第141話 その頃将軍は、裁判所

 皇王襲撃事件の裁判は、ほぼ、こちらの想定通りに進んでいた。


 ウィリーが俺に不利な証言をするのは想定内だ。

 大体、証拠となる事情聴取の録画があるのに、わざわざウィリーを証人として弁護側が呼び寄せたのは、自分たちでウィリーが来るのを邪魔しておいて、それを俺がしたように見せかけ俺の印象を悪くするためだ。

 そんな、せこい裏工作をちまちまと、あちこちに仕掛けてくる。本当に、この国の奴らは腐っていやがる。


 俺の調べでは、四公爵の一つが裏で糸を引いているようだ。

 あの男爵に公爵との伝手があったとは驚きだ。


「裁判長、このように、コーディリアには被害者を殺そうとする動機がありません。ですので、被害者を襲撃する様に命令したのは、セバスの証言通りゴルドビッチ将軍ではないでしょうか」


 弁護側の弁論は終わったようだ。


「裁判長、弁護側が命令を下したとするゴルドビッチ将軍に証言の許可をお願いします」

「ゴルドビッチ将軍、証人として証言を許可します」

 検察官が裁判長に許可を取った。

 俺は立ち上がって証言を始める。


「先ず初めに、俺は被害者を襲撃するように命令していない。命令したのは、コーディリア・ブリエルで、セバスはそれを喜んで実行したようだ」

「何か、証拠があるのかね」


「証拠はあるし、証人もいるぞ」

「証拠とは一体どんな物かね」


「襲撃に使われた、スコーピオFの艦内カメラの録画映像だ。今ここで流して、皆さんに見てもらおうではないか」


 流された映像には、セバスと攫われたセイヤの婚約者が、会話をしている場面が映っていた。


『奴が来る前に死なれては、人質の役に立たなくなるな。楽しむのは奴を殺してからにするとしよう』

『一体、あなたたちは何者なのですか?』

『何者かって? そうだな、教えておいてやるか。我々は帝国軍だ。もっとも、私は今は男爵令嬢の執事をしているがな』

『帝国軍がなんでセイヤ様の命を狙っているのです?』

『お嬢様の命令だ。ライセンス講習の時一緒になって、気に食わなかったようだな』

『気に食わなかったからと命を狙っているのですか!』

『お嬢様は気性が激しい方だからな』


「ご覧のように、セバスがはっきりとお嬢様の命令だと言っている。それに、セバスは明らかに喜んで犯行を行っているし、コーディリアの動機も気に食わなかったからだと言っている」


