第140話 裁判

 帝都アンタレスに着いてから三日後、いよいよ今日、裁判が行われる。

 俺たちは、昨日までは、帝都の散策や、買い物などをして過ごしていたが、今日は朝から目立たないようにフードを被り、裁判所の控室に入っていた。


「セイヤ、ブルドラ、チハルも今日は頼むぞ」

「執事が、俺を襲ったのは、男爵令嬢の命令だったとわかればいいんだろ。チハルが色々準備してくれたし、大丈夫だぞ」

「俺様は、竜姫がドラゴンか確認すればいいのだな」

「準備万端」


 将軍に会うのは、ハマル以来だ。今日は軍服に身を包んでいた。


「僕はどうでもいいのか? 本来証人として呼ばれているのは僕だぞ」

 ウィリーが少し拗ねたように、将軍に食ってかかる。


「勿論、ウィリーがいればこそだ」

「わかっているならいいさ」


 この二人はどういう関係なのだろう。

 お互いに帝国の現在の体制に不満があるようだが、どの様に知りあったのだろう。

 将軍が所属する軍と、ウィリーの航宙管理局は、あまり仲が良くないと聞いている。

 それに、将軍は元平民で、伯爵家のウィリーとの接点が浮かんでこない。

 二人とも、現体制に不満がありますと言って回っているわけでもあるまいし。

 もしかすると、そういった組織が既にあるのか。


 俺がいる間に、クーデターや革命を起こさないでくれよ。

 まさか、巻き込まれやしないか、少し心配になってきてしまった。


 あれこれ考えているうちに時間になったようだ。俺たちは、控え室から法廷に移動した。

 法廷に入廷すると、既に大半の人が着席していた。正面に裁判官、左手が検事で右手が弁護士だろうか。だが、被告人の男爵令嬢たちと、竜姫はまだきていないようだ。


 俺たちは証人席に着席する。俺たちの後ろには傍聴人席もあるのだが、ほとんどが空席だ、取材記者だと思われる人が何人かいるだけだった。

 関心が持たれていないのか、一般に公開されていないのか、どちらにせよ、あまり人がいないのは俺にとってはありがたい。取材記者がいる時点で今更だが、できるだけ目立ちたくない。


 俺たちが着席すると、被告人である男爵令嬢と執事が入ってきた。リリスを攫ったメイドの姿は見えないが、アンドロイドである彼女は、裁判を受けることはないのだろうか?


「ウィリーさん、メイドは裁判に出席しないんですかね」

「彼女は、執事が捕まった時点で、既に完全に初期化されていたようだよ」

「初期化ですか。それは記憶が消されていたということですか?」

「記憶だけじゃないよ。『仕様』も消されているから、殺されて生まれ変わったといった方がいいね」

「そうですか……」


 俺は思わずチハルのことを考えてしまう。チハルの記憶も『仕様』も消えてしまったら、それはもはやチハルではないだろう。

 なんだか切ない気持ちになっていると、係の者から号令がかかった。


「竜姫様が入場されます。一同起立。黙礼」

 法廷内の全員が立ち上がり、頭を下げる。

 若干一名不満そうにしている男爵令嬢がいるが、それでも文句は言わず、頭を下げている。


 竜姫が一段高い席に着席すると、係の者が直れの号令をかけた。

「直れ、着席」

 それに合わせて、全員がお辞儀を止め席に着いた。


 俺はブルドラに小声で確認した。

「どうだった?」

「なかなかいい女ではないか」

「いや、そうじゃなくて、竜姫はドラゴンだったか!」

「ああ、間違いなくドラゴンだ。俺のハーレムに加えてやろう」


「静粛に。これより開廷します。前回に引き続き審理を始めます」

 俺達が小声で話し合っていると、裁判長がそう宣言した。既に何回か裁判が行われているようだ。


「先ずは弁護人、弁論を行なってください」

「私が問題としたいのは、そもそもこの襲撃を命令したのは誰かということです」

「裁判長」

「検察官なんだ」

「それについては、コーディリア・ブリエルが逮捕時に、自分がセバスに命令したと認めています」

「それは、憲兵隊が急に部屋に押し入ってきたため、気が動転して憲兵の言うことを認めてしまっただけです。セバスは、命令したのはゴルドビッチ将軍だと証言しています」


「俺はそんな命令はしていない」

「証人は勝手に発言しないように」

 将軍は裁判長に注意を受ける。


「第一、コーディリアには被害者を殺そうとする動機がありません」

 弁護人が男爵令嬢に動機がないことを指摘する。

 確かに、男爵令嬢は俺の何がそんなに気に入らなかったのだろう。俺も少し気になっていた。


「コーディリアはライセンス実習の事故の件で、被害者を逆恨みしていました」

「だからといって、殺そうとは思わないでしょう。それに、本当に逆恨みしていたのですか。それは、検察が彼女にいらぬことを吹き込んだからではないのですか」

「検察がそんなことするわけないだろう」

「ならいいですが。裁判長。証人の証言を聞きたいのですがよろしいですか」

「許可しよう。弁護人の証人は、航宙管理局の職員だったか。証人、発言を許す」


「航宙管理局事故調査班主任のウイリアム・アーロンテリアです」

 ウィリーが立ち上がって名乗りを上げた。

 ウィリーは弁護側に証人として呼ばれていたのか?


「では、アーロンテリア殿、あなたがライセンス実習の事故の事情聴取を担当したのは、間違い無いですね」

「はい。私が担当しました」


「私もその時の録画を見ましたが、コーディリアは事故で心肺停止になり死にかけたところを、被害者によって助けられていますね」

「はい、船の記録には、被告の生命活動が一時的に停止したと記録されています。その船には、被告と被害者しか乗っていませんでしたから、蘇生処置を行なったのは被害者で間違い無いでしょう」


「被害者は、コーディリアにとって命の恩人です。そんな相手を殺そうとするでしょうか。それに、録画では、アーロンテリア殿は、助けられたお礼を言うべきだと、コーディリアに言われていますね」

「はい、確かにそんなことを言いました」


「それで、コーディリアはなんと返事をしましたか」

「確か、後でたっぷりとお礼をすると」


「彼女はお礼をすると答えたのですね。なら、とても被害者を恨んでいるようには思えませんね」


 それ、逆の意味のお礼だろ。俺は危なく声をあげて弁護人に突っ込むところだったが、なんとか自制した。


「アーロンテリア殿、ありがとう。聞きたいことは以上です」

「証人は座っていただいて結構です」


「裁判長、このように、コーディリアには被害者を殺そうとする動機がありません。ですので、被害者を襲撃する様に命令したのは、セバスの証言通りゴルドビッチ将軍ではないでしょうか」


 結局、ウィリーは将軍の不利になる証言だけして終わりになった。

 多分、ウィリーは本当のことを証言したのだろうが、これでいいのだろうか?

 将軍は、わざわざ、ハマルまで行って、ウィリーを護衛しようとしていたんだよな。

 これなら、ウィリーを来られないようにして、証言させない方が、将軍としては良かったのではないだろうか?


 俺は疑問に思いながら、裁判の成り行きを見守った。


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