第32話 追試

 救助されて、ドックに戻った俺は、航宙管理局に連行され事情聴取をされることになった。


 俺は、嘘偽りなく、ありのままを客観的に全て話した。

 船の記録とも照合され、齟齬がないことが確認されると、無罪放免となった。


 ライセンスのほうは、明日、筆記試験の追試に合格すればもらえるとのことである。


 航宙管理局から出ると、チハルが待っていた。


「心配した」

「すまなかったな」


「怪我はない?」

「大丈夫だ、怪我はしていない」


「見せて」

 チハルは俺の手を取ると、腕輪を確認している。


「魔力が切れてる」

「え? 別に襲われてないけど」


「でも、防御シールドが使われた」

「ああ、衝撃波で船が破損した時か……」


 あの時、これが守ってくれていたのか。

 それで、男爵令嬢は死にかけていたのに、俺は無事だったのか。


「キャプテンが心配、これからは、片時も離れない」

「片時もって、それはちょっと」


「離れない!」

 チハルが俺の腕にしがみ付く。クハッ! 何この可愛い生き物は……。いや、まて、俺にはリリスがいる。それに、アンドロイドは生き物なのか?

 俺は心を落ち着かせ、無理して平静を装う。


「はいはい。わかりました」

「わかればいい」


「それじゃあホテルに行くか」


 ホテルに着くと、チハルがホテルのコンセントから、俺の腕輪に魔力の充填を始めた。


 そっちはチハルに任せて、俺は一日ぶりにホテルでゆっくりと寝ることにした。

 男爵令嬢のせいでしかたなかったとはいえ、昨日の晩は、チハルを一人にしてしまった。そこまで心配しているとは考えていなかったが、チハルの「片時も離れない」との言葉に胸を打たれた。さぞ心細かっただろうと、申し訳ない気持ちが今更ながら湧いてくる。

 これからは一人ぼっちにさせてはいけないな。極力一緒にいよう。


 ふと、過去にもこんな誓いをしなかっただろうかと思い起こす。

 そうだ、前はリリスとしたのだ。一人にはさせないと……。

 結局、誓いを守れてないな……。

 リリスはきっと心配しているだろう。戻ったら、誓いを果たそう。


 翌日、俺は筆記試験の追試を受け、無事合格、宇宙船のライセンスを取得した。

 追試には男爵令嬢の姿は見られなかった。

 まだ、事情聴取をされているのか? それとも、ライセンス取得を諦めたか?


 まあ、俺が心配することではない。


「キャプテン、ライセンス取得、おめでとうございます」

 試験会場の入り口にチハルが待っていて、早速、お祝いされた。


「ありがとう。これで堂々とキャプテンと名乗れるよ」


 俺はキャプテンセイヤ。おお、なんか、いいね。


「キャプテン?」

「いや、なんでもない」

 一瞬トリップしていたようだ。


「それじゃあ、お昼を食べたらギルドに登録に行く」

「了解」


 食事に行こうとしたら見知った顔の二人がやって来た。


「セイヤ、無事だったか」

「聞いたわよ。大変だったわね」

 カイトとステファである。


「わざわざ心配して来てくれたのか。わるいな」

「当然だろ。一週間とはいえ、一緒にやってきた仲じゃないか」

「それで、試験はどうだったの?」


「合格して、ちゃんとライセンスも手に入れたよ」

「そう。よかったわね」


「そういえば、男爵令嬢は?」

「来てなかったな」


「そうか。やっぱり帝国に送り返されたのかな」

「そうなのか?」

「そんな噂があるだけよ」


 まあ、この二人と違って、男爵令嬢とは二度と会いたくないのでどうでもいい。


「これからお昼に行くところなのだが、二人も一緒にどうだ」

「お、いいね。お前の奢りか?」

「そこは、生還を祝ってそっちが奢るべきだろう」


「チハルちゃんは、一緒でも構わない」

「ステファなら構わない」

「そう。じゃあよろしくね」

 ステファは年頃の娘らしく、チハルと楽しそうにしている。


「え、俺は。俺も一緒でいいよね」

「キャプテンが許可したなら我慢する」

「えー。ステファと随分対応が違うじゃないか」

 一方、カイトに対しては塩対応だ。

 あ、最初にチハルと相談すべきだったか。次からは気をつけよう。


「チハル、二人が一緒でもいいだろ」

「構わない」

 チハルも本気でカイトのことを嫌っているわけではないようだ。お約束のツンデレ対応といったところか。


「ということで、カイトも一緒で大丈夫だぞ」

「へいへい。それで、どこに行く」


「ファミレスでよいのではないか」

「私はいいわよ」

「構わない」

「それじゃあ、ファミレスということで。みんなで仲良くレッツゴー」

 カイトが一人盛り上がっているようだが、他の三人は誰もそれに付き合ってやる気はないようだ。

「なんだ、ノリが悪いな」

「キャプテン、あっち」

「おいおい、無視かよ」

 どうやらチハルはカイトにデレる気はないようだ。

 それでも、四人仲良くファミレスへ向かう。


 ファミレスに着いた俺たちは、それぞれ好きなものを注文する。

「俺はハンバーグの目玉焼き乗せでいいか。チハルはどうする?」

「お子様ランチ」

「チハルちゃん、お子様ランチは子供しか頼めないのよ」

「年齢制限七歳と書いてあるな」

 チハルは幼く見えるが流石に七歳には見えない。十四歳前後といったところだ。


「問題ない。ゼロ歳」

「そういえば、培養槽から出て数ヶ月と言っていたな……」

「アンドロイドって、そこから年齢を数えるのか?」


「いや、俺は知らんが」

「チハルちゃんがそう言ってるならそうなんじゃない」


 結局、注文の時、年齢について聞かれることはなく、チハルはお子様ランチを頼むことができた。

 嬉しそうにチキンライスをスプーンで掬って食べている。

 気のせいか、ステファのお子様ランチを見る目が羨ましそうだ。


 そんなステファは、サンドイッチだ。

 あれで、足りるのだろうか。

 リリスの食べっぷりを思い出すと、とても足りるとは思えない。


「セイヤ、何見てるのよ」

「いや、それで足りるのかなっと」


「女の子はみんなこんなもんよ」

「そうなのか?」

 リリスが標準的でない可能性は十分にあり得る。


「そうよ。ところで、セイヤはこれからどうするの?」

「これから? ギルドに行って加入申請だな」

 チハルとそう約束していた。


「てことは、宇宙船を使った個人事業主?」

「セイヤは既に宇宙船持ちだもんな。羨ましいよ」

「借金があるから、それを返さないといけないからな」

 主にチハルを買うためにできたものではあるが。


「そうなのか。それは大変だな」

 カイトに言葉では心配されたが、そこまで深刻にとらえている様子はない。

 最悪、ただで手に入れたのと同然の宇宙船を担保として取られるだけだ。俺が損をすることのはならないだろう。


「じゃあ、すぐに仕事を始めるの?」

「いや、明日宇宙船のメンテナンスが終わったら、一度田舎に帰るよ。家族が心配していると思うし」

 特に、リリスとか、リリスとか、リリスがな。


「そうなんだ。私も行ってみたいな」

「何もない田舎だから、行っても面白くないぞ」

「そうなの。残念」

 ステファを連れて行くのは、いろいろと、ロストプラネットとか、リリスにどう説明するとか、問題になりそうだし、どう断ったものかと思案していたが、どうやら行ってみたいというのはリップサービスであったようだ。


「大体、ステファはそんなことしていてもいいのか?」

「私は、一人旅で、あちこち転々としている身だから」

「そうだったのか」

「それは羨ましい気もするけど、俺は堅実に働いて、新しい宇宙船を買うんだ」

 カイトは並々ならぬ決意をみなぎらせている。


「仕事は決まっているのか?」

「いや、これから」

「まあ、頑張れ」

 俺はカイトの肩を叩く。


「大丈夫さ。そのために宇宙船のライセンスもとったんだしな」

「そうね。いいところに就職できるといいわね」

 俺もステファもカイトを哀れむように声をかけた。


「二人とも、俺が就職できないと思っているな」

「そんなことないさ。就職できたら連絡くれよ。また集まってお祝いしよう」

「そうね。それがいいわ」

「待ってろよ、大企業に就職して羨ませてやるからな」

「ああ、楽しみにしているよ」

 宇宙船で仕事をすることになれば、また会う機会もあるだろう。


 名残惜しいが、レストランで二人と別れ、俺はチハルとギルドに向かうことにした。


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