第81話 決着

 チハルが、慣性制御装置を失ったピザキャップを急加速させたため、俺は危うく意識を失いかける。

 ここで意識を失えば残りの的を射撃することができない。それどころか、魔力の供給が止まってしまい、時間を置かずにピザキャップは魔力切れをおこして停止してしまうだろう。

 なんとしてでも意識だけは保って、魔力を込め続けなければならない。


 俺が必死になって耐えているのに、チハルはお構いなしに加速と急旋回を行なっていく。

 先行していた紅プリンセスをすぐに捉えて、あっという間に抜き去っていく。


 慣性制御装置分の重さが軽くなっただけにしては、動きが不自然な程良くなっている。

 これは、装置の重さの問題でなく、慣性制御することが機体の動きを悪くしていたのだろうか?

 人工的に重力を操っているわけだろうから、その可能性は否定できない。


 難しいことは別にして、その速さは圧倒的だった。乗り心地は最悪であるが。


 そしてトップに立ったまま三番目の衛星の周回に入った。

 横Gがかかり、シートベルトが体に食い込む。

 歯を食いしばってそれに耐える。

 これは確実にあざになるな。


 これを抜けたら、最後の的を射撃しなければならない。

 二回目で一発撃ち損ねているので残りのロケット弾は三発。このスピードで一発ずつ照準を合わせている暇はない。


 だからといって、撃たないのはもったいない。

 まぐれ当たりをすることもあり得るので、運に任せて撃つしかない。

 第一、これを抜けたら、チハルは構わず加速をするだろう。

 そんな状態で照準などつけられるはずもない。


 衛星の周回を終えると、案の定チハルはフル加速した。少しは遠慮してもらいたいものだ。


 俺は的が見えたところで、なんとかロケット弾の発射ボタンを三回押した。ボタンに手を伸ばすだけで一苦労だ。

 ロケット弾は残りの全弾が発射され的の方向に飛んでいく。


 幸い俺たちはトップのため、的は誰も壊していないから、全ての的が残っている状態だ。当てずっぽうに撃っても当たる確率はいくらか高い。


 そのせいだろうか、ロケット弾は三発全て的に当たりそれを破壊した。

 いやー、これは神がかっているな。聖女が知ったらまた鬱陶しいことになることだろう。


「キャプテン、ナイス」

「おう、ざっとこんなもんだ!」

 何が、こんなもんだ、だ。ただのまぐれだよ。


 その後は、チハルが紅プリンセスの追随を振り切り、トップでチェッカーフラグを受けることになった。


 よし、これで借金が返せるぞ。

 俺は一安心して胸を撫で下ろす。


 ゴールしてピットに戻ると、みんなが待ち構えていて優勝を祝福してくれた。


「セイヤ、すごいじゃない。優勝おめでとう!」

「セイヤ様、おめでとうございます。攻撃されていましたが大丈夫でしたか?」

「流石は神です!」


「ありがとう。少し体が痛いが大丈夫だ」

「それはいけません」

「今、癒しの魔法をかけますね」

 リリスが心配そうに気遣ってくれ、聖女が回復魔法をかけてくれる。

 腐っても聖女か、みるみる痛みが取れていく。


「優勝できたのはみんなチハルのおかげだ。これで借金が返せる。ありがとう」

「そんなことない。キャプテンも頑張った」


「チハルは、体は大丈夫か?」

「シールドを張ったからなんともない」


「えっ? 俺はシールドが発生しなかったぞ?」

 俺は腕輪の防御装置を確認する。

「その程度では怪我だと認識しない。だから、シールドは発生しない」


「でも、チハルはシールドが発生したんだよな?」

「自動発生でなく、任意でシールドを張った」


「そんなこともできたのか? なら、教えておいてくれよ」

「キャプテンは、任意に張っていると、いざという時に魔力不足になりかねない」


 そうだな。この装置では、俺は自分で魔力を込めてシールドは張れないな。

 宇宙船のシールドなら張れるのに、全く理不尽だ。


 だが、チハルは自分が痛い思いをしないから、俺が痛い目にあっているのを知っていながら、あの操縦をしていたのか!

 俺はチハルを睨みつけるが、チハルは素知らぬ顔だ。

 まあ、チハルのおかげで借金が返せるのだ、煩いことは言わないでおこう。


「それじゃあ、賞金をもらって借金を返しに行くぞ」

 俺が浮かれて言うと、アリアの冷たい声が返ってきた。

「少々お待ちくださいセイヤ様」

 こんな時でもアリアは冷静だ。

「まだ順位が確定しておりません」


 そう言われて壁のモニターを確認すると、レースは終了したが、順位がまだ確定していなかった。

 着順だけでなく、ポイントも加味されるから時間がかかるのかと思ったら、そうではないらしい。

 モニターには協議中の文字が表示されている。


「どういうことだ?」

「多分、攻撃行為があったことが問題なのではないかと」


 そうだ、確かにあれはただの事故ではない。明らかに事件だ。俺を狙った攻撃だった。

 そうなるとどうなる? 最悪、没収試合か……。それだと賞金は出ない。


 それはまずいぞ。どこの馬鹿だ。俺を狙ったやつは!

 また、男爵令嬢の手の者か?

 だが、帝国の軍人だと思われる謎の覆面将軍は俺を庇ったよな。一体どういうわけだ?

 そういえば、攻撃を受けた後、大丈夫だっただろうか?

 それに攻撃してきたカラスマVもだ。あいつらどうなった?


 優勝に浮かれていて、状況を確認していなかった。


「俺はちょっと大会実行委員会に行ってくる」

「なら私も」


「リリスたちはここで待っていてくれ。大勢でぞろぞろいくのも良くないから、チハルと二人で行ってくる」

「わかりました。チハルさん、セイヤ様のことよろしくお願いしますね」

「任せて、行ってくる」


 なぜ、リリスは俺のことをチハルに頼んだのだろう? 俺がチハルを連れていくと言ったのは、チハルが出場者だからなのだが。


 俺はピットを出ると右に行く。


「キャプテン、反対。こっち」

「お、そうか」


 俺は百八十度向きを変えると、チハルの後についていくことにした。

 その様子をリリスが微笑ましそうに見ていた。


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