第41話 その頃聖女は、教会
「聖女様、本日は急な訪問にも拘らず、お時間をとっていただきありがとうございます」
「リリスお姉さま、そんな他人行儀な挨拶はやめて。私たち姉妹でしょ」
私は被っていたベールを取ります。
「わかったわ、ララサ。堅苦しいことはなしにするわね」
「お姉さま、今日はアリアさんは?」
「外で待たせてあるけど、呼びましょうか?」
「お姉さまは意地悪です。私がアリアさんを苦手なことを知っていて……」
「そんな毛嫌いしなくても、アリアは優しいわよ」
それは、お姉さまには優しいでしょうが、周りには目つきが怖いです。
私は、お姉さまの妹なのですから、もう少し優しい眼差しで見てくれてもいいと思うのですが。
そう、私、ララサメリヤとお姉さまのリリスメリヤは双子の姉妹です。
双子は別々に離して育てるように、との古き慣習に則り、妹の私は、生まれて直ぐに教会に預けられました。
そのため、本当の身分を隠すために、私は常にベールを被っています。
と言っても、教会関係者に本当のことを知らない人はいませんが。
それというのも、預けられたといっても、完全に家族と会えなかったわけでなく、お父さまもお母さまも、ちょくちょく教会に来ては、私と一緒に過ごしてくださっていました。
ある程度大きくなってからは、お姉さまも来てくださるようになり。仲良く遊んだものです。
そんなことをしていて、バレないはずがありません。
ですから、もう、秘密でもなんでもないのですが、私のベールは一つの様式美となっています。
教会での生活は、大公家からの多大な寄付もあり、大変優遇されていましたから、不満などございませんでした。
寄付のお陰か、聖女と呼ばれ、尊ばれる存在にまでなってしまいました。
いつもしているベールが、聖女としての神秘性を高める結果となっています。
ただ、不満があるとすれば、お姉さまの婚約者が、あの引き篭りの残念王子だったことでしょうか。
私は、事あるごとにお姉さまに、そんな婚約は破棄した方がいいと言ったのですが、お姉さまは全く聞いてくれませんでした。
「お姉さま、少しお痩せになったのではありませんか。私心配です」
「そうかしら。セイヤ様のことが心配で、食事が喉を通らないので、そのせいかもしれませんね……」
引き篭り王子のやつ、お姉さまが痩せるほど心配かけやがって、とんでもないやつです。
それにしてもお姉さま、祝福を授けたのに痩せるなんて、よっぽどの心労なのですね。
実は、お姉さまが太っているのは、私が祝福を授けたからなのです。
お姉さまに授けた祝福は、『豊潤な食卓』。
どんなに貧しくても食べる物に困らなくなる祝福です。
ですが、貴族の間では、別名『豚小屋の呪い』と言われています。
普段から食べる物に困ることのない貴族にとっては、飽食状態となり、自然と太ってしまうのです。
どうしてそんなことをしたかというと、お姉さまが太って仕舞えば、引き篭りの王子の方から婚約を解消してくるかと考えたからです。
しかし、お姉さまが太ってから、何年経っても引き篭り王子は婚約を解消しません。
もしかして、デブ専だったのでしょうか?
「それで、今日は何か用ですか?」
「ララサも聞いているでしょう、セイヤ様が行方不明になっていること」
「聞いていますわ。球体に乗って飛んで行かれたと……」
既に三週間以上になりますが、未だに消息が掴めないらしいです。このまま戻らなければいいのに。
「そうなのよ。それで、同じ球体が教会にないかと思って」
「球体ですか。先に問い合わせもありましたが、思い当たりませんね」
「宝物として保管されていないで、その辺に放置されている可能性もあると思うの。何か思い当たらない?」
「そうですね……」
私は考え込む。――振りをします。引き篭り王子など戻らない方がいいのです。
「実はセイヤ様は天界に行かれた可能性があるの」
「えっ? そんな話聞いてませんが!」
あの引き篭り王子が神の世界に招かれたというの。嘘でしょ。信じられません!
