第133話 その頃アリアは、セレスト

「お嬢様!」

 私は叫んで止めようとしたが、リリスお嬢様と乙女巫はシャトルポッドの中から掻き消えた。

 言葉通りなら、乙女巫が乗って来た船に転送されたのだろう。


 それはここから宇宙船で四日の距離だということだ。とてもシャトルポッドで行ける距離ではない。

 お嬢様を追いかけるには、宇宙船が必要だ。

 そうなると、カイトさんの船を当てにする他ないだろう。


 私はそう判断して、セレストの王宮に戻ることにした。


 王宮の庭にシャトルポッドを着陸させると、ステファさんたちが王宮から出てきた。


「侵入者はどうなったの?」

「侵入者はスピカ神聖国の乙女巫でした」


「乙女巫! 本人だったの?」

「どうもそのようです」


「なんで乙女巫が……。それで、リリスさんは? 神殿で交渉しているの?」

「それが、乙女巫と一緒にセイヤ様を追いかけて行ってしまわれました」

 私は俯くことしかできなかった。


「え?! どういうこと?」

「お嬢様は転送で、乙女巫の船まで行って、そのまま帝国に向かわれるようです」


「転送って、そんな遠くまで行けるものなの?」

「わかりませんが、少なくとも、乙女巫は転送で神殿に現れたようです」


「それが本当なら、こちらに向かっていた艦隊は引き返すことになるはずだけど……」


 その時、ステファさんのカードに通知がきた。ステファさんはそれを確認する。


「カイトからだわ。艦隊が進路を変えたって」

 カイトさんは、正体不明の艦隊の後ろをこちらに向けて航行していたはずだ。

 艦隊が進路を戻るなら、このままいけば、すれ違うことになるだろう。


「カイトさんに、お嬢様を連れ戻してもらうわけにはいかないでしょうか?」

「それは難しいでしょね。まして、リリスさんが自ら行ったのであればなおさらよ」

「そうですよね……」

「カイトには予定通りこちらに来てもらって、私たちはそれで帝国に行きましょう。リリスさんも帝国に向かっているなら、少し遅れるけど合流できるはずよ」

「わかりました」


 現状ではそれ以外に方法がないだろう。


 四日後、カイトさんが到着する前に、聖女がセレスト王宮にやって来た。


「セイヤ様が帝国に行ったってどういうことなの?」

「帝国にドラゴンを探しに行かれたようです」

「ドラゴン? なんで、ドラゴンなんか」


 私は聖女に今まで経緯を説明する。


「え? お姉さまはスピカと一緒に先に行ったの。いつの間にそんな仲になったのよ」

 それは、私も疑問だった。

 お嬢様と、乙女巫は以前からの知り合いのように話していた。

 私の知る限り、お嬢様と乙女巫の接点はない。

 お嬢様が子供の頃から仕えていた、私が覚えていないのだから間違いないはずだ。

 だとしたらなぜ? 一つだけ可能性として思い浮かぶことがあった。


 元々私は、教会の出身で、聖女様を守るための護衛としての訓練を受けていた。

 訓練は厳しかったが、聖女様を守れるようになるならば、辛くはなかった。


 将来、聖女様になるだろう赤子のララサさんが連れてこられた時、私はこの子を生涯守っていくのだと漠然と思っていた。

 しかし、ララサさんが三歳になった時、ご両親に連れられて、リリス様もやって来た。

 そして、リリス様を見た時、ハッキリと自覚した。

 私が守るべきは、リリス様だと。


 それがなぜなのか、私にもわからなかった。

 ただ、自分なりに推察してみたことはあった。

 もしかしたら、リリス様とララサさんは、生まれてすぐに取り違えられたのではないかと。

 本当は、リリス様が聖女になるべきお方なのではないかと。


 その考えを思いついてからは、教会での訓練に身が入らなくなった。

 結局、私は、教会を離れ、大公に頼み込んでリリス様の侍女にしてもらった。


 聖女になったのはララサさんだったが、私の中の聖女様はリリス様だった。


 もし、本当にリリス様が聖女様だったとしたら。


 アマンダルタ第一王女の話によると、聖女様は女神シリウスの化身だという。

 ならば、リリス様は女神シリウスの化身だ。


 女神スピカが顕現したのが、乙女巫のスピカだとすると、女神同士で知り合いの可能性がある。

 それならば、私が知らないところで、二人が知り合いだとしてもおかしくない。


 私はまた、馬鹿なことを考えてしまったと、頭を振って自分に都合の良いその考えを頭の中から追い出した。


 しばらくするとカイトさんも到着した。

「ステファ。久しぶり。それと皆さんも。あれ、そこの子は初めてかな? カイトといいますよろしく」

「初めまして。プロキオンの大使で、セイヤ様の眷属見習のヨーコです」

「へー。大使なのか凄いね」

「凄くなんかありません。仕事はスタッフがやってくれますし……」


「カイト、悪いけど、挨拶が済んだら早速帝国に向かってくれる」

「そんなに急かすなよ。依頼だからわかってるって。行くのは、ステファとアリアさんと、ヨーコちゃんでいいのかな。リリスさんはスピカの船で先に行ったんだよね」

「私も連れて行ってください」

「聖女のララサさんだっけ。定員的には乗せられるけど、どうなんだステファ」

「聖女も一緒にお願い」

「わかった。それじゃあ、聖女も合わせて四人だな」

「ありがとうがざいます」


「それじゃあシャトルポッドで衛星軌道の俺の船に乗ってくれ。えーと。四人だから、誰か俺と一緒に」

「では、私が」

「アリアさんか。それじゃあ出発しよう」


 私は、カイトさんのシャトルポッドに乗り込んだ。


「カイトさん、こちらに向かっていた艦隊は、スピカの物で間違いないのですよね」

「それは間違いないな。艦隊の中心にユートピア号がいたからな」

「それが、乙女巫が乗る船なのですか?」

「そうだね。ちょっと特徴的な船だから間違いないよ」


 ユートピア号、そこにお嬢様もいらっしゃるはず。

 お嬢様が、本当の聖女様であろうとなかろうと、私が守るべきはリリス様だ。必ず追いついてみせる。


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