第90話 昔々、ダイダロスは

 俺の名前はダイダロス。周りのみんなからはダイと呼ばれている。


 今は、マゼンタ教授の研究室で研究生をしている。

 生まれは平民だが、成績優秀なので特待生として、研究生になることが許されている。


 そんな俺の研究内容だが、無限に魔力を生み出す皇家の紋章の謎を解き、それを利用して魔力の発生装置を作ることだ。

 これにより、誰でも魔力の恩恵に与れ、貧富の差も解消されるだろう。


 この研究を進めるうえで一番の問題点は、なんといっても、現在、皇家の紋章は、ハルルナ皇女殿下しか持っていないことだ。

 研究を進めるには、皇家の紋章を分析するしかない。必然的に、平民の俺が、皇女殿下の手を取ることになる。

 普通なら、顔を合わせることすら難しいのに、言葉を交わし、身体に触れることになるのだ、周りからの批判の声が多数届く。中には脅しのようなものまであった。


 だが、皇女殿下は俺が話しかけ、身体を触ることを、まるで気にかけていないようで、逆に、皇女殿下から声をかけてくださることさえある。


 皇女殿下は気さくな方で、俺の先生であるマゼンタ教授とも、友達のように話をしているところをよく見かける。

 マゼンタ教授によると「マブダチ」なのだそうだ。


 皇女殿下の積極的な協力のおかげで、研究の方は、ある程度の成果が見えてきた。


 皇家の紋章から引き出される無限の魔力の元は、異世界であるとするマゼンタ教授の説を元に、皇家の紋章の解析結果から、異世界に繋がる、次元の壁に穴を開ける装置の開発に着手した。

 その実験機が出来上がり、試験を行う段階まできたのだ。


 実験機では、なんとか次元の壁に亀裂を入れることに成功した。

 亀裂からは高い魔力が吹き出したが、すぐに塞がってしまった。

 亀裂を入れるのには、膨大な魔力が必要で、長い時間亀裂を維持することはできなかった。

 亀裂からは高い魔力が吹き出しているのに、それは、魔力が高すぎて、逆に利用できなかった。


 その後も俺は皇家の紋章の解析を進め、次元シールドの開発に成功する。

 このシールドにより、次元の壁を突き抜けることが可能となった。

 しかし、これも使う魔力が多すぎて、とても実用的なものではなかった。


 未だに、異世界の高い魔力を有効に利用する方法は見つかっておらず、実験の度に、次元の壁に穴を開けるため、無駄に魔力が消費されていった。

 その魔力を供給してくださったのが皇女殿下であった。


 皇女殿下を魔力の供給源として組み込めば、次元潜航が可能になるという。いかにも、本末転倒な事態になっていた。


 その上、先に作った装置が、軍の目につき、軍事利用できないか話が上がってきた。


 実は、次元の壁に亀裂を入れるこの装置で、次元の壁に亀裂を入れると、それをシールドで防ぐことができない。多分、シールドがない異世界側から亀裂が進むのだ。

 そのため、シードの内側に亀裂が生じ、高い魔力が噴出する。その魔力が、船の魔導ジェネレーターをオーバーロードさせるのだ。

 次元魔導砲と名付け、シールドを無効化できる装置として、軍の期待が高まっていた。


 しかし、それに良い顔をしなかったのは、皇女殿下であった。


「ダイの研究を戦争に使おうなんて、とんでもないわ!」

 いつものように皇家の紋章を調べていると、皇女殿下が親しげに話しかけてきた。

「皇女殿下に協力いただいている研究で、申し訳ございません」

「ダンが謝ることではないでしょう」


「そうですね。悪いのは軍です。神の力は善行に使われるべきです」

 傍に控えていた聖女シリスメリヤが不愉快そうに言った。

 許容派といわれる聖女であっても、神の力の軍事利用までは容認できないようである。


 教会では、皇女殿下の力は神の力と崇められている。

 そして、その力を、神聖不可侵とする者が多い中で、聖女は、その力を積極的に利用していこうとしている。


 俺の研究も教会では反感を持つ者が多い中で、聖女は理解を示し、協力してくれている。


「兎に角、ダイにはこの力を一般に利用できるように頑張って頂戴」

「畏まりました。皇女殿下」


 その後、事態が大きく動いたのは、俺が、瞬間的にとはいえ、異世界の強力な魔力を利用する装置を開発したときであった。


 その装置は、軍によってオメガユニットという、最終兵器に仕立て上げられてしまったのだ。

 異世界の魔力を利用できるその兵器の威力は絶大で、最終兵器の名に相応しいものだった。

 ビーム砲一つをとってもそうであったが、それ以上に、オメガユニット四基を連携させた、次元魔導砲オメガは、射程内に収めた全ての船を無力化することができた。


 そして、これはまだ研究段階だが、その力を収束させることにより、人工的にゲートを作り出すことが可能であった。

 これについては、俺の先生であるマゼンタ教授が研究を行っている。


 そんな物を作り出した軍に、皇女殿下は黙っていなかった。

 しかも、文句を言うだけなら兎も角、あろうことか、皇女殿下自ら、実力行使に打って出たのだ。


 プロトタイプのハルク千型を、側近を使って乗っ取り、オメガユニットを持って逃亡したのである。

 しかも、俺を攫って。


「ダイ。研究成果は全て処分したわ。後はあなたを殺せば、二度とこんな悪魔の兵器が生み出されることはないの!」

「俺は、最強兵器を作り出すために研究していたんじゃない。人々を豊かにして、貧富の差をなくすために頑張っていたんだ」


「それは知っているわ。だから、選択肢をあげる。ここで私に殺されるか。私と結婚するかよ」

「なぜ、皇女殿下と俺が結婚なんて話になる」


「それは……。あなたが言った貧富の差をなくすという話が、本気かどうか確かめるためよ。もし、本気なら、身分の差など気にせず、私と結婚できるでしょ」

 そう言うと、皇女殿下はそっぽを向いてしまう。

 隣にいる聖女は、何故か苦笑いで呆れている。


「それと、これとは、話が違うだろ。だいたい、結婚するなら、お互いが好きあっていなければならないものであって、皇女殿下は俺のことを好きなのか?」


「もう。つべこべ言ってないで、死ぬの、結婚するの、どっちなの!」

 皇女殿下は顔を真っ赤にして、逆ギレして迫ってくる。

「死にたくないです」

 皇女殿下の剣幕に、俺は思わずそう答えてしまった。


「なら、結婚することでいいのね。だったら、男の方から言うことがあるでしょう」


「え? うーむ?」

「プロポーズですよ」

 俺が悩んでいると、聖女が小声で教えてくれた。


 俺は、皇女殿下の前で片膝をつくと、顔を上げて手を突き出した。

「皇女殿下。いや、ハルルナ。好きだ、結婚してくれ!」

 ハルルナは、俺の手を取り、恥ずかしそうに答えた。

「はい。私も好きよ。ダイ」


 こうして、俺は、皇家殿下と駆け落ちすることになった。

 プロトタイプのハルク千型とオメガユニットを掠め取ったまま。


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