第82話 賞金

 レース大会実行委員会に着くと、何人かのスタッフが慌ただしく出入りしていた。

 部屋の端にある応接スペースに目をやると、覆面を被った男が座っていた。

 謎の覆面将軍だが、特に怪我などしている様子はない。その点はよかった。


 だが、どうも対面に座る男性と揉めているようだ。

 相手の男性は実行委員会の職員だろうか?


 その男が俺の方に気がついた。


「セイヤ様ですよね?」

「そうだが」

「できましたらセイヤ様も一緒にこちらでお願いします。私は事務局長のコスギといいます」

 事務局長のコスギさんは、カードを見せながら自己紹介すると、俺にも覆面将軍の隣に座れという。


「一緒に話を聞くのは構わないのですが、その前に少しいいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「いえ、コスギさんでなく、覆面将軍になのですが」

「ん、なんだ?」


「この度は、危ないところを助けていただいてありがとうございました」

 俺は覆面将軍に頭を下げる。

「まあ、命の危険があったからな」


「何かお礼をしたいところなのですが、なにぶん借金の返済に迫られていまして」

「金が欲しくて助けたわけじゃないからな。ここは一つ貸しということにしようじゃないか」


「わかりました。では一つ借りということで、何かあったら言ってください」

「そうだな、そうさせてもらうよ」


「コスギさん、割り込んでしまってすみませんでした」

「いえ、構いませんよ。では、よろしければお座りください」


 俺はもう一度覆面将軍に頭を下げてから、チハルとそこに座った。チハルが覆面将軍側だ。


「えーと。覆面将軍様にはもう申し上げたのですが、この度は、こちらのチェックが甘いばかりにご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 この、チェックとはロケット弾が実弾だったことだろう。本来は爆発しない模擬弾が使われるはずだ。


「あれは明らかに俺を狙っていましたからね。そちらばかりが悪いわけではないでしょうが、肝心のカラスマV、チーム名はブラッククローXでしたっけ、彼らはどうなってます?」

「それなんですが、申し訳ないことに逃げられてしまいました」


「逃げられた? なんでまた……」

「他にも仲間がいたようでして、機体を乗り捨てて、その仲間の船で逃走してしまいました。その船も盗難船で、ステーションに放置されていました」


「随分と用意周到ですね」

「全くです。ブラッククローXの二人は、ギルドのメンバーだったのですが、主に傭兵の仕事をしていました。今回はギルドを通さず、襲撃の仕事を請け負ったのだと思われます」


「そうなると、その依頼人が誰かということになりますが?」

「二人に逃げられてしまったので調べようがありません」

「そうですか……」


 調べようがないというよりも、調べる気がないらしい。

 命を狙われた俺としては、それでは困るのだが、何か圧力のようなものがあるのか?

 覆面将軍の方を確認すると、既にここまでの話は一度聞いている様子だ。呆れて肩をすくめてお手上げをしている。

 見たところでは帝国軍、特に覆面将軍が関与しているようには見えないが……。


「それで、機体を壊された覆面将軍様には、実行委員会から、機体の修理費用と慰謝料をお払いします」

「そんなことより犯人を捕まえて欲しいところなんだが、これ以上言っても仕方がないようなのでそれで手を打とう」


 それで揉めていたのか、覆面将軍が了承したのでコスギさんは安堵の表情を見せる。


 やはり覆面将軍が関与している可能性は薄いな。

 そうなると男爵令嬢関係ではないのか?

 もっとも、覆面将軍が帝国軍の関係者であること自体憶測に過ぎない。

 はっきりしたことは何もわからないな。ステファに言えば調べてもらえるだろうか?


「それでレースの結果についてなんですが」

 そうだ、今一番問題なのは優勝賞金がもらえるかだった。


「レースは無効だとする声もあるのですが……」

「それは困る。賞金で借金を返さないとならない」


「こちらとしても賭け金を全て払い戻すと赤字になってしまいますので、覆面将軍様には申し訳ございませんが、結果通りの順位とさせていただきます」

「結果としてリタイヤしてしまったからな、仕方あるまい」


「ということは、賞金は出るんだな?」

「はい、三日後には振り込ませていただきます」


「三日後? すぐではないのか?」

「三日後になります」


「どうにかすぐにもらえないだろうか?」

「無理です」


 そんな……。借金の返済期限は今日までだ。

 俺は慌てて立ち上がった。


「キャプテンどうした?」

「銀行に後三日待ってもらえるように言ってくる」


「慌てる必要はない」

「そんなこと言ってる間に銀行の営業時間が終わってしまう。チハルはみんなの所に戻っていてくれ」


 俺はチハルの返事を待たずに急いで銀行に向かった。


 銀行に着くと、俺は事情を説明して後三日待ってもらえるようにお願いした。


「そんな訳で、後三日待ってください」

「その件でしたら、もう処理が終わっています」

「えっ! 返済期限は今日まででしたよね?」

 処理が終わっているって、ハルクが売却されてしまったのか。


「はい、そうですが、既にアシスタントの口座から返済処理が済んでいます」

「アシスタントの口座? チハルが返済したのか……」

「今回アシスタントからの申し入れで、アシスタントの口座がセイヤ様の口座に連結されました。当然ご存知かと思っておりましたが?」


「いや、聞いてなかったが……」

「それは失礼しました。これからはセイヤ様の口座がマイナスになると、自動的にアシスタントの口座からお金が移されるということです」


「そんなことが許されるのか?」

「アシスタントはセイヤ様の資産ですから、全く問題ありません。アシスタントの口座が連結されるのは普通のことで、巷では口座のヒモ付けと呼ばれています。若しくは、単にヒモと」


 これって、俺はチハルの「ヒモ」ということではないだろうか? 心なしか銀行員の眼差しに蔑んだものが含まれているような気がする。


 しかし、チハルは一千万Gも口座に持っていたのか……。

 アルバイトしていたとは聞いていたが、そんなに稼いでいたのか?


 納得はいかなかったが、借金問題は解決したようだ。

 俺は急いでレース大会会場のピットに戻る。


 といっても、シャトルポッドによる往復だ、それなりに時間がかかる。

 既に会場では表彰式も終わり、撤収が始まっていた。


「セイヤ様、戻られたのですか」

「どこに行ってたのよ。私が代わりに賞金、受け取っといたわよ」

 リリスが、戻った俺を見つけて、ほっとした様子を見せる。

 ステファは、優勝賞金一千万Gと書かれた、直径一メートル位の模造コインを見せる。


 どちらも気になるが、今はそれよりも、しなければならないことがある。


「キャプテン、やっと戻った。キャッ!」

 俺はチハルを抱え上げた。


「チハル、ありがとう。お陰で借金は返せたよ!」

「自分の船を守るのは当然」

「そうだな。ハルク1000Dはチハルの船でもあるんだな。そう思ってもらえて嬉しいよ」

 俺はチハルを抱え上げたままクルクル回る。と、目が回ったので、すぐにチハルを下ろした。


「でも、一言言ってくれればよかったのに」

「だから慌てる必要がないと言った」

「そういうことだったのか……」

 もっとよく、チハルの話を聞いておけばよかった。


「レース、最高だった。また出たい」

「そうか。それはよかったな。機会があればな……」

 俺はもう、あんな思いをするのは勘弁なんだが、断れる雰囲気ではないな……。

 顔が引き攣ってしまっただろうか? チハルは気づいていないようだが、リリスが生暖かい表情を俺に向けていた。


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