第126話 黄昏

 チハルたちの乱入により、十分に温泉を堪能できなかった俺は、そのまま部屋に戻り寝てしまった。


 翌朝、早い時間に目を覚ました俺は、リベンジとばかりに温泉に行くことにした。

「チハルは……、よく寝ているな。ブルドラは、まだ戻ってないのか? 何やってるんだ、あいつ」


 ブルドラのことは気になるが、チハルが寝ている内に温泉に入ってこよう。

 俺は昨日の貸切風呂でなく、大浴場に向かった。

 男湯ならば、チハルが来ることはないだろう。


 朝早いこともあって、大浴場には他に客が数人入っているだけだった。

 俺は昨日、ゆっくりできなかった分、存分に温泉を堪能した。

 やはり元日本人としては、温泉は堪らんな。

 時間を気にせず、長湯していたら結構時間が経っているようだ。

 温泉から出て、部屋に戻ってみると、チハルは起きていたが、ブルドラは戻っていなかった。


「おはよう、チハル。ブルドラはどうした?」

「おはよう、キャプテン。ブルドラは、昨夜から戻ってない」

「どこに行ったかわかるか?」

「知らない」


 チハルは行き先を知らないようだ。

 まあ、そのうち戻ってくるだろう。


 そう思っていたが、チェックアウトの時間になってもブルドラは戻ってこなかった。


 さて、どこに行ったのやら。探して回るしかないか。

 俺とチハルは温泉街を散策しながら、ブルドラを探して回る。

 しかし、手がかりもなく、ただ闇雲に探しても見つかるはずもない。


「チハル、ハルクからなら見つけられるか?」

「人型をとっているとハルクからだと難しい」


 ハルクはまだ、ステーションに係留したままだ。持ってきても、見つけられないのでは意味がない。


「私に、いい考えがある」

「お。何か名案が浮かんだのか」

「まずは、必要なものを手に入れる。多分、こっち」


 俺はチハルに連れられて路地裏に入っていった。


 路地裏を抜けた先にあったのは、肉屋?

「少し待ってて、交渉してくる」

 そう言ってチハルは建物の中に入って行った。そして、出てきた時には一羽の鶏を抱えていた。


「うまく屠殺前のものを譲ってもらえた」

 肉屋でなく、屠畜を行う食肉センターだったのか。

「鶏なんかどうするんだ?」

「鶏が怯える方にドラゴンがいる。ドラゴンレーダー」

「コケコ」


「なるほど。でもうまくいくのか?」

「物は試し」

「コケコケコケ」


 チハルは鶏を抱えたまま、くるりと一回転した。

「向こうが怪しい」

「コココ」

「まあ、他に手がかりもないし行ってみるか」


 俺たちは鶏の反応を見ながら進み、温泉街を抜け、山に登り、崖の上に出た。

 そこにブルドラがいた。ドラゴンレーダー、侮り難し。


 崖の縁で、ブルドラは何やら思い悩んでいる様子だ。


「どうしたんだ、こんな所で黄昏て。ブルドラらしくもない」

「いや、どんなに人間の女を大勢侍らしてみても、結局、心の穴は埋められなかった。所詮、俺は一人きりのドラゴンなんだと思ってな……」

「なんだ、そんなことで黄昏ていたのか。もうすぐ、ドラゴンの仲間の所に行けるじゃないか。それに、行きずりの女では心の穴は埋められなかったかもしれないが、俺とお前は友達だろ。心の穴は俺が埋めてやるぜ」


 勢いに任せて、何やら臭いセリフを言ってしまった。このロケーションのせいか?


「そうだな。俺とお主は友達だな。お主なら心の穴を埋めることができるだろう。では、これを頼む」


 俺は、ブルドラから何か渡される。

「これは?」

「昨日、お姉ちゃんたちを連れ歩いた飲み屋の請求書だ」

「なんだって!」

 俺は請求書を確認する。


「なんだ、この額は、これ一晩で使ったのか! それに一枚だけでなく、四枚も」

「朝まで飲み歩いていたからな。だが、なぜか、だんだんと女の子が増えていってな。ヒトの増殖速度は早いな」

「別に増殖したわけではないだろう。しかしよくもまあ、これだけ使ってくれたもんだ」


「まあ、お主は個人事業主なのだろう。接待費というやつだ。必要経費だな」

「こんなの必要経費で落とせるわけないだろう。リリスになんと説明すればいいんだ」


「なんだ、もう尻に敷かれているのか」

「そういう問題じゃない!」

 俺は頭を抱えた。


「キャプテン。取り込み中だが、緊急事態」

「ん? チハル、何があった」

「セレストを守備している、オメガユニットが警戒モードに入った」

「なんだって? セレストで何があったんだ!」


 俺たちは状況を確認するため、シャトルポッドを呼び寄せ、急ぎハルクに戻ったのだった。


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