第92話 お茶会

 俺とステファは、第二王子の婚約者であるマーガレット嬢に、お茶会に招かれて、王都にあるフルド辺境伯の屋敷に来ていた。

 そのお茶会は、俺たちだけでなく、もう一人招かれた客がいた。

 第二王子かと思ったが、やって来たのは、予想外に妙齢な女性だった。


 誰だ? ステファなら知っているだろうが、肝心のステファが緊張しているようで、ガチガチだ。とても役に立ちそうにない。

 ステファがこの状態ということは、それなりの実力者ということか。


 仕方がない。本人に直接教えてもらおう。

「本日は同席させていただきます、セイヤといいます。お名前をお伺いしても?」

「あなたがセイヤさんなのか。私は、アマンダルタPシリウス」


 アマンダルタということは、第一王女か。

 マーガレット嬢は、第二王子の婚約者だろ。それが何で第一王女と繋がっているんだ?


「セイヤさん。失礼だが、フルネームを伺ってもよろしいか」


 フルネームか。あまり明かしたくなかったんだが、既に知られているのだろうから、隠しても意味がないか。逆に、なぜ、わざわざ聞くのだろう。


「セイヤSシリウスといいます」

「S?」

「セイヤ セレスト シリウスです」

「そう。本当にシリウスなのか。それも、セレスト。そうですか」


 ミドルネームがどうかしただろうか。俺の兄たちも、父上も、皆んなS、セレストだぞ。


「立ち話もなんですから、挨拶がお済みなら、あちらのガゼボの方に移動しませんか」


 整えられた庭園の奥に、緑の屋根に、白い柱のガゼボが見える。


「そうですね。その方がいいでしょう」


 マーガレット嬢の先導で、アマンダルタ第一王女、少し離れて、俺とステファが庭園を歩く。


 しかし、第一王女は見た目は妙齢の王女様だが、喋っていると王子を相手にしているようだ。

 第一線で国を取り仕切っている、といわれているのも頷ける。


 少し歩くと、ステファが俺の服の裾を引っ張る。なんだ。振り向くと手招きをする。

 顔を寄せると、ステファは小声で喋り出した。


「第一王女に嘘をついては駄目よ」

「嘘をつく気はないけど、なぜだ?」

「第一王女は嘘を見抜けるのよ」


「それは魔法か何かか?」

「多分、そうよ」

「そうか。気をつける」

 それは厄介な魔法を持っているな。

 交渉ごとでは勝てないだろう。


 ガゼボでお茶をいただきながら、ゆっくり寛ぎたいところであるが、そうもいかない。

 折角第一王女と同席したのだ、有効に使わないと。


「アマンダルタ殿下は、日頃からマーガレット嬢と親交が深いのですか?」

「いや、今回は、たまたまお誘いいただいただけだ。貴重な機会を作ってもらい、ありがたく思っている」


「私としては、プロキオン方面が不安定になられては困りますからね」

「あれ。マーガレット嬢のフルド辺境伯領は、プロキオンとは正反対ですよね?」

 フルド星は、シリウス星系の中でも一番プロキオンから遠い位置にある。


「そうですが、フルドは外敵からシリウス星系を守る砦。内情不安で兵力を持っていかれてはたまりませんから」


「そんなに外敵に備えなければならない状況なのですか?」

 国境を接しているのは連邦だった筈だ。

 だが、連邦には王女が嫁にいっている筈だ。それなら、そこまで緊迫した状態ではないと思うのだが。


「外敵といっても、相手は人ではありませんわ。バッタですの」

「バッタ?」

 バッタとは昆虫のバッタだろうか? それともバッタもん、偽物のことか。バッター、打者ということはないだろう。


「ご存知ありませんか。なんでも食べちゃう厄介者なんです。一匹一匹は、決して強くないにですが、集団でやってくるので、対処に困っていますの」


「えーと、それが宇宙空間にいるのですか?」

「ええ、そうですよ。星域外からやって来るので、フルドで食い止めようと、てんてこ舞いなのです」


「それは大変ですね。軍が対応しているのですか?」

「軍だけでなく、ギルドにもお願いしていますの。そういえば、セイヤ様もギルドに加入されていましたよね。手伝っていただけないでしょうか?」


「そうですね。ギルドで依頼内容を確認して、俺でできるようであれば……」

「ちょっと待った!」

 第一王女が慌てて待ったをかけた。どうしたのだろう。


「その依頼を受ける前に、こっちの問題を片付けてもらいたい。マーガレットもそれで呼んでくれたのではないのか?」

「そうでした。バッタ退治は、アマンダルタ殿下の問題が片付いてからお願いしますね」


 アマンダルタ殿下の問題とは、話の流れから、プロキオンのことだと思うが、何があったのだろう?