「まだ、はっきりとはわからないのだけど、セイヤ様が乗った球体は、神が天界から降りて来た時に使用した物らしいの」
ちょっと待って下さい。先祖返りと噂されていましたが、それが本当なら引き篭り王子は神になるということ……。
ならば、真剣に球体について考えなければいけません。
「天界から降りてきた球体ですか? ――お姉さまが探している物とは大きさが違いますが、天界から降りて来たと伝えられる球体があります」
「本当に! どこにあるの?!」
「あそこに見えています」
私は窓の外の、高さ十メートル、直径二十メートル程のドーム状の小山を指します。
「あれは、カリスト。御神体の一つよね」
「そうです。見えている部分はドーム状の半球ですが、半分地下に埋まっていて、全体では球体だということです」
「行って見てもいいかしら」
「構いませんよ。普段から解放してますから」
御神体のカリストは一般開放され、普段から信者が参拝に訪れていますが、来るのは信者だけではありません。
力自慢の人たちがやって来ては、剣で斬りつけたり、魔法をぶつけたりしています。
御神体になんてことするんだと思わなくもないですが、今までに誰一人として、傷一つ付けられた者がいません。
誰も傷付けられないことが、教会の権威を上げることにつながっているので、教会としては力自慢の人の挑戦は大歓迎なわけです。
さて、カリストの元までやって来た私たちは、お姉さまに言われて、カリストに手をついて魔力を込めています。
なんでも、引き篭り王子はこうやって魔力を込めて球体を動かしたそうです。
魔力だけは強かったようですからね。そういえば、それで、先祖返りと呼ばれていたのでしたっけ。
「はあ、やっぱり私たちの魔力だけじゃ足りないかしら?」
「こんな大きい物を動かすのは無理だと思いますよ」
「折角手がかりを見つけたと思ったのに……」
お姉さまはがっかりしています。
しかし、引き篭り王子が本当に天界に行ったのだとすると、逆の意味でお姉様には婚約を諦めてもらわねばなりません。
教会の記録には、五百年前にも天界に行った者がいて、その者は、半年後に神の眷属として帰って来たそうです。
神の眷属は、新たな知識と技術を人々に与え、セレストに繁栄をもたらしたとされています。
もし、引き篭り王子が神の眷属として戻って来たなら、その伴侶となるのは、神に仕える聖女である私でなくてはなりません。
教会の聖女として、これを譲るわけにはいきません。それがたとえお姉さまだとしてもです!
記録と同じならば、引き篭り王子、改め、皇子様が戻るまでに半年、既に三週間過ぎていますから、後、五か月余りになります。
それまでにお姉さまをどうにかしないといけません。
そうです。このまま、お姉さまが痩せ続ければ周りの男たちが放っておかないはずです。
適当な男を見つけて、くっ付けてしまいましょう。
「お姉さま、ここは魔道具の専門家に相談して見てはどうでしょう」
「魔道具の専門家。ハイネスのこと? 彼は余り……」
「大丈夫です。私も一緒にお願いに行きますから」
「そう。なら、お願いに行ってみようかしら……」
ハイネスはお姉さまのことをデブだと言って嫌っていましたからね。
ですが、今のお姉さまを見て、それが言えるとは思えません。
今までとのギャップで恋に落ちることもあり得るでしょう。
まあ、落ちなくても、落ちるように仕向けるまでです。
「それではお姉さま、私は出発の準備をしますね」
「随分と急ぐのね」
「善は急げです。早いに越したことはありません。お姉さまもセイヤ様のことが心配ですよね?」
「そうね。急ぎましょう!」
私は急いで出かける準備をします。
前回の神の眷属が戻って来たのは半年後でしたが、今回も半年後とは限りません。急いだほうがいいでしょう。
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