「その映像は捏造した物だ。スコーピオFは、皇国に拿捕されたのだぞ。その艦内カメラの映像があるわけがない」

 弁護士が大声で反論した。

「なに、簡単なことさ。皇国に言って映像を送ってもらった」


「皇国とは戦争をしていただろう。敵国の情報など信じられるか」

「現在、シリウス皇国とは停戦している。それに、この映像の提供元は被害者である皇王だ」


「皇王からの情報だと、そんな物余計に当てになるか!」

「それは、皇王が嘘つきだと言っているような物だぞ。外交問題になりかねない発言だが、撤回する気はないか?」


「くっ。それについては撤回しよう。だが、その証拠が本当に皇王からの提供された物であるか怪しいものだな」

「ならば、この証拠が本当に皇王から提出された物だと証明できればいいのだな」


「そんなこと、どうやって証明するつもりだ。本人を連れて来て証言させるつもりか?」

「それはいい考えだ。ちょうど本人もいるので聞いてみよう」


 俺が合図をすると、セイヤがためらいながら立ち上がった。

「えー。被害者で、証拠の提出者のセイヤです。一応皇王ですが、職業は個人事業主です」


「そいつが皇王なのか?!」

「下手なことを言うと、不敬になるぞ」

「ぐっ」


 帝国において、帝王の権力は絶対だ。逆らえば不敬となり、その場で処罰されることもある。

 皇王が、その帝王と同格だとなれば、弁護人としても迂闊なことは言えまい。


「信じられない奴もいるだろうから、皇王の紋章を見せてもらおう」

「うーん。まあ、そうだね」

 少し渋ってから、セイヤは了承した。


 セイヤの魔力を込めると、左手に紋章が浮かび上がり光り輝く。

「おおー」

 法廷に響めきが起こる。

 これでセイヤが皇王であることを疑う者はいなくなっただろう。


「セイヤ様、この証拠は真実で間違い無いのですね」

 裁判長がセイヤに尋ねる。

「映像なら間違いないぞ。それに、男爵令嬢本人から届いた、犯行現場への呼び出しの通知なんて物もあるぞ」


 弁護士は苦虫を噛み潰したような顔をしているが、これ以上何か言うつもりはないようだ。

 被告席に座っている、セバスはこちらを睨んでいるが、動く様子はない。一方で、男爵令嬢は暴れ回って、警備兵に取り押さえられている。

 何か叫んでいるように見えるが、声は聞こえない。


 それをセイヤも不思議に思ったのだろう。

「裁判長。あれは、何か叫んでいるように見えますが?」

 手を上げて質問していた。


「あれか、あれは、裁判中に暴言が多いので、許可がないと声が出ないようにしている」

「ああ、なるほど。それは賢明なご判断です。ですが、俺としても、なぜ命を狙われたのか気になります。気に食わなかっただけで命を狙われるのはちょっと納得がいきません。少しあれと、話をさせてもらっていいですか」


「希望とあれば応じよう。コーディリア発言を許可する」


「この変態、痴漢、強姦魔。死ね!」

「随分な言われようだね。俺が何をしたと」


「私が気絶している間に、破廉恥なことをしたでしょ」

「気絶? 事故で心肺停止になっていた時のことかい?」


「そうよ。その時、私が意識がないのをいいことにスケベなことしたでしょ」

「そんなことはしていないぞ。蘇生処置しただけだが」


「それよ。私の胸を揉んだり、あまつさえ、口付けしたでしょ」

「そんなことはしてないぞ。魔導ナイフで電気ショックを与えただけだ。体には指一本触れてないぞ」


「そんなの嘘よ」

「いや、嘘は言ってないぞ」


「そんなの嘘に決まっているわ。大体、その前から私をいやらしい目で視姦していたじゃない」

「言いがかりはやめてほしいな。俺にはリリスという婚約者がいるから、他の女性をそんな目で見ることはない」


「どうだか。その婚約者に隠れて、よろしくやっているんじゃないの」


「やめなさい! それ以上は皇王への侮辱ですよ」

 突然竜姫が声を上げて、男爵令嬢の発言を遮った。


「発言を撤回し、皇王に謝罪しなさい」

「なぜ私が、こんな奴に謝罪しなければならないのよ。第一、竜姫だか、なんだか知らないけど、偉そうに。ドラゴンだという話だけど、本当はどうなんだか」


「王族をドラゴンでないと疑うのは不敬ですよ。今のは聞かなかったことにして差し上げますから。口を慎みなさい」

「なにを偉そうに。本当にドラゴンだとしても、だから何よ。ドラゴンなんて、所詮畜生じゃない。偉そうにするんじゃないわよ!」


「そうですか。それは残念です」


 竜姫が目を閉じて俯いた。次の瞬間、男爵令嬢の首が飛んでいた。

 竜姫付きの騎士が、ためらいもなく無言のまま、男爵令嬢の首をはねたのだ。

 何度か見たこの光景。王族への不敬は、その場で打首だ。それが帝国でのルールだ。


 全く、馬鹿な娘である。折角公爵家が助け舟を出していたのに、それを不意にするどころか、自ら首を絞めるなんて。


「法廷が汚れてしまいました。今日は閉廷ですね。皇王には私が謝罪します。別室にお越しください」

「え。あ、はい」


 セイヤは呆気に取られていたようだ。なんとか竜姫に返事をする。


「俺が案内しよう」

「ああ」


「大丈夫か?」

「ああ、あれのことだから、喋らせれば、やらかすだろうと思っていたが、まさか、その場で首をはねられるとはな……」


 セイヤには、かなりショックだったようだな。だが、うまい具合に竜姫に近づけることになった。

 この機会を生かして、セイヤには帝王の居場所を探ってもらうことにしよう。


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