「それで、アマンダルタ殿下の問題とはなんです?」


「率直にいうと、このままセイヤさんが皇王に就くと、プロキオンがシリウス皇国から独立することになりかねない」


 それはまた、穏やかではないな。

 だが、俺にとってはどうでもいいことなのだが。


「なら、俺は皇王に就くことを辞退して、セレストに帰るよ」

「そんなわけにはいかない」

「そうだよ、セイヤ、法律で決まっていると話したよね」

 ステファは俺に逃げられると、また、自分にお鉢が回って来るからな。必死だ。


「なら、法律を変えればいいじゃないですか」

「それが今更改正できないのだ」

「セイヤ様、その法律の改正には、国民の三分の二以上の同意が必要です」

「それは随分と多いな……」


「しかも、今セイヤ様が巷でなんと呼ばれているかご存知ですか?」

「え、俺、世間に知られているの?」

「世間では、セイヤ様のことは英雄と呼ばれています」

「英雄? なんでまた」


「帝国に囚われた姫君を助け出し、そればかりか、敵艦を拿捕し、帝国を撤退に追い込みました。国民にとって、これ以上の英雄はいません」


「ちょっと待った。その話は間違いだらけじゃないか。

 帝国に囚われた姫君とは、ステファのことだろ。

 なら、自分で逃げ出したんじゃないか。

 それに、敵艦を拿捕したのだって、アカネの兵士たちだし、それを率いていたのは、やはり、ステファだろ。

 英雄と呼ばれるべきなのは、ステファじゃないか!」


「私はそんなものには、なりたくないわよ」

「俺だって、なりたくないぞ」


「二人とも欲がないというか、何というか……」

 マーガレット嬢が呆れている。


「そんなわけで、今法律を改正することは不可能だ」


「はぁー。で、俺はどうすればいいんですか?」

「私と一緒に、プロキオンへ行ってもらいたい」


 プロキオンは、第一王女の母親、王妃の実家だったな。

 第一王女が自ら出向いて説得するということか。


「条件によっては協力しないでもないが、俺がシリウスから離れて問題ないのですか」

「それは問題ない。こちらから、ギルドを通して、私をプロキオンまでエスコートする依頼を、指名依頼で出そう」

 第一王女の依頼で行くことになるから、責任は第一王女が持つということか。


「国王との会談の予定はどうなります?」

「プロキオンから戻って来てからになる。どうせそれまで準備が終わらないだろう」

「王との会談の準備って、何をしているんです。時間がかかりすぎでしょう」


「聞いてないのか? パレードだ」

「パレード? 誰の?」

「勿論、目の前にいる英雄のだ」


「俺か! そんなのは、勘弁願いたいのだが、国王は俺を英雄にしたいのか?」

「皇王になるのが決まりなら、それを有効に使う気なんじゃないか?」

「そういうのは、会談が済んでからにして欲しいのだが、そっちがその気なら、こっちも好き勝手にやらせてもらうぞ」


「わかった。パレードは会談が済んでからにするよう話しておこう」

「会談の結果、パレードはしないことになるかもしれないがな」

「それは、会談の結果に従うさ」


 その後、第一王女と条件を詰め、俺はプロキオンまでの護衛を引き受けることになった。


「それでは三日後に」

「よろしく頼む」

「話し合いが無事に済んでよかったわ」


「私、来た意味、あったのかしら?」

 ステファがボソリと呟いた。


 お茶会も済み、お菓子のお土産ももらって、辺境伯の屋敷を出たところで、カードに通知が届いた。

「どうしたのよ?」

「いや、カードに通知が。チハルからだな……」

「何かあったの?」

「ベルさんが攫われたそうだ」


 リリスが巻き込まれていなければいいが、心配だ。


「ベルさんって、アイドルの? 一大事じゃないのよ」

「それが、攫ったのは元のメンバーらしい」

「ベルさん、元メンバーに会いに行ってたのよね」

「そのはずだが、よくわからんな」


 おれもステファも困惑気味だ。

 こちらから連絡すると、すぐに、チハルがシャトルポッドで迎えに来た。


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