第40話 王家の紋章

 幽霊だと思った密航者はシリウス皇国の王女のステファだった。

 チハルによって拘束を解かれたステファは、縛られていた腕が痛むのか、腕を交互に摩っている。


「しかし、こんなに早く見つかるとは思わなかったわ」

「いままで密航していて見つかったことはないのか?」

「隠れるのは得意だからね」


「なんだ、そういう魔法でも使えるのか?」

「その通り。隠蔽魔法が使えるのよ」


「へー。凄いじゃないか。それで急に後ろに現れたんだな」

「気配を消していただけなんだけどね。普通はそんなに感心される魔法じゃないんだけど」


「そうなのか?」

「人の目は誤魔化せても、機械は騙せないのよ。監視カメラやセンサーとかに引っかかちゃうだよね」


「それじゃあ、密航してもすぐバレるだろう」

「そこは、ほら、マスター権限があるから。シリウス皇国製の船なら監視カメラとかも無効にできるから」


「その、マスター権限というのはまずくないか。そんなの付いてる船なんて買いたくないぞ」

「わからなくもないけど、どこの船でもなんらかの形で付いてるわよ」


「そんなものか」

「それがないと緊急時に困ることもあるのよ」


「だが、それを悪用したら、信用問題に関わるだろう」

「それはそうよ。発覚したら大問題よ。大問題。ただ、発覚したらね」

「ここで、発覚してるじゃないか」


「えへへへへ。でもセイヤはよくマスター権限について知ってたわね」

「知ってたわけじゃないんだけどな。デルタが教えてくれた」


「王族以外には知らせてはいけないことになってる筈だけど」

「キャプテンは王族、問題ない」


「王族って、シリウス皇国の王族ということよ」

「キャプテンは、駆け落ちした王女の子孫。シリウス皇国の王族でもある」


「そうなの?」

「いや、駆け落ちした王女の子孫ではあるけど、シリウス皇国の王族ではないだろう」


「でも、血は繋がっているのよね。魔法を使うと王家の紋章が出たりしない。こんなのよ」


 ステファの右手の甲に薄らと赤い痣が浮かび上がる。

 これが王家の紋章なのか。俺の痣と同じじゃないか。

 ただ、俺のと比べるとあまりはっきりしないな。それに色も違うし、輝いてもいない。


「俺は魔法が使えないから」

 俺は誤魔化すことにした。


「あれ、そうだっけ。あ、なんで視線を逸らすのよ。怪しいわ」

「いや、魔法が使えないのは本当だから」

「じゃあ、なんでそんなに挙動不審なの?」


 ステファは追及の手を緩めてくれない。

 仕方がない。ステファになら話してもいいか。


「実は、魔力が強すぎて魔法が使えない」

「そんなことってあるの?」

「あるんだなこれが」


「そうなの。残念だったわね」

「うん、そうね。よく、みんなから、残念王子と呼ばれるよ」

「あっ……、なんかごめん」


「いいんだ。気にしないでくれ。それで、本題だけど、俺も魔力を込めれば紋章が浮かび上がるんだ」


 俺が魔力を込めると左手の甲に紋章が浮き上がる。


「これは、王家の紋章だわ。それもこんなにはっきり。しかも輝いているわ」

 ステファは感嘆の表情を浮かべている。

「言い伝えには紋章が輝く表現があったけど、誇張したものだと思っていたわ。実際に輝くのね」

 ああ、本来は俺の紋章の方が普通なのか。


「これでセイヤが、シリウス皇国の王族であるとはっきりしたわ」

「いや、だから、血が繋がっているとはっきりしただけだから。俺は、シリウス皇国の王族ではないからな」


「まあ、そういうことにしておきましょうか。でも、他の人に知られたら、そうはいかないわよ」

「そうなのか。厄介ごとは勘弁なんだけど」


「それなら、私は言わないから、他の人に知られないように注意しなさい」

「そうか、黙っていてもらえるのは助かるよ」

「まあ、同じ紋章持ちということで、苦労は知っているからね」

 ステファは苦笑いを浮かべる。

 その苦労の程が、偲ばれた。


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