私のことを夫人などと呼ばないでくださいね」


「そうか、そうだなラリッサ」


 今日は、ラリッサをアンタレスで一番格式の高いホテルのレストランに招いていた。

 既に何度か誘いをかけているが、なかなか色良い返事がもらえていない。

 だが、今日こそは、食事だけで返すつもりはない。


 たわいもない会話をしながら食事を進め、その後は、もう少しお酒でも飲もうと、押さえてある部屋に誘い込めばいい。


「そういえばニクス、巷でM4要塞のことが噂になっているわ。本当のところはどうなの?」

「M4要塞か……」

 よりによってその話か。今一番の話題だから仕方がないが、もっと無難話題が良かったのだが。


 突然M4要塞がいなくなってしまって、市民の間で様々な憶測が流れている。


「ここだけの話だぞ。実はM4要塞は奪われてしまったんだ」

「まあ! 噂話は本当だったのね」


 ここだけの話と言ったが、別に他でしゃべられても構わない。むしろ喋ってもらった方が都合がいい。


「それで、誰が盗んでいったの?」

「皇王だ!」


「皇王? それはドラゴンなの?」

「いや、皇王はドラゴンではない」


「そうなの? 噂ではドラゴンが目撃されたとの話よ」


 それは竜姫だろう。竜姫以外のドラコンは流刑星に閉じ込められているからな。

 しかし、竜姫がドラゴンになって逃げ出すとは想定外だったな。

 皇王がそそのかしたのか?


 流石にドラゴンのことは、ラリッサに教えるわけにはいかない。


「何かの見間違いだろ?」

「竜姫が攫われたとの噂もあるわね」


 噂では攫われたことになっているのか……。逃げ出したよりはその方が都合がいいか。


「それは本当だ。誰にもいうなよ!」

「わかっているわ。そう、竜姫が攫われたのね……」


「もしかして、娘のことか? 助けられなくてすまなかったな」

「娘? ああ、コーディリアのこと? もしかして気にかけてくれていたの? あんなの別にどうでもよかったのよ。男の気も引けないようじゃ、生きている価値もなかったでしょうから」


 竜姫に殺されたようなものだから、気にしているのかと思ったが、自分の娘だというのに、まったく気にしていなかったのか?

 助けようと弁護人を雇って、無駄なことをしてしまったな。


「そんなことより、竜姫が攫われたのに、ニクスは私と食事をしていていいの?」

「他の三公爵はあたふたしているが、私は管轄外だからな。大丈夫だ、帝国軍がきっと助けてくれるさ」


 M4要塞も、竜姫も、帝国軍のことも、全て私の管轄外だ。

 これで、帝国軍がM4要塞と竜姫の奪還に失敗すれば、何もしなくても私の一人勝ちだな。


 竜姫を失うのは痛いが、私にはまだ切り札があるからな。帝国軍が失敗した方が都合がいい。

 そうなれば、この機会に他の三人を追い落としてしまおう。


「ですけど、竜姫が攫われて、帝王陛下は気が気ではないでしょね?」

「うむそうだな」


 本当はこの星にいないから、そんなこと知りようがないがな。


「でしたら、私、お会いしてお慰めしたいわ」

「帝王陛下をか?」


「駄目かしら?」

「駄目に決まっているだろう!」


 この女、帝王に取り入る気か? どこまで強かなのだ?!


「第一、帝王陛下はドラゴンだぞ!」

「あら、ニクスもドラゴンの子孫なのよね?」


 公式には公爵はドラゴンの子孫となっている。

 確かに、帝国ができたときの初代四公爵はドラゴンだった。


 帝王は、ドラゴンとヒトの融和を図るために、ドラゴンの公爵にヒトの嫁を取らせた。

 その政策はうまくいって、ドラゴンとヒトは仲良くなった。


 だが、ドラゴンとヒトの間には子供ができない。

 そのため、子供が欲しい嫁にせがまれ、嫁の親族から養子を迎えることになった。

 やがて養子の子供は成人し、公爵位を引き継ぐことになる。


 その子孫が今の四公爵だ。つまり、ドラゴンの血など混じっていない。

 しかし、これは一般には知られてはいけない秘密だ。


「まあ、そうだがな。帝王陛下はヒトとはお会いしない」

「そうなの? それは残念だわ」


 残念だと言っているが、あれはまだ諦めていない顔だな。


 彼女が次に何を言い出すか警戒していると、側近の一人がやってきた。


「ニクス様!」

「なんだ、こんな時に? 後にできないのか?」


「緊急事態です!」

「なにがあった?」


「クーデターです!」

「クーデター?」


「ゴルドビッチ将軍が蜂起しました!」

「チッ。だから帝都防衛軍を動かすのはまずいと言ったんだ!」

 私はラリッサがいるのも忘れて、声を荒げてしまった。


「あら、大変なことになったようね?」

「すまない。私はこれで失礼する。そうだ、外は危険かもしれない。部屋がとってあるから好きに使ってくれ」


「そう。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」

「そうしてくれ。この埋め合わせはまた今度」


 私は、ラリッサへの挨拶もそこそこに、次の行動に移る。


 籠城するか、帝都から逃げ出すか迷うところであるが、帝都から逃げ出すには、軌道エレベーターを使わなければならない。

 そこを抑えられていれば逃げ出すことは不可能だ。


 それに、時間が経てば、竜姫を追っていた帝国軍が戻ってくるだろう。

 どう考えても取るべき道は籠城だ。


 籠城するなら、一番安全なのは公爵邸だ、私は、急ぎ秘密通路から公爵邸に戻るのだった。


 既に、王宮の方からは火の手が上がっていた。


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