第31話 遭難
魔力を使い果たし、緊急船舶がワープ8で通過した衝撃波により破損した練習船の中で、俺と男爵令嬢は、何とか生命維持装置を復活させ、ひと息つくことができた。
「落ち着いたらお腹が空いたわ」
「そう言われると俺も空いてきたな」
「食堂に行きますわよ」
魔力を充填したので、今度はエレベーターを使える。
俺たちはエレベーターで食堂に向かう。
エレベーターを降りた先にあったのは瓦礫の山だった。
フードディスペンサーは、ひしゃげてその辺に転がっていた。とても動作しそうにない。
床一面水浸しになっていて、ウォーターサーバーも壊れていた。
食べ物だけでなく、飲水も確保できそうにない。
いつ救助が来るかわからないのに、水もないのは困ったことになった。
また、男爵令嬢が文句を言い出すだろうと思い様子を窺うと、案の定毒づいていた。
「何ですかこれは、まったく使えませんわね。あなた、これを早く使えるようにしなさい」
「俺にそんなことを言われても困るぞ」
「では、何も食べられないではないですか」
「救助が来るまで我慢するしかないな」
「なぜ、私が我慢しなければならないの。納得いきませんわ!」
納得いかなくてもこの状況では致し方ない。いったい誰のせいでこうなったと思っているのだ。この際、男爵令嬢には我慢というものを覚えてもらおう。
「喉が渇きましたわ」
「水もないな」
「そうですか。仕方ないですね」
素直に諦めたのかと思ったら、近くに落ちていたコップを拾い上げ、手をかざした。
『クリーン』
物を綺麗にする魔法だ。
『ウォーター』
水を作り出す魔法だ。
男爵令嬢は、魔法でコップを綺麗にすると、水を作り出してコップに満たす。そして、それを飲み干した。
「ぷはー。うまい」
男爵令嬢にあるまじき言動である。
いや、今はそれはどうでもいい。
そうか、魔法で水が作れるのか。これで、飲水は確保できたな。
少し安心したが、大きな問題があった。俺は魔法が使えないじゃないか。
これはあれか、あの男爵令嬢に頼まなければいけないのか。
「何ですの、こっちを見て。水が飲みたいなら自分で作りなさいよね」
背に腹はかえられないか。
「俺は魔法が使えないのだ」
「何ですって、先程、魔力は強いと自慢してたではないですか?」
「実は、魔力が強すぎて、魔法が使えない」
「何ですかそれは? 魔力がないなら素直にそう言えばいいではないですか」
「いや、ほんとのことなのだが……」
「そんな戯れ言に耳を貸しませんわ。そうか、私に魔法を使わせて、自分の魔力は温存するつもりですね。何て小賢しい真似を。そんな策略には引っかかりませんわ」
「策略じゃないのだがな……」
これは駄目だ。取り付く島もない。
「大体、魔力がないなら地面に頭を擦り付けて、女神のような私に慈悲を乞えばいいのですわ。そうすれば私も少しは考えなくもありませんわ」
「すみません。水を出してください」
俺は悔しさを押し殺し頭を下げる。
「頭を地面に擦り付けてと言いましたわ」
このやろう。調子に乗りやがって。
俺は殺意を抱いて、武器に手をかける。
あ、そうだ。
俺は拳銃を取り出す。
「な! 武器で脅そうというの? 暴力には屈しませんわよ」
「あ、違うから。水を出す方法を思いついただけだから」
俺は拳銃の設定を最弱にし、水魔法を実行した。
コップに水を受け勝ち誇る。
「ふふふ。上手くいった。どうだ」
「どうだと言われましても……」
男爵令嬢は呆れ顔だな。
確かに、これでは水鉄砲だ。なかなかシュールな絵面だな。
だが、水は確保できた。
「ぷはー。うまい」
俺は、王族にあるまじき言動で、その水を飲み干した。
飲み水は何とかなったが、食べ物がないいじょう、体力を消耗しないように大人しくしていた方がいいだろう。
俺たちは寝ながら救助を待つことにしたが、どの部屋もシッチャカメッチャカだ。
俺は、取り敢えずベッドだけ整えてそこで寝ることにした。
男爵令嬢はというと、隣の部屋を使うと言っていたが、案の定、文句を言いに来た。
「あんな乱雑な部屋で寝られるわけがないでしょう。あなた、片付けてきなさい」
「それはできないな。体力を消耗しない様に休んでいるのに、部屋の片付けで体力を消耗してしまったら本末転倒だからな」
「でも、それだと私が休めませんわ」
「俺のように周りを気にせず寝てればいいのだよ」
「そうは言っても、あなたはもう少し気にした方がいいと思いますわ」
そう言われてもな。引き篭っていた俺にとってはこれがデフォルトだ。
俺がまったく動く気配を見せないので諦めたのだろう。男爵令嬢は自分の部屋に戻って何やらゴソゴソやり始めた。
こちとら引き篭りのプロだからね。一旦引きこもったらそう簡単には動かないよ。
とはいえ、いつまで経っても音が止むことがない。どこまで綺麗にしたら気が済むのだろう? 救助されるまでの一時的なことなのだから適当に済ませばいいのに。
音が気になってゆっくり休めないので、仕方がないので様子を見に行った。
「いつまで片付けているのだ」
俺は、声をかけて部屋の中を覗くと、部屋の中はまるで片付いていなかった。むしろ、余計に散らかっているのではないだろうか。
こいつ、片付ける能力はゼロだな。いや、マイナスか。
俺はそのまま何も言わずに、何も見なかったことにして自分の部屋に戻ることにした。
しかし、それは男爵令嬢が許さなかった。
「ちょっと、黙って帰らないで、少しは手伝っていきなさいよね」
仕方がないので、ベッド周りだけでも片付けてやった。
「ふん。これで我慢して差し上げますわ」
こいつには、感謝という言葉はないのだろうか?
既にわかっていたことではあるが、改めて呆れてしまう。
やはり、あの場で蘇生させるべきではなかった。それがこの世のためでもあったのだ。失敗したな……。
俺は後悔したが、後の祭りである。
遭難から二十時間後、俺たちは捜索に来た船に発見され、救助船に救助されたのだった。
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