第89話 マゼンタ教授withステファ

 マゼンタ教授から、ゲートの研究の話を聞くため、俺はステファと二人、学院のマゼンタ教授の研究室を訪ねていた。


 トン、トン、トン。


 ステファが研究室の扉をノックする。

「マゼンタ教授、いらっしゃいますか。お約束していたステファニアです」

「王女殿下か。開いているから入っていいのじゃ」


 扉を開けて入ると、想像通りのロリババアエルフがいた。あ! ハイエルフだったか。

 しかも、語尾は「のじゃ」だった。完璧! 俺は意味もなく嬉しくなる。


「王女殿下、その、にやけているのが皇王候補か。とてもそうは見えないのじゃ」

「セイヤ、何してるの」

「あ、ごめん。失礼しました。セイヤといいます。ゲートの研究についてお話をお聞きできればと思い、参りました。ひとつよろしくお願いします」


「うむ、立ち話で済むことではないので、そこに座るのじゃ」

「失礼します」

 俺と、ステファニアは並んで応接セットのソファーに座る。

 マゼンタ教授も俺たちの正面にドスンと腰掛ける。子供がスプリングを上下させて喜んでいるように見えて、思わず顔が緩みそうになったが、先程のこともあるので、なんとか堪える。


「ゲートの話をする前に、紋章を見せてもらいたいのじゃ」

「ステファ、話したのか?」

「皇王になるのだから今更でしょ」


「それもそうか……」

 紋章があるから皇王になるんだ。今更隠しても仕方がない。

 俺は、左手に魔力を込める。

 手の甲に紋章が浮かび上がり、輝き出す。


「おお、これはまさしく皇家の紋章。しかも、皇女のものより輝いているのじゃ」

「皇女って、駆け落ちした皇女のことですか?」

「駆け落ち? まあ、そうじゃな。ルルのことなのじゃ」

 そういえば、シリウス皇国では攫われたことになっているんだっけ。


「ルル? 皇女の名前ですか?」

「ハルルナ皇女のことじゃ」


 駆け落ち皇女は、ハルルナという名前だったのか。

 ハルクのハルは、皇女の名前からとったのか?


 それにしても、皇女をルルと愛称呼びするところをみると、マゼンタ教授は皇女と知り合いなのか?

 ハイエルフの寿命を考えれば、皇女が八百年前の人物であっても、あり得るのか……。


「マゼンタ教授は皇女とお知り合いだったのですか?」

「お知り合いではない。マブダチなのじゃ!」


 マブダチって、皇女に対して使ってもいい言葉なのか。


「そもそも、ゲートの研究を始めたのもルルがきっかけなのじゃ」

「皇女もゲートに関心があったのですか?」


「いや、ルルはそういったことには関心がなかった。あったのは一緒に駆け落ちしたダイの方なのじゃ」

 一緒に駆け落ちしたということは、そのダイさんがハルクを設計したのだろう。

 次元シールドや次元魔導砲も彼の手によるものだろうか?


「では、なぜ、皇女がきっかけでゲートの研究を」

「それは、皇家の紋章なのじゃ」

「皇家の紋章とゲートが関係があるのですか?」


「お主は、皇家の紋章のお陰で無尽蔵に魔力が使えるのじゃろ」

「そうですね」

 紋章のお陰かはわからないが、魔力は好きなだけ使える。


「その魔力はどこからくる?」

「え、自然発生するものではないんですか?」

「無から有は発生しないのじゃ。必ず元があるのじゃ」


 前世ではそれが常識だったが、魔法があるこちらの世界では、何もないところから何か出てきても、それが当たり前だと思っていた。


「確か、魔力の元は、体の中や空気中にあるんでしたよね」

「そうじゃな。王女殿下はちゃんと勉強しているようで、偉いのじゃ」

「それ程でも」

 ステファが褒められて得意げだ。


「じゃがな、それにしたって、無尽蔵ではないのじゃ。魔法を使っていれば普通は魔力欠乏を起こすものなのじゃ。だが、それが起きない。どこから魔力を持ってきていると思う?」


「それが、紋章に関係しているんですか?」

「そうじゃ、その紋章は異世界と繋がっているのじゃ」

「つまり、異世界から魔力を引っ張ってきているということですか!」


「異世界なんてあるんですか? 簡単には信じられませんよ」

 ステファはそうかもしれないが、俺の前世は異世界だから、その考えは受け入れやすい。


「王女殿下も、異世界に行ったことがあるはずなのじゃ」

 え、ステファも異世界人だったのか?


「えー。異世界なんか行った覚えはありませんよ?」

「ゲートなのじゃ。ゲートの中は異世界なのじゃ」


 なんだ、そういうことか。ステファも転生しているのかと焦ってしまった。

 だが、そうか、ゲートの中は異世界なのか。あれ? 話に流れ的に、紋章は、ミニゲートということなのか。


「ゲートの中って異世界だったんですか?」

「妾はそう考えているのじゃ」


「そうだとすると、ゲートの中は、かなり魔力が高いのですか?」

「そうじゃな。かなり密度が高い、ぎゅっと纏まった世界だと観測されている。それは、魔力だけでなく、空間としてじゃ」


「空間として? どういう意味ですか」

「こちらの千キロメートルが、あちらでは一センチメートルしかない感じじゃ。ゲートの中で一メートル進むと、こちらの世界では十万キロメートル進むことができるのじゃ」


 それで、ゲート間の移動が、ごく僅かな時間で済むわけか。


「そんな詰まった空間に入ってよく大丈夫ですね?」

「大丈夫ではないのじゃ。シールドがなければぺちゃんこなのじゃ」


 そういうことか。シールド無敵だな。


「でも、ゲートの先が魔力が高いなら、こちらの世界に流れ込んできたりしないのですかね」

「妾の考えでは、出てこようとする魔力と、ゲートを維持するのに必要な魔力が釣り合っているのじゃ」


「ゲートの維持に魔力が必要なんですね」

「そうじゃ、維持に必要な魔力が得られない場合ゲートは消滅する。逆に魔力が多すぎれば、爆発してゲートが壊れる。微妙なバランスでゲートは成り立っているのじゃ」


「それじゃあ、俺が魔力を取り出せるのはなぜなんですか」

「それを制御しているのが紋章だと考えているのじゃ」


 紋章が異世界からの魔力の流入を制御しているとすると、紋章のできが悪いから、魔力が強すぎるのか。それとも、紋章の制御がなかったら、もっと大惨事に、ゲートが爆発して壊れるように、俺が爆発して死ぬことになるのだろうか。

 転生する時に魔力に極振りしているからな。後者の可能性が強いか。


「紋章ってなんなんですかね?」

「それを研究していたのがダイだったのじゃ」


「宇宙船の設計技師じゃなかったんですか?」

「宇宙船は、研究の結果を確かめるために、作っていたに過ぎないのじゃ」


「それって、皇女の紋章をダイさんが研究しているうちに、二人は恋に落ちたということですか」

「恋に落ちたというほどのことはなかったと思うのじゃが。少なくとも、ダイの方はその気はなかったようじゃぞ」


「でも、駆け落ちしてるのですよね?」

「そうじゃな。あれも一応駆け落ちなのじゃろうな」

「その辺、もう少し詳しく」

 ステファがマゼンタ教授に詰め寄る。


「お主たちはゲートの話をしに来たのではないのか?」

「セイヤはそうですが、折角、皇女のロマンスが聞ける機会を逃すわけにはいきませんよ」

「そんな、ロマンスになるような話ではないのじゃが、妾の知っていることを話すとするのじゃ」


 マゼンタ教授の過去話が始まった。


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