第30話 非常事態
ビー! ビー! ビー!
船内に緊急事態を知らせるアラームが鳴り響き、非常灯が赤く点滅している。
ここはどこだ?頭の中がぼやけてはっきりしない。
確か俺は、剣と魔法のファンタジーな異世界に転生したのに、魔法が使えず、いじけて、王宮の自室に引き篭っていたはず。
『船長の生命活動が停止しています。蘇生の可能性、現在八十パーセント」
ああ、男爵令嬢は死んだか。虚ろな意識で事実だけを受け止める。
『魔力の不足により、生命維持装置停止中。残り生存可能時間六十分。船長を蘇生させた場合四十分』
男爵令嬢のトリアージは黒だからな。優先されるのは俺の生命だろう。
『格納庫のハッチが破損。シャトルポッドが船外に放出されました』
ああ、そうだ。俺は宇宙船に乗っていたのだった。少しずつ現状を認識できるようになってきた。
『通信用アンテナが破損。救難信号送信が不可能です』
しばらく助けは来ないということか。まいったな。
そうなると、最初にやるべきは、生命維持装置の復活か。おっと、その前に警報の解除だな。
警報は今もけたたましく鳴ったままだ。
「警報を解除」
『警報を解除します。船長の蘇生の可能性、現在七十五パーセント』
「魔力が回復すれば、生命維持装置は復活するのか?」
『生命維持装置に故障箇所はありません。船長の蘇生の可能性、現在七十四パーセント』
「魔力が回復すれば、航行可能か?」
『航行は可能ですが、速度は、最大ワープ2が限度です。船長の蘇生の可能性、現在七十三パーセント』
「……。わかったよ。男爵令嬢を蘇生させればいいのだろ!」
あえて、聞こえないふりをしていたのに、しつこいことだ。
『船長を蘇生させた場合、残りの生存可能時間は三十八分』
「蘇生させたいのか、させたくないのか、どっちだよ!」
俺は思わず突っ込んだが、とは言ったものの、このまま見殺しにするのは寝覚めが悪い。
しかし、蘇生させるとなると、心臓マッサージと人工呼吸か。
生き返ったら、何を言われるかわかったものではない。
それに、俺にはリリスという婚約者もいることだし。
人命には変えられないのはわかっているが、相手がこいつじゃな。
「そうだ。電気ショックを与えてみよう。それで駄目ならそれまでということで」
俺はそう割り切ると、護身用に短剣を取り出した。
それを男爵令嬢の胸に突き立てる。刺さらない程度にだ。
雷魔法いけ!
ビック!
電気が流れて男爵令嬢の身体が痙攣する。
それ、もう一度!
ビック!
『船長の蘇生を確認』
無事蘇生できたようだ。
「ヒィ。殺さないで!」
男爵令嬢が目覚めたようだ。だが、なぜ、殺さないで? 逆に生き返らせたのだが……。
「殺さないではないだろう。現状は理解できているか?」
「刃物を使って、私を襲おうとしているのでしょう。言っておきますが、私の婚約者はあのゴルドビッチ将軍ですからね。襲ったりしたらタダじゃ済まされませんわ」
「誰だそれ?」
「失礼ですわね。数々の武勲を挙げ、今もシリウス方面の最前線で活躍されているゴルドビッチ将軍を知らないなんて」
シリウス方面ってことは、シリウス皇国と戦争しようとしている奴か。
まあ、俺には関係ないがな。
「襲う気はないし、逆に助けたのは俺なのだけど、それはいいとして、生命維持装置が停止して、このままだとあと三十八分で死ぬことになる」
『残り、三十五分です』
「だから言ったんです。生命維持装置を止めては駄目だと!」
「だが、魔力を防御シールドに回してこの有様だぞ、防御シールドがなければ即死だった」
「どうせ死ぬなら、即死の方が良かったですわ」
「諦めるのはまだ早いだろ」
「そうね。確かこんな場合は、シャトルポッドに退避するよう講習で習ったわ」
意外なことに講習はちゃんと聞いていたようだ。
「残念ながらシャトルポッドは使えない」
「何故ですの?」
「格納庫のハッチが壊れて、シャトルポッドが外に放出されてしまった」
「駄目じゃない。あんた、行って取ってきなさい!」
ああ、また無理難題か。
「無理だから!」
「使えないわね」
「それよりいい方法がある」
「何よ。そんな方法があるなら早く言いなさいな」
「船の魔導核に直接魔力を充填する」
俺の船ならキャプテンシートからできたのだが、この船にそんな機能はない。
「? どこから魔力を持って来るつもりなの?」
「俺の魔力を使う」
「人の魔力では、シャトルポッドは兎も角、船の生命維持は賄えないと言っていたわ」
「大丈夫だ。こう見えても魔力は高いのだ」
「どれだけ自意識過剰なのかしら。でもわかったわ。私も協力するから早くいきましょう。実は私も魔力が結構高いのですわ」
「よし、それじゃあ急ごう。時間がない」
『後、三十三分です』
ブリッジの入り口に立ったが扉が開かない。
「魔力不足で自動ドアが作動しないのか……」
俺は手動で無理やりこじ開ける。
「そうなると、エレベーターも動かないな」
「作業路のはしごを降りるしかないわ」
「それしかないか……」
俺は作業路入り口に向かい、その扉を開いた。中に入り、はしごを見つける。
うぉー。下に延々と続いているぞ。
「魔導核は三層下だったか」
「そうですわ」
「行くしかないか」
「早く行きなさいな」
高所恐怖症ではないが、それでも怖い。
俺は覚悟を決めてはしごを降りる。
男爵令嬢も続いて降りて来るようだ。怖いもの知らずか。
「きゃあ!」
「どうした?」
「このすけべ、下から見上げるんじゃないですわ。手が滑っただけですわ」
そんなお決まりのやりとりをしつつ、魔導核のある層に到着した。
心持ち息苦しくなってきた。
時間も迫っているので、直ぐに、俺と男爵令嬢は魔導核に手をかざし、魔力を込める。
俺の左手の甲に紋章が浮かび上がる。
「その痣、どうしたのですの?」
「紋章と呼んでくれ。魔力を込めると現れるのだ」
「厨二病なのですね……」
どうせ、引き篭りの厨二病である。
『魔力が回復しました。生命維持装置が復帰しました』
ふー。何とかなったようだ。
「やったわ。流石、私の魔力!」
まあ、そういうことにしておこう。その方が都合もいいだろうし。
取り敢えず、喫緊な生命の危機は回避できた様だ。
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