第42話 ブラックボックス
ドックを出て四日目。セレストまで後六日。
今朝は食堂で、チハルとステファと一緒に三人で朝食を食べていた。
「ああ、美味しかった。ごちそうさま」
「片付ける」
「チハルちゃん、自分でやるからいいわよ」
「王女だろうに、上げ膳据え膳じゃなかったのか」
「自分のことぐらいは自分でやれるわよ。そういうセイヤはどうなの。あなただって王子でしょ」
「俺の場合は引き篭もっていたからな。基本的には上げ膳据え膳だったぞ」
「何それ。優雅ね」
「優雅とは少し違うけどな」
「それで、王子様は今日は何をするのかしら? また、引き篭り」
「今日はブラックボックスを調べてみようと思うんだ」
「ブラックボックス?」
「船内に船長権限でも調べられないところがあったんだ。昨日、特級マスター権限を取得できたから、今度は調べられるかと思って」
「特級マスター権限て、何よ!」
「あれ、昨日話さなかったっけ。マスター権限を凍結したって」
「聞いたわ。それが特級マスター権限なの?」
「そうだね」
「でも、そんな権限があるなんて聞いたことないわよ」
「多分、この船がプロトタイプだからじゃないかな?」
「そう。通常の船には存在しない権限」
「そうなのね。チハルちゃんが言うなら間違いないわね」
チハルの言うことは素直に聞くんだな。
「それで、そのブラックボックスに何があるのよ」
「いや、それがわからないから調べに行くんだって」
「でも、何らかの予想は立てているんでしょ」
「ピットのおっさんの話では武装じゃないかって言ってたけど、俺は、開発途中の何かかなっと」
「開発途中に何かって。まるでわからないということね」
「身も蓋も無いね……」
「じゃあ、早速行ってみましょうよ」
「ステファも行くのかい?」
「当たり前でしょ!」
俺たちは第三層、シールド発生装置がある所に来ていた。
「それで、どれがブラックボックスなのよ?」
「この扉の先だな」
「普通に扉ね。でも、開かないわよ」
「デルタ、特級マスター権限で命令、扉を開けてくれ」
『特級マスター権限を確認、扉を開けます』
カチャ! ウィーン。
鍵が外れる音がして、自動扉が開いた。
「さて、中は何があるかしら」
ステファを先頭に俺、チハルの順に入っていく。
「何これ?」
「何だろうな?」
ステファも俺も首を捻る。
コードやチューブやパイプが、纏まったり、交錯して、金属の箱や球体に繋がっている。
見た目は化学工場のプランとか、量子コンピュータを思わせる。
「デルタ、これは何だ?」
『次元シールド発生装置です』
「何だそれ?」
『これにより、船を異次元に遷移させることができます』
「異次元に転移できるのか……」
『転移というか、シールドを発生している間、異次元に潜るといった感じでしょうか』
「理解できないんだけど……」
ステファが俺の腕を引っ張りながら、困り顔で尋ねてくる。
「ようは、宇宙船を海に浮かぶ船に例えるなら、次元シールドで潜水艦になれるということ」
「海に潜れるの?」
「次元という海だけどね」
「わかったような。わからないような」
ステファには理解が追いつかないようだ。
「これは動くのか?」
『動作はしますが、大量の魔力が必要です。魔力充填が百パーセントの状態から、次元シールド発生可能時間は三十分です』
「三十分か……」
三十分間完全に身を隠せるということだ。敵に襲われた時にやり過ごすには十分だろうか?
隠れていて不意打ちにはつかえそうだな。
不意打ちといえば。
「そういえば、第九層のビーム砲の脇にもブラックボックスがあるよな。あれは武器なのか?」
『次元魔導砲になります』
「どういった武器だ?」
『相手のシールドを無視して、標的とした船の魔導ジェネレーターをオーバーロードさせ、行動不能にします』
「それ、調べた資料にあったわ。王女を攫った犯人が追跡者に使った兵器よね。百隻を超える戦艦を一瞬で行動不能にしたという」
百隻を一瞬でか! それは凄いな。そんなのが、この船に積んであるのか?
『その情報には間違いがあります。第一に王女は攫われていません。第二に追撃者を行動不能にしたのは、オメガユニットです。本船の次元魔導砲では、一度で行動不能にできるのは、一隻のみです』
「オメガユニットってなんだ?」
『オメガユニットは、イオ、ガニメデ、エウロパ、カリスト、の四基からなる攻撃ユニットです。
直径約二十メートルの球体で、本船に接続して使用するだけでなく、独立した自立行動も可能です。
四基が連携し、次元魔導砲オメガを使用すれば、射程圏内の全ての敵を行動不能にできます』
外付けの武器か。独立しても使えるようだし、今も使えるのか確認しておいた方がいいな。
「今、オメガユニットはどこにあるんだ?」
『セレスト防御のため、衛星軌道上にありましたが、魔力が尽きて、惑星上に落下しました』
「落ちたのか……。それはもうだめか?」
『オメガユニットならば、惑星上に落下しても無事な可能性が高いです』
流石は兵器か。丈夫だな。
「セレストに着いたら、見つけて、使えるようにしておいた方がいいわよ」
「そうだな。そうするよ」
それだけで、どうにかなるものではないかもしれないが、防衛力は少しでもあった方がいいだろう。
「ここも大体見終えたし、次は第九層の次元魔導砲を確認するか」
「え、それも見に行くの?」
ステファが不思議そうな顔をする。
「当たり前だろ?」
「だって、ブラックボックスの中身は、次元魔導砲だとわかったじゃない。わざわざ確認する意味があるの?」
「実際に見て、確認することは大事だよ。話だけで済むなら、ここにも来ないで、初めからデルタに聞けば済む話だろ」
「それは、そうだけど。こんな、コードとチューブの塊を見ても面白くないわ」
「そうかな。俺は興味深いけど」
「それはきっと男の子だけよ。そう思うわよね、チハルちゃん」
「面白くはない」
「ほら!」
ステファは得意げな顔でこちらを見る。
「でも、自分の目で確認するのは大事」
チハルに裏切られたかと思ったが、そんなことはなかった。
「チハルはわかっているな」
お返しとばかりに、俺はステファにドヤ顔を向ける。
「くっ!」
「別に無理して付き合ってくれなくてもいいんだぞ」
「どうせ暇だし付き合うわよ……」
結局三人で第九層まで行き、次元魔導砲を確認したのだった。
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