第29話 練習航行

 練習船に乗り込み、ブリッジに着くと、男爵令嬢が中央の船長席に座る。

 俺は傍の副船長席だ。


「船長、どちらに向かいますか?」

「YQ5863B鉱星に決まってるでしょ!」

 決まってるでしょと言われても、初めて聞いたのだが。


 多分、男爵が管理している鉱星なのだろう。

 文句を言いたいところであるが、キリがないので、黙って指示を伝達する。


「本船はYQ5863B鉱星に向かう。YQ5863Bまでの距離は」

『ワープ4で約三時間になります』

 往復で六時間か。練習航行にはちょうどいいか。


「発進準備開始」

『発進準備シークエンス開始します』

 船のナビゲーションAIが、発進準備を進める。


『管制室。こちらは、カペルナX 7839。目的地、YQ5863B。出航許可を願います』

『こちらは管制室、カペルナX 7839の出航を許可する』

『出航許可を確認。タラップ接続を解除、船体の固定解除、微速後進。――。方向を転換。微速前進。――。発進位置に到着。発進準備シークエンスを終了。いつでも発進できます』


「船長、発進準備完了しました」

「それじゃあ、YQ5863B鉱星に向けて発進!」

『YQ5863Bに向け発進。現在速度ワープ4。到着予定は三時間後です』


 無事に発進することができた。

 後は緊急事態がなければ、三時間後には目的地に到着する。


 だが、こんな時に限って、緊急事態は発生する。

 一時間ほど経った時だった。


 ビー! ビー! ビー!


 緊急事態を知らせるアラームが鳴り響く。


『緊急船舶が通過します。緊急船舶が通過します。速やかに航路を空けて停止してください』


 緊急船舶はワープ8で航行する。ワープ4で航行する一般船舶は航路を空け、停止する義務がある。

 そうしないと、追突されて、大惨事になるからだ。


「私に退けというのですか? 冗談じゃありません! そんな命令聞けませんわ」

「冗談じゃないのはお前だ、何を考えている。さっさと航路を空けて停止するぞ!」


「男爵令嬢の私が退くなんてあり得ませんわ。船長は私ですわ。このまま航行を続けなさい!」


『緊急シークエンス発動。航路を空け、停止します』


 はー。よかった。ナビゲーションAIが緊急事態だと判断したようだ。


「船長権限で命令。緊急シークエンスを解除!」


 緊急シークエンスよりも、船長権限命令の方が優先される。

 これを最初に知っていれば、セレストからこんな所まで来ることはなかっただろう。


「お前、何やってんだ?!」

「何度も言わせないで、私が退くなんてあり得ませんわ!」


「緊急船舶は、ワープ8で航行するのだぞ! ワープ4で航行していたら追突されるぞ!」

「……。それなら、こっちもワープ8で航行すればいいのですわ。そうすれば追いつかれることもなくなりますわ」


「そんなことできるわけがないだろ」

「カペルナX は帝国製に優秀な船ですからね。ワープ8ぐらい余裕で出せますわ」


 カペルナX の最大巡航速度はワープ8、最大瞬間速度はワープ9だ。

 因みに、ハルク千型の最大巡航速度はワープ7、最大瞬間速度はワープ8だ。

 旧式なので仕方ないが、通常速度はワープ4、高速航路でもワープ6なので、十分である。


 ということで、カペルナXなら、ワープ8で航行できるのだが、問題はそこではない。


「船長命令ですわ。ワープ8で航行しなさい」

『通常航路ではワープ4に制限されています』


「船長権限で制限を解除。ワープ8で航行しなさい」

「副船長権限で船長の命令をキャンセル」

 俺は副船長権限で船長の命令を解除したが、これは一時凌ぎにもならない。


「チッ。船長権限で再度命令。ワープ8で航行しなさい!」

 船長の再命令で覆ってしまうからだ。

 再命令を副船長は解除できない。


『船長権限命令によりワープ8で航行します』

 ブリッジのスクリーンに映る星が線を引いて流れていく。

 ワープ8で航行しているのだろう。

 振動はないものの、ワープ4では聞こえない低周波音が聞こえる。


「ふ。これで追いつかれることはありませんわ」

「そうはいかないのだよ……」


 スクリーンがブラックアウトして、低周波音が消えた。代わりに非常灯が点灯する。


「何事ですの?!」

『魔力不足により、メイン魔導ジェネレーターが停止。航路端に緊急停止しました。魔力不足により、防御シールドが消失。魔力不足により、生命維持装置稼働可能時間、残り九十時間』


「何ですか、このポンコツ!」

「ワープ4で一日分の魔力しか充填されてないと言っていただろ。ワープ8で航行すれば数秒で魔力不足になるのは当然だ」


「何て使えない船なの。まったく、どこの船よ!」

 さっき、自分で、帝国製の優秀な船って言っていただろ。


 ビー! ビー! ビー!


 再び、緊急事態を知らせるアラームが鳴り響く。今度は何だ?


『緊急船舶が通過します。防御シールドが消失しているため、衝撃波により船体が崩壊する恐れがあります。衝撃波が到達まで、残り十秒、九、八、……」


 さすがはワープ8、超音速どころか超光速だからな、衝撃波だけで船を崩壊させられるとは、って、そんな呑気に感心している場合じゃない。早く対処しないと。


「副船長権限で、生命維持装置を停止、全魔力を防御シールドに回せ!」

「生命維持装置を停止させるなんて駄目よ。船長命令で却下だわ」


「安全航行義務違反により、副船長権限で、船長権限を凍結!」

「何ですって! そんなの許しませんわ!」


「副船長権限で再度命令、防御シールドに全魔力を回せ、急げ!!」


 ドーン!


 天地が何度もひっくり返り、俺は意識を失った。